第11話
「リア。ここに居てくれ」
険しい顔をして考えていたのだろうか。ティン様が私を抱き寄せて、甘えるように顔を肩にこすりつけてきた。
そんなティン様の可愛らしい様子に心が暖かくなる。
つい、手をティン様の背中に伸ばそうとして……我に返り、恥ずかしさから顔を赤く染めてしまう。
「なんだ。残念」
「!」
気がついていたのか、私の赤くなった顔をティン様が覗き込んできて、更に顔に熱が集まって赤くなるのが分かる。
「リア、可愛い」
「ティ……ティン様!?」
頬に触れるか触れないか……ティン様の唇が触れた気がした。
恥ずかしすぎて、心臓の音が激しい。このまま意識を失ってしまいそうだ。
そんな私を見て、ティン様が嬉しそうに微笑んでいる。
「皇帝陛下!失礼します!」
そんな和やかな空気は、誰かの慌てた叫び声によってかき消された。
「なんだ?」
一気に不機嫌になったティン様が、室内に入ってきた者に対して冷たく言い放つ。
「それが……先触れもなくディスタ国の第一王子とその婚約者とされる者が城へ参りました!」
「「…………は?」」
たっぷり間を置いて、私とティン様は呆れたような驚いたような声を出した。
ディスタ国の王太子。
国力はアルロス帝国の方が上だとしても、無用な争いを起こすのは得策ではない。
それなりに対応は必要だろう……相手がどれだけ失礼でも。
というティン様の言葉に同意をした私は、二人が通されたと言う応接室へ向かっている。
正直、今あの時の事を思い出すと身震いする。屈辱なだけではなく、話が通じ無さ過ぎて、人と対面していると思えない程だったあれは恐怖に近い感情かもしれない。
しかし、しっかり前を見据えなければ。私はブラッドリー公爵令嬢なのだ。
そんな私の様子に気がついたのか、ティン様は私の腰に手を回し引き寄せる。
「俺はリアを離す気もなければ、離せる自信もない」
そう耳元で囁いたかと思ったら、頭に口づけを落とされた。
「ティン様!?」
一気に顔が真っ赤になる。さっきまでの恐怖が嘘のように消えたが、今は別の意味で心臓が高鳴ってしまっている。
「リア、可愛い」
動揺してしまっている私にティン様は優しく微笑むと、腰に手を添えたまま歩き出す。
先ほどの事もあり、更に近くなった距離に恥ずかしくて、両手を頬に添えて顔を俯かせたまま応接室への道のりを歩いたのだった――。
「ロザリア!」
「ロザリア様!」
応接室へ入るとアーサー様とマルチダ様が揃って立ち上がり私の名前を呼びますが、アーサー様に至っては焦るような顔つきでも、マルチダ様は目線をティン様の方へ何度か向けているのが分かります。
そして二人はティン様と私の距離に気が付くと、怒りの表情が顔に現れました。
貴族の嗜みとして、こちらは気がついた事すら表情に出さず、対面の席につき二人に着席を促すと、まずは今回の件に関してティン様が苦言を告げる。
「先触れも無しに乗り込んでくるとは、些か不躾ではないか」
「婚約者なのですから当然です」
「元、だろう」
ティン様が厳しめの口調で返す。それだけで怒ったのがよく分かるが、そんな凍った空気を一切読めないマルチダ様までもが参戦してくる。
「お友達ですから、そんな堅苦しい事は言わないでください」
「「……は?」」
開いた口が塞がらないとは、この事だ。
私とティン様は呆れた声を出した後、少しばかり思考が停止してしまったようだ。
お友達?何を言っているんでしょうか。
卒業パーティでの事を思えば、友達になる要素はないどころか、むしろ永遠に関わりたくないレベル。
こちらは冤罪をかぶせられているし、それはもう罪と言って良い程だ。仮にマルチダ様が騙されてそう思い込んでいたとしても、嫌がらせしてきた相手に友達と言い放てるとは、どういう神経をしているのだろう……。
「私はマルチダ様とお友達になった覚えはございません」
「そんな!ひどい!」
否定をすると、涙目になってティン様に対し上目遣いをして見る。
そんなマルチダ様の行動に対し不愉快な感情が浮かび上がるも、隣に座るティン様がポツリと漏らした言葉に少し安心してしまった。
ひどいのはお前の頭だろう。と――。
「どうして友達じゃないなんて、ひどい事を言うんですか……」
小さく震えて、目に涙を浮かべるマルチダ様は庇護欲を掻き立てられるのかもしれない。と今現状、目に見えるものだけを見ていれば思える。
そしてその瞳がティン様に向けられている事に対し、どうしようもなく胸が苦しく、えぐられる思いが駆け巡る。
「皇帝陛下!ロザリア様はこういうお方です。不興をかっておりませんか?」
「そうだな。ロザリア、国へ帰ろう。お前なんかが皇帝陛下の側にいる事が間違っている」
「皇帝陛下は何か騙されているのかもしれません!」
口々に言いたい事を言ってくれるアーサー様とマルチダ様に呆れる思いをするが、不安にも襲われている。
こんな情けない自分をティン様に見られていると思うと、どうしようもなく胸が苦しい。
どうして私はこんなにも……。
貴族教育のおかげで、表情は変わらず、二人をただ毅然と見つめている私は周囲の目には一体どう映るのだろうか。
なんて思っていると、ティン様が私の肩を抱き寄せた。
「何を言っているのか理解できないな。俺はあの卒業パーティの場にいたんだが?」
一瞬アーサー様は言葉に詰まるも、マルチダ様は言い淀むことなく更に続ける。
「なら、ロザリア様がどんな方なのかご存知の筈です!離れてください!あたしは皇帝陛下を心配してるだけです!」
「そんな相手と友達だと?」
「あたしは心が広いですから!ロザリア様のした事を許しますよ!ほら、ロザリア様!帰りましょう」
嘲笑うようなティン様に対し、よく分からない持論を繰り広げるマルチダ様。
あれだけの事があれば当人同士の許す許さないの口頭だけで終わる問題でもない。
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