第12話
ティン様に抱き寄せられているだけで、幾分か心が穏やかになってきた反面マルチダ様が言葉を紡ぐ分だけ、ティン様から冷ややかなオーラが漂ってきているようで、そちらの方が気になってきてしまった。
騎士様方が殺気を感じるとよく言われている状況は、こういう感じなのかもしれません。
目に見えるわけではないけれど、何かを感じる。
「リアは私の側で療養中だ。気にしないでくれ」
ティン様はそう言うと私の髪に口づける。
「「っ!」」
アーサー様とマルチダ様は息を呑み、一瞬だけその顔を思いっきり歪ませた。
「何より今はリアを口説いている最中だしな。邪魔はするな」
二人の目の前でそんな事を言われて少しパニックになってしまい、顔に出さないようにするのが精一杯になってしまう。
いくら貴族教育を受けていると言っても、顔の赤みは隠せないんじゃないか。
「話がそれだけなら失礼する。今日は遅いし城に客室を用意させよう」
そう言ってティン様は立つと私に手を差し伸べてくれたので、羞恥心を振り払いながらもその手をとって一緒に退室しようと立つ。
その際にチラリと二人を見ると、憎悪を宿した目で射殺さんと言わんばかりに睨みつけられているのが見えた。
一体、何だというのだろう。
その冷たい目線に背筋が凍りそうになった。
「今日は一緒に寝るか?」
「何を仰っているのです!?」
「問題を起こしそうな奴等が居るからな」
「それならば護衛を置いていただければ充分です」
部屋に戻ってきたところでティン様がまさかの爆弾発言を落とす。
婚姻前に同衾なんて、貴族令嬢としてはしたない行為だと言う事はティン様も勿論理解していると知った上で護衛を頼む。
確かに皇后の部屋に居るけれど、寝室はきっちり別となっている。
「残念だな。俺は明日にでも婚姻したいくらいだし、リアを守るのは俺の役目でありたい」
柔らかい微笑みで私の髪を一房掴むと、そこへ口づけを落とす。
何回されても慣れない行為に、毎回激しいくらいに心臓が高鳴る。
「じゃあ急な来賓の準備をしてくる」
「……申し訳ございません」
「リアが謝る事じゃない」
隣国の王太子が泊まるとなれば、各所への指示も必要となってくるだろう。
早足で歩くティン様の背中は、すぐに小さくなっていく事に少しの寂しさを覚えながら、私は部屋に戻るのだった――。
◇
翌日、あの二人はもう帰ったのかなと考えを浮かばせながらも、部屋から出る気になれず、読書に勤しんでいると日が高くなってきたであろう頃にティン様からお呼びがかかった。
何故か三人に増えている護衛を引き連れ、近くの執務室へ向かい入ると、中には不機嫌なティン様と渋いおじ様の二人が居た。
オールバックにした髪は黒く、妖艶で切れ長な紫の瞳をした男性の色合いに、ある女性を思い出したが、それは彼が付けている紋章を見て確信した。
「初めてお目にかかります。私、ディスタ国の宰相をしておりますブラッドリー公爵の娘でロザリアと申します」
最上級のカーテシーをもってして礼をする。
「楽にして下さい。私はステファン・ディ・ウォーリアです。先日は娘が大変無礼な事をしたようで申し訳ありません」
やはり先日お会いしたパルロア・ディ・ウォーリア大公令嬢の父、つまり前皇帝陛下の弟で大公閣下だ。
不機嫌そうなティン様は一言も声を発しておらず、ずっと眉間に皺を寄せていて心配になる。
しかしこの場は非公式とはいえ、皇帝陛下と大公閣下が居るのだと気を引き締める。
「エルガー男爵令嬢が体調を崩したという事で、治るまで滞在させろと言ってきている」
呆れたようにため息を付くウォーリア大公を横目に、心底嫌そうな顔をしてティン様は言った。
アーサー様の事だから、ティン様やウォーリア大公に対して不敬な言動をしたのではないかという思考が頭をよぎる。
「昨日はとてもお元気でしたよね……?医師は何とおっしゃっているのですか?」
「医者はいらんそうだ」
「休んでれば治るが、いつ治るか分からないそうですよ」
思わず目を見開いて驚いてしまう。
何という言い分なのだろうか。
幼い子でも、もっとマシな事を言うのではないのだろうか。だとしても、そこまで此処に留まろうとする事に恐怖を感じる。
「無理に追い出すわけにもいきませんからね。ブラッドリー令嬢には申し訳ありませんが滞在させることになります」
「お気にしていただきありがとうございます。私は大丈夫です」
ウォーリア大公閣下が済まなさそうに言うが、その通りだと思う。
丁重に持て成しをしないと外交問題にまで発展してもおかしくないのだ。今は私の事なんて気にしている場合ではない。
しかし、そんな私の返事にティン様はますます眉間に皺を寄せる。
「嘘なのは見てれば分かるがな」
「いけませんよ。一番被害を被るのは民や騎士達です」
暗に事を荒立てるなという事を言外に潜ませてウォーリア大公閣下が言うと、ティン様は舌打ちで応えた。
「ならば安静に出来るよう部屋は離宮にうつすか」
「それならば何とでも伝えられるでしょう。もし良ければ私がお相手をいたしますよ」
「ウォーリア大公閣下!?」
まさかのウォーリア大公閣下、自らの申し出に驚き声をあげる。
確かに一国の王太子相手であればウォーリア大公閣下なら充分すぎるお相手になる。向こうは文句のつけようもない。
「しっかり監視致しましょう」
「頼んだ」
これ以上の問題は看過出来なくなる為か、二人はしっかりと頷きあった。
体調が悪いというのであれば、大人しくしていてもらいたいし、早く国へ帰ってほしいという思いがないわけでもない。
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