第13話

「リア……悪い。大丈夫か?」

「理解しておりますので大丈夫です」


 理解していても不安で仕方ない。

 アーサー様と婚約者になった時から数年前までは特に問題もなく、お互い支えあってきたのに、気が付けば話が噛み合わなくなっていた。

 更に気がつかないうちに広まる悪評に手がつけられなくなり、周囲は態度を一変させ一気に孤立した恐怖。

 いくら王太子妃としての手腕を発揮させろと言われていても、状況を改善させる事もできず、ただ毅然と振舞う事でしか抵抗する術を持たなかった。


 あの時の感情を思い起こしていた為、暗い顔をしていたのか、ティン様が私の側に寄りゆっくりと抱きしめる。

 心地よい腕の中。周囲から厳しい批判的な目を向けられている中で唯一差し伸べられた手。

 絶対的な味方だと信じられる存在は、私の心を強くする。


 あの時とは違うと、裏で何かが動く前に。動いたとしてもティン様の迷惑にならないように自衛し、ティン様を支えられるだけの力を――……。

 そう心に誓いながら、今はティン様の暖かい腕の中でゆっくりと心を休めていた。


 ウォーリア大公閣下が、若い者が仲睦まじくしているのは微笑ましいですが、そういうのは人目がない所でお願いします。という苦言を呈して、正気に変えるまでは……。





 あれから特に変わりもなく数日が過ぎるも、エルガー男爵令嬢はまだ体調が戻らないようで、未だ城に滞在している。

 相変わらず医師を拒絶していて、しばらくはティン様や私と会わせろと騒いでいたそうだが、ウォーリア大公閣下が病人ならば大人しく治せと日々言っていたらしく、最近は大人しくしているようだ。

 ウォーリア大公閣下も城へ滞在し、いつでも二人の対応を出来るようにしているらしいが、今は二人の静かさが逆に不気味にさえ思えてしまう――。




 ◇




「誰だ?」

「お初にお目にかかりますわ。私はウォーリア公爵の娘、パルロア・ディ・ウォーリアと申します。以後お見知りおきを」

「あぁ、前皇帝陛下の弟で大公の」


 アーサーがそう言うも、大公ってあの冷たいオッサンの事でしょう?

 なかなかジャスティンに会わせてくれないし、寝てろとしか言わない。あたしにとって地位だけが無駄に高いだけの役立たずでしかない。

 ベッドの上でそう思っていると、パルロアの鋭い目線が一瞬突き刺さる。

 思わず睨み返すも、その時にはもうアーサーに対してにこやかな顔を向けていた。何あいつ……。


「年が近いという事でお話の相手にならないかと思いまして。エルガー嬢はずっと体調が思わしくないようですので、バデル王太子殿下がお暇をしていないかと心配になりまして」


 なんなの!?

 暗に嫌味でも言ってる!?

 アーサーもその言葉を聞いても不機嫌になる事もなく、意味を理解していないのかもしれない。

 イライラしつつも、記憶を探る。

 あの乙女ゲームに続編なんてあったのかなと。


 目の前にいるパルロアはパッと見は冷たく見えるかもしれないが、綺麗な外見をしているし、その所作も綺麗だ。

 それに先ほどの目つきと良い、この嫌味さと良い、悪役令嬢らしき行動がそうとしか思えないが、いくら記憶を辿ろうと続編の記憶なんて見つからない。

 そもそも前世だ。そこまで鮮明に覚えていなくても仕方ないが……。

 ジャスティン攻略の邪魔にさえならなければ良い。

 そしてゲーム通り、ロザリアは悪役令嬢らしく物語から退出してもらう。


「あぁ……しかし……」


 あたしの視線に気が付いたのか、アーサーは言葉を濁しあたしの方を見る。


「エルガー譲の体調がよろしいようでしたら、三人でお茶でもしませんか?お菓子も買ってきております」


 先ほどとは違い、あたしにも微笑みかけるパルロアに、あたしも不敵な笑みを見せた。

 負ける気は一切ない。今はベッド上から動くと煩いから大人しくしているだけだ。

 ジャスティンと会う機会は日々狙っているし、アーサーもどうにかしてロザリアに会おうと模索している。

 ……大公の娘って事は、利用して現状を何とか打破出来ないかしら……。

 何とか探ろうと思いつつも、その日は当たり障りのない会話だけで終わっていった――。




 ◇




「ウォーリア侯爵令嬢……あの……」

「この事は他言無用よ」


 二人の部屋を監視している騎士に告げる。

 あの女がジャスティンと共にディスタ国から帰ってきた時から、あの女の事を探っていたら、悪い噂と傷物になった情報が入ってきた。

 更にその原因となった二人がアルロス帝国へ来た上に体調を崩して滞在しているという。

 先ぶれもない訪問で極僅かな人しか知らず、現在まだ滞在している事は公になっていないが、そこはあの女を調べる為に公爵家の名前を利用しまくっていた為に得る事が出来た情報だ。


「あの二人……使えるかもしれないわ」




 ◇




「まぁ、そんな事が!」

「あぁ……まぁ……」

「ロザリア様には気をつけてくださいね!」


 あれから度々訪れるパルロアだが、どうやら権力を笠に着てあたし達に会いに来ているらしい。

 騎士達も大公の娘相手には強気に出られないらしく、渋々通しているようだ。というのは、メイド達の噂話を立ち聞きして得た情報だ。

 そこまでしてあたし達に接触する理由としては、やはりジャスティンの事だろうと勘ぐれる。

 となると、父親である大公はどうなのだろう?確かジャスティンの味方だったと記憶しているんだけれど……。


「あぁ、しかし僕はロザリアと国へ帰ろうと思って迎えにきたんだ」

「えぇ、あたしもロザリア様を許しますから」

「なんてお優しいお二人なのでしょう」


 色々考えつつも、口はスラスラ言葉を紡ぐ。いい加減慣れたものだ。


 ロザリアを悪く言うのも、悪役に仕立て上げるのも、あたしが被害者ぶるのも。

 そもそもロザリアの悪評を影で少しずつ仕立て上げ流したのはあたしだし、ゆっくり確実にロザリアを孤立させていったのもあたしだ。

 気が付いた時には、もう手遅れのように。

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