第20話

 私がそんな事を考えていたのが表情に出たのか、ティンが私の腰を強く抱き寄せた。

 ティンは私の事を気にしつつも、目の前に跪く人物に強い視線を向けている。

 信頼をしていただろう、ステファン・ディ・ウォーリア。

 叔父でもあり、仲がいいと言える唯一の血縁者ではないだろうか。


「…………娘に。パルロアに厳しい処罰を与えます」


 食いしばった唇の端からは血が滲み、泣くのを耐えたのか目は赤くなっているが、その顔つきは父ではなく、臣下として厳しいものだった。





 ◇




 ウォーリア大公閣下は、パルロア様を修道院へ送ったと噂で聞いた。

 隣国の公爵令嬢を害した罪は思いが、パルロア様自身も公爵令嬢であり、私は無事だという事もあるが国交問題になりかねなかったという点から処刑や追放という声もあったが、それは私としても望んでいない。

 そこで、周囲に何もない北の寒い地方に、とても厳しい生活が強いられる大罪を犯した人が入る修道院があるとの事で、そこに入る事となった。

 そしてパルロア様は一人娘であったが、王家の血筋でもあるという事で、ウォーリア大公閣下は後継を探すというわけでもなく、自分の代で終わりにすると宣言された。


 ウォーリア公爵家で一体どのような話し合いがあったかは分からない。

 ただ事実をそのまま聞いただけだった。分かる事と言えば、皆誰かを愛していたということだけ。


 そして、処罰を受けるのはパルロア様だけではない。







「この度は大変申し訳ございませんでした」


 あれから数日たち、今は謁見の間。

 何故か私はティンの隣、皇后の椅子に座らされ、目の前に居るディスタ国の使者と対峙しているのだ。

 そしてその相手が……。


「ブラッドリー公爵……」

「お父様……」


 ため息のように呟かれた名前。ティンも私も、呆れた顔をしているに違いない。

 目の前に居る父は、謝罪にきたとは思えない程の笑顔を私達に向けている。

 が、私達の呆れるような声を聞いて、表情を引き締めると次の言葉を放った。


「リアが皇帝陛下の隣に、皇后陛下のように座っているのに幸せを感じました。二人の思いを知っているからこそ、まずその喜びが出てしまいました」


 そう良い、頭を下げる。


「しかしながら、リアが危険な目にあったとの事。帝国にいることで安心し、きちんと監視できていなかった事を悔やまれます。皇帝陛下にも手をかけさせてしまいました」


 とても私事のような気がする内容だけれど……。

 悔しそうにしているだろう父を尻目に、ティンに目をやるが、その表情からは何も読み取れない。

 さすが皇帝陛下。何の情報も感情も表情に出さないように訓練されている。

 が、私と視線を合わせると、その表情を和らげさせる。


「ブラッドリー公爵は、確かにディスタ国では公爵で宰相かもしれないが、何よりもリアの父という一個人の人間だ」


 その言葉に胸が熱くなる。

 公爵で、宰相で。

 でも何より私の父で。

 愛されているのも大事にされているのも分かっていたけれど、それを目の当たりにされた気がする。

 貴族だからとか、そういう権力や地位などではなく、ただ父として喜び、悔やむ。

 知っている。それだけじゃない重く尊い愛情を、より深く知り胸を打たれ、目頭が熱くなる。


「リアの悪いようにはなっていないから安心してほしい」

「大丈夫だリア。向こうの国王とはきっちり話をつけたからな」


 感動に打ち震えて、人と人の繋がりに改めて感謝をしていると、二人からそんな声が聞こえた。

 ……どうして過去形なのだろう?

 使者を使っての往復時間を考えても、現在進行形の話ではないのだろうか。という疑問が頭をよぎった。


「アルロス帝国とディスタ国の国力差を考えた上に、仕掛けてきたのはディスタ国の方だ。こちらの要望を一方的に叩きつけただけだ。通らない方がおかしい。ブラッドリー公爵もいることだしな」


 当たり前だと言うようにティン様は答える。

 その書簡と共にアーサー様とマルチダ様はディスタ国へ送り返したと。素直に従ったのか疑問もあるが、暴れるようなら問答無用で縛り付けていてもおかしくないかもしれない……。


「勿論、皇帝陛下の言い分が通るように後押しはしましたよ。国王は顔を真っ青にしており、そのまま倒れてしまいましたので処理は楽でした」


 サラリと父が爆弾発言を落とした気がする。が、何の問題もないとでも言うような表情で語る父に、そういうものかとすら思えてしまう自分がいる。


「こちらで処刑をして、リアの負担になる事は勿論、万が一にでもリアの悪い噂が流れるような事は困るからな」

「後の面倒事は全部、無能な国王が引き受ければ良いのです。愚王と愚息しか居ないとは嘆かわしい」

「お父様……?」


 悪い微笑みを携え、あまりに不敬な言い方に少し驚いてお父様を見る。

 そんな私の表情に気がついたのか、父はにっこり笑い、ティン様が私へとしっかり視線を向け、身体の方向も少し傾けた。


「ブラッドリー公爵は賠償の1つとしてディスタ国から貰い受けた。アルロス帝国では大臣として働いてもらう。爵位は公爵のままだ。リアの父だしな」


 あまりの事に驚き目を見開いたまま、父の方を向く。

 そこでは満面の微笑みでしっかり私を見つめる父が、しっかりと頷いた。


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