第19話

「ちょっと、ティン!?」

「で?どこを触られた?消毒をしよう」


 ティンは自室の寝室へ私を連れてきたかと思えば、そのまま寝具へ座り、膝上に私を抱き乗せた状態で頬や瞼、首筋に唇を落としていく。


「そんな事はされていません!」


 恥ずかしいやら、はしたないやら、色んな気持ちが交ざり、手で必死にティンを押し抵抗する。


「照れてるのか?リアは本当に可愛いな」

「婚前にこんな行為はよろしくありません」

「求婚を受け入れてくれたんだ。これ以上しても問題はない」

「問題しかありません!」


 照れて赤くなっているだろう顔を見られたくなくて、俯きながらも必死にティンを遠ざけようとするが、そんな私を見て笑っているだろう声が聞こえる。


「どれだけ待ったと思ってる。嬉しくて仕方ない」


 優しく甘い声に、心臓が激しく高鳴る。

 恥ずかしくて嬉しくて照れくさくて……そして全てを許しそうになってしまうような……。


「陛下!」


 貴族としての理性がギリギリ突破される前に、大きな声と共に寝室の扉が開け放たれた。






「……で?」


 寝室の隣、ティンの部屋で、ティンはソファに足を組んで座り、頬杖をしながら目の前で土下座をしている人物を睨みつけている。

 そもそも執務室あたりに移動しようとしたが、頭を下げ土下座し続けと、部屋の移動が出来なく、かろうじて寝室から出たというだけだ。

 私的に乱入していただきありがとうございますという感じでもあるが、ここまで機嫌の悪いティンを見るのは初めてかもしれない。


「大変申し訳ありませんでした」

「それはもういい。……で?」


 目の前でひたすら頭を下げ続け、謝罪の言葉を繰り返しているのは、ステファン・ディ・ウォーリア大公閣下。

 何に対しての謝罪なのか、その説明はなくひたすら謝っているだけなのだ。

 ティンの声が冷たくなっても仕方ないと思う。


「この度は私の監視が甘く、あの者達を自由にさせ、ブラッドリー令嬢を危険な目に合わせてしまったとの事。国交問題にもなりえる中で、こんな自体に陥ってしまいました。どのようなご処分でも受けます」

「それだけか?」

「……と、言いますと?」


 少し落ち着いてきたのか、ウォーリア大公閣下は自分の犯した非を口にし、ティンとしっかり目を合わせるが、ティンは冷たい口調で返す。

 そんなティンにウォーリア大公閣下が少しだけ狼狽えているのが見て分かる。


「俺はリアの予定を全て把握しているからな。……例えば、今日はパルロア・ディ・ウォーリア公爵令嬢とお茶をする事とかな」

「え!?」


 知らなかったのか、ウォーリア大公閣下が目を見開き驚きの表情を見せ、床についている手も震えている。

 そんな中、部屋にノックの音が響く。


「まぁ俺も全て把握はしていないからな。優秀な近衛騎士達が急ぎ調べてくれた情報が届いたようだ」


 いつの間に。

 そう思い、少し驚くも、これが帝国なのかもしれない。人材はとても優秀なのだろう。

 紙の束を手にした騎士が部屋に入ってきた。





 ◇




 五歳の時、大好きだったジャスティンが突然消えた。城の中が大騒ぎだったような記憶はある。

 変わりにジャスティンの義兄だという人がしつこいくらい私の相手をしようとしたけれど、私はジャスティンが良かった。

 ジャスティンを邪険にしてきた人が一体今更私に何の用だと言うのだろうか。

 しばらくして戻ってきてからは、父がジャスティンと夜中会っていたりした事も知っていたし、ジャスティンが影ながら努力をしているのも知っていた。

 王妃や第一王子に対してもやり返していくジャスティンを、私はもっと好きになった。

 それから月日は流れ、ジャスティンが皇帝となった。私はずっとずっと見てきた。


 皇帝になったとなれば周囲は態度を変えてきたし、そんなジャスティンに少しでも近づく女はメイドですら牽制した。

 それに対してジャスティンは何も言わなかったから、ジャスティンも私の事がきっと好きなのだろうと思った。

 父も相変わらずジャスティンに近く、側に寄り添い支えている。きっと父の力が大きいところもあるだろう。

 ジャスティンと一緒になれるのは私だと、確信していたのに――――。


 ただ、ジャスティンは一人の存在しか見ていなかったなんて。





 ◇




「…………っ!」


 騎士からの報告を受けたウォーリア公爵閣下は、床に手をついたまま、全身震わせていた。

 微かに歯を食いしばったかのような音が聞こえる。


 パルロア様はウォーリアという家名を最大限に使い、更に父が自分を溺愛しているというのを逆手に取っていたのだろう。

 アーサー様やマルチダ様と接触し、仲良くなる上で、自分の出入りを騎士たちに他言無用と告げる。

 特に問題を起こしてもいないのであれば、自分達はディスタ国の二人が出ないよう監視するだけなので、わざわざ報告する必要もないと思ったのも理解が出来る。

 アルロス帝国の誰かが接触をすると思わず、そう命じたのはウォーリア大公閣下だ。

 その上、騎士や二人を上手く使い、私を襲わせる。

 睡眠薬を入れたのもパルロア様だという証拠も掴んでいるらしい。この短時間でそこまで突き止めるとは、本当にアルロス帝国に仕える人達は有能だ。

 そして……パルロア様も。

 ただ、その手腕をふるうのは国の為、民の為だろう。

 私を陥れる事ではない。

 いくら能力があれども、肝心のそこを間違えていてはいけない……が、パルロア様の努力は分かる気がする。

 ティンの事が好きで好きで、その隣に並び立つ為に学んだのではないだろうか。

 手段と方法が間違えてなければ、人を操る様は、皇后として引けを取らないものだったのではないだろうか。

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