第18話
ティン様の殺気に耐えきれず意識を失ったマルチダ様を兵達が抱えて連れて行く。未だに意識を取り戻さないアーサー様も一緒に。
振り返るティン様は心配そうな焦った表情を見ると、私も気が緩んだのか、襲い来る眠気に勝つ事も出来ず、意識が遠のいていく。
ティン様の腕の温もりを感じたのを最後に、私は意識を失った。
◇
「お父様!あそこに子供が倒れています!」
「あぁ、助けよう」
そう言って助けた男の子。
数日間目を覚まさなくて、ずっと寄り添ってた私を、父や使用人達は優しく見守ってくれていた。
「私はロザリアと言います、あなたは?」
目を覚ました男の子は、最初は何かに怯えるように、心を閉ざしたまま、ただされるがままだった。
一週間もすると、徐々に打ち解けてくれていた。夜には何やら父と話をしているようだったが、その内容までは私に明かされる事はなかった。
毎日一緒に居て、一緒に遊んで。幼いながらに優しく、そしてたまに見せる力強さに心奪われるのは、すぐだった。
だけど、別れの時はくるもので――。
「いやだ!ティン!行かないで!」
「リア…………」
泣きわめく私に、困ったように眉を下げている。お父様も同じように私を見ている。
「……迎えに来るから」
ティンは、力強い瞳で私を見つめ、しっかり手を握りしめた。
「力をつけて迎えに来るから。……その時は、結婚してほしい。ずっと一緒にいよう」
「ほんとに?」
「必ずリアを幸せにすると約束する」
「わかった!待ってる!」
答えると、ティンは私の指に口付けた。
その後、父と二人視線を合わせ、頷きあう。
「定期連絡を入れます。貴方なら成し遂げるでしょう」
「あぁ、必ず」
あぁ――――そうだ。
待っていた。
ティンの為にと必死に色んなことを学んでいた。
なのに――――王命で結ばれた婚約。
必死に父は抵抗を試みてくれたが、最終的に王命という手段に出られたのだ。
悔しそうな顔をして泣き謝るお父様。
心が絶望に支配された私。
そして私は――――心を保つ為に記憶をなくした。
「……ティン…………」
「どうした」
悲しみと、後悔と。
ごちゃ混ぜになった感情から絞り出した声は愛しい人の名前。
すぐに望んだ人の声が返ってきて、安堵したところに、手に温もりを感じた。
思い瞼を少し開くと、光が目に刺さるようだ。
だけど、その目にあの人の姿を映したくて必死に目を開け姿を探そうとすると、それに気がついたのか影が落とされ、何とか目を開けられるようになる。
「……ティン?」
「あぁ、具合はどうだ?」
目に映るは、あの時の少年の面影を残した青年。
「貴方だったのね……?」
「ん?」
「約束通り、迎えに来てくれたのね……?」
「っ!リア!」
驚きの表情を見せたティン様は、私の手を引き起こし、自分の胸へ抱きこんだ。
「リア!リア!!」
いつも優しく、力強いティン様は私の肩に顔をうずめ、泣いているかのようだ。
胸が痛い。忘れてしまっていた自分が憎い――けれど。
「まだ……約束は有効でしょうか?」
断れなかったとは言え、私はアーサー様と婚約を結び、挙句破棄された。
どうして一途に待ち続ける事が出来なかったのか。申し訳なさで胸が痛む。
何が貴族だ、淑女だ。大切な愛しい人を待ち続ける事も出来なかったなんて――。
大事な初恋の記憶が蘇ったとて、後悔は募るばかりだ。
「当たり前だろう!俺はリアでないと嫌だ!リアしか居ない!」
涙に濡れた瞳で私を見つめるティン様はとても必死な様子だった。
あぁ、あの時のままだ。
なかなか心開かず、打ち解けてくれない少年に泣きながら、もう知らない!と言った時。あの時のティン様も目に涙を浮かべながら必死な様子で私に縋っていた。
変わらない。
変わっていない。
私の大切な愛しい人。
「私は、ティンと一緒にいたいっ!」
しがみ付き、涙ながらに叫ぶ。
許されるなら。ずっと一緒にいたい。
「大丈夫だよリア。俺は皇帝だ。」
ティンが優しく頭を撫でる。
「あいつが言っていた事は本当さ。民の為でもあるけれど……力をつけるために皇帝になった。リアと一緒に幸せになるため。迎えに行くために」
当時の状態では、自分の命は勿論のこと、ロザリアを迎えに行く事すら出来なかったからだと。
「リア……俺の求婚を受けてくれるという事で良いのか?」
「っ!はいっ」
嬉しさから満面の笑みが表情に出る。
貴族だからとか。
淑女だからとか。
そんな矜持なんて今は何もなくて。
ただただ幸せで、感情だけで表情筋が動く。
好きな人と結婚以前に、人を愛するという事さえもないと思っていた人生から一変したようで、ただただ幸せだけを噛み締める。
そんな私をティン様は愛おしそうに見つけていて、それすら幸せな気持ちに拍車をかける。
「しかし、年数が合わない気がします」
「なにがだ?」
「ティンと出会って別れたのは7歳の時で、8歳の時には王命にてアーサー様と婚約して、アーサー様が立太子しましたよ?皇太子が狙っているなんて……」
ティンが私を求めてくれていたのはとても嬉しく思うけれど、そのせいで王命が下されたのであれば悔しくも思う。
人の恋心を踏みにじるような行為だ。
しかし、当時の皇太子というとティンと腹違いの兄である第一皇子だったと思う。
少し憤っている私に対し、ティンは少しバツの悪そうな顔をして口を開いた。
「……どうやらブラッドリー公爵の手紙に気がついたあいつが俺の弱みになるかもしれないと、画策していたようだ……ディスタ国の王子と婚約したおかげで上手く逃れられたようなものだが……」
唖然としてしまう。
私にとってティンとの記憶を失くす程、嫌だった婚約だったけれど、上手く逃げる事が出来た道でもあるなんて。
「……かなり遠回りをしてしまいましたが、お互いこうしていられる為に必要だったのね」
「そうだな。それより部屋に戻ろう。少し休むと良い」
優しく微笑むティンは、そう言うと私を抱き抱えて部屋へ向かって歩いていく。
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