第17話
「それが間違いなの!本来助けるのはあたしだった筈なのに!ジャスティンが好きになるのも!生き残り、迎えに行く為に戦うのも!王妃や第一皇子を廃して皇帝になるのも!全部あたしのためだった筈なのよ!」
「俺はお前に会った事などない」
「それがそもそも間違いなのよ!その女が邪魔したのよ!」
何を言っているのだろう。
起こった過去は変えられないし、それは自分が行いたかったという願望からの妄想だろうか。
思わずティン様の服を握り締めると、ティン様も私を抱きしめる力を強めた。
そんな私達の様子など見えていないのだろう、マルチダ様は喚き続ける。
私は知っているのだと。
確かに街の人達は言っていた。
当時の皇太子と王妃が排され、皇帝が退き、第二皇子であるティン様が皇帝になったと。
皇族の我儘な生活で民の生活が脅かされていたと。
マルチダ様の話では、脅かされていたのは民だけではなく、ティン様もだった――……。
前皇帝と側室の間に生まれた第一皇子。その数年後に正妃である王妃との間に生まれた第二皇子であるティン様。
産後の肥立ちが悪く、ティン様の母である王妃は亡くなられ、側室が王妃に繰り上がる。
それから王妃は自身の息子を玉座に付けようとするが、第一皇子は学びもせず遊び惚けているのに対し、ティン様は優秀で次期皇太子の座は確実とまで言われていた。
覆す事が難しいと思った王妃はティン様を隣国で抹殺しようと試みる。
命からがら逃げ出したティン様だが、その傷では放っておいても死ぬだろうと王妃は思い、それから第一皇子と共に贅沢三昧して遊んでいたそうだ。
ティン様はそのまま死ぬところだったのを本来ならばマルチダ様が助ける筈だったと喚く。
母はおらず、優秀に成長していくと共に王妃に睨まれるのが怖い侍女達はティン様に対して寄り付く事すらしなくなり、一人孤独に耐え生きてきて、暗殺されそうになる。
心身共に疲れ果てたティン様を本来癒すべきは自分で、ロザリア如きには癒しきれていないと言い放っている。
「民のため、自分が生き残るためとはいえ、義母と兄を追いやり父に責任を取らせ、皇帝になった重圧は大変なものでしょう?そんな偽物に癒し支えられるはずがないわ!偽物の約束にしか過ぎないのよ!」
どうしてマルチダ様はこんなに詳しいのだろう。
ティン様は私の背を撫でながらも、マルチダ様の言い分に対し横から口を挟む事をしない為、マルチダ様の言っている事が事実なのか妄言なのか判断しにくいところもある……。が、壮絶な過去があったとしても、ティン様が今生きてここに居てくれている事をありがたく思ってしまい、ティン様を掴む腕に少しだけ力が入りながらも嬉しくて微笑みすら溢れてしまう。
ティン様が優しいのは街での噂でよく分かる。
民のために行った行動は、国のお金が底をつき、自身の生活が困窮してもおかしくないほどだ。
「離れなさいよ!」
マルチダ様が何を言おうと、心が暖かくなるだけだったのだが、そんな私の表情を見てか、苛立ちを隠せないマルチダ様に突き飛ばされる。
優しく微笑んでいたティン様の顔が驚きに満ちたが、それも一瞬。すぐに不愉快な表情に変わったのはマルチダ様がティン様に抱きついているからだろうか。
「ストーリー通りならジャスティンと結ばれるのはあたしなの!ジャスティンはあたしの最推しなんだから!助けるイベントがなくて仕方なくアーサー攻略にいっただけよ。ねぇ、あたしが好きでしょ?ストーリーには逆らえないはずよ!」
意味の分からない言葉を紡ぐマルチダ様に、ティン様は背筋が凍るほどの冷たい視線を投げかける。
実際投げかけられていない私でさえも怯えてしまうほどなのに、マルチダ様は一切気がつかずに自分の胸をティン様に押し付け、上目遣いで訴えている。
「……不敬だ。捕えよ」
隣国の王太子の婚約者。
国同士の争いになるかもしれないと理解していないのか、ここまできてしまえばティン様も判断したのだろう。
さすがに度が超え過ぎていて、許しては舐められる。帝国として黙認出来ないレベルだろう。
騒ぎを聞きつけ駆けてきた兵達も、さすがに隣国の者を相手に即座に動く事はせず、ティン様に判断を委ね影から見ていたのだろう。ティン様の声で素早くマルチダ様を拘束する。
「どうしてよ!あたしはヒロインなのに!」
拘束されても意味不明な事をマルチダ様は喚く。
「ヒロインなのに!思ったように勉強も出来ないし……私は幸せな皇妃が約束されたヒロインなのに!」
「一般牢に入れておけ」
「はっ!」
さすがに現実味がなさすぎる妄言に呆然とする。
その危険性があってなのか、ティン様は貴族牢ではなく一般牢と言った。
牢とは言え、貴族牢ならばそれなりに整えられている部屋となるが、あんな錯乱した状態で入れては大変な事になるだろうからか。
喚き暴れるマルチダ様に対し、乱暴にする事を遠慮して兵達がなかなか連れて出て行けないようだ。
そんなマルチダ様にティン様は近寄り、言葉をかける。
「どこかの間者を雇ったのか?俺の過去に随分詳しい。そこまで知っているならば俺が邪魔なものを容赦なく叩き潰すのは理解しているだろう」
ティン様の冷たさにやっと気がついたのか、マルチダ様の表情が絶望に代わり、青く染まっていく。
震えているのか、歯がカチカチ音を鳴らしているのがここまで聞こえる。
「ひろいんだか、すとーりーだかの妄言は面白かったな。最前の選択をする為に周囲の声を聞き、色んな視野を持つことも知っているのだろう?だからリアの前だとしても喚かせていたのだが……不愉快だ」
室温が一気に下がったような気がする。
殺気というものだろうか。私に背を向けている筈なのに、指先まで一気に冷える感覚が襲う。
周囲にいる兵達も耐えているのだろうか、しかし数名は半歩後ずさりしてしまう人も居た。
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