第4話

「そもそもリアと王太子殿下の婚約は王命で断れなかっただけだ。でなければ、誰が婚約など許すものか!……本当に申し訳ありません」


 悔しそうな顔で、父は私に伝えた後、皇帝に向かい頭を深く下げた。


「あぁ、分かっているから気にするな。頭を上げろ」


 皇帝は一切気にしていないようで、サラリと流す。

 父は頭をあげるが、その表情は苦悶に満ちていた。

 というか、何故皇帝に謝罪を……?


「リアにも申し訳ない事をした。王太子殿下が浮気をしていた事は知っていたが、この婚約がなくなれば良いと黙って見ていただけだったが……こんな事になるとは!」

「あの……?」


 私だけ一切会話についていけていない。

 どうして私は父から謝罪されているのだろう?

 貴族の結婚、しかも王命なのであれば浮気くらい見て見ぬ振りは当然だと思う。責め立てたとしてもお互い溝が深まるだけだ。

 そもそも父がこの婚約に対して反対していた事も知らなかったし、そんな前から殿下が浮気をしていた事も知らなかった。

 私は何も見えていないのかと気持ちが落ち込む。こんな事ではきっと上手くいっていても王太子妃としては駄目だったのだろうなと。


「……リア……」


 落ち込んでいるのが表情に出ていたのか、皇帝が心配そうな眼差しで私を見る。


「……どうしてそこまで優しくしてくださるのですか?」

「リアは……覚えていないんだね」


 口から出た疑問に、皇帝は眉を下げ悲しそうな表情を見せる。

 父も同じように悲しそうな表情をしていた。


「リア……俺達は幼い頃に一緒に過ごした事がある。その時に……将来を約束したんだよ?」

「え?」

「それは子どもの戯言だったんだけど……俺は本気でリアを迎えに行くつもりだったんだ」


 驚き目を見張る。

 私は八歳の時にはアーサー様の婚約者になっていたし、その後に他の人と約束するなど不敬となる事はしていない。

 だとしたら、それ以前の話となってしまう。確かに子どもの戯言と思われても仕方ないのかもしれない。

 正式に国とお父様を通していたのだとしたら、婚約者となっていただろうから。


「戯言など……私は皇帝陛下とリアの婚約を結ぶつもりだったというのに……王命などとっ!」

「いい。リアの情報を流してくれたお陰で最悪を免れたのだ。」


 父が拳を握り締めて悔しそうに言う。情報を流していた……?

 確かにあのまま会場に居ても、私や公爵家がどうなっていたのかは分からないけれど……。

 それにしても、一切覚えていない自分が情けなく、恥ずかしく思う。

 相手が皇帝という事が恐れ多くもあるが、こんなに優しく触れてくる甘い優しい人を何故私は忘れているのだろう。


「……申し訳ございません」

「謝らないで」


 皇帝は私の前に跪くと、私の手をとった。

 大事だと言わんばかりに優しく触れられる。


「……リア?体が熱くないか!?怪我のせいで熱が出てきているのではないか!?」


 言って皇帝は私を抱き抱え、父の案内で私の寝室へ辿りつくと、そのまま寝かせた。

 湯浴みも着替えもまだだったけれど、色々と気が張っていたのか、皇帝と父が部屋から出て行った瞬間、そのまま私の意識は深い眠りに落ちた。




 ◇




 あのまま高熱が出てしまった私は、骨折の事もあり、三日ほどベッドの上で安静な生活を送っています。

 皇帝陛下も滞在しているらしく、何故か使用人達が皆嬉しそうにしているし、侍女のエリーと執事のセバスに至っては皇帝陛下と一緒の時間を作ろうとしてくる。

 ご迷惑だろうからと断っても、当の皇帝陛下自身が日に何度も部屋に足を運んでくる。私はベッドの上から動けないのだけど……。


「リア、セバスから今のリアが好きだという菓子を買ってきたよ。一緒に食べよう」

「皇帝陛下自らですか!?そんな……恐れ多いです」

「もう三日たつよ?リア。ティンと呼んで」

「……恐れ多いです」

「呼んでくれないの?リアと距離があるようで悲しいな。その距離を埋めるように膝の上に乗せて、菓子を食べさせて良い?」

「そんなっ……!………………ティ……ン様……」

「それが妥協点かな」


 何故かティン様はうちの使用人達と距離が近く、私が忘れている記憶の中に何か答えがあるのかもしれない。

 それが答えだと言わんばかりに侍女達は遠くに控えているものの、会話が聞こえているのか、とても良い笑顔を浮かべている。

 恐れ多い気持ちがあるものの、ずっと一緒に居て、優しく大事にされているのが伝わってきているし、周囲はティン様とも仲が良い為、私も不敬で恐れるという感情はなくなり少し信頼してきているのもあるのだろう。

 愛称で呼ぶのに最初程の抵抗はなくなっていた。呼び捨てはまだ無理だし、さすがに膝の上だとかは羞恥心で死ねそうになるからご遠慮させて頂く為にも。


「ねぇ、リア。俺と結婚して欲しい」

 いきなりそんな事を言われて、思わずカップを落としそうになった。

 侍女達は手を合わせあって喜んでいる。


「あの……私はティン様との思い出を忘れてしまっている薄情な者です……」


 自分で言っていて胸が痛む。何で忘れてしまったのだろう、忘れているのだろう。

 こんな優しく愛してくれる人を。


「関係ないよ、それはきっかけに過ぎない。リアと数日一緒に過ごして、今のリアもちゃんと愛していると思えたから言っているんだ。過去の思い出に恋しているわけではないよ」


 涙が溢れそうになる。

 今の私をきちんと見た上で言ってくれているのだ。しかし、私はその思いを返せるのだろうか。

 貴族だからとか、そういうのはなく、ティン様は私という個人をしっかり見てくれているのだ。こんな嬉しい事はないと思う反面、家族以外では初めての事でもあるのではないだろうか、その感覚に狼狽える。


「まずは皇帝陛下と一緒に帝国へ行ってみてはどうだ?療養でしばらく滞在すれば良い。足も治ってないしな」

「お父様!?」

「それは良いな!こんな国へ置いておくのも心配だからな。しかしブラッドリー公よ、盗み聞きか?」

「皇帝陛下のお気持ちは昔から知ってますから今更でしょう」

「そうだな。リア、返事はあとでも良いよ。絶対振り向かせてみせるから」


 そして私はティンと共に帝国へ向かう事となった――。

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