第3話
そこには後ろ髪が肩につくくらいの少し長い漆黒の髪に、紅緋の鋭い瞳を持った美丈夫が居た。
謝罪も感謝の言葉も口に出そうとすると悲鳴が出そうで耐える。
痛みが大半を占めている頭で目の前に居る人物が誰だったのか思い出そうとするも、思考回路が回らない。
思考を回す為にも痛めた右足に重心をかけないよう身体の支点をズラそうとするが、ヒールの高い靴な為、上手くいかない。
「リア、大丈夫か?約束通り迎えにきたよ」
「……え……?」
「あ……貴方は…………!」
そう言って美丈夫はいきなり横抱きに抱き抱える。足の痛みに気がついたのだろうか、気遣う言葉さえ伝えてくる。
それでもズキズキと痛む右足は、もしかして骨までいっているのかもしれない。
マルチダ嬢が驚きの表情をし、アーサー様に至っては顔面蒼白となっているが、それを無視して美丈夫はたった今入場してきたであろう国王陛下の元へ私を抱き抱えたまま歩を進める。
「あ……っつっ……!……」
「大丈夫だから」
驚き思わず声をかけようとしたが、痛みから言葉になる事なく、思わず表情を歪めてしまう。美丈夫は顔が見えないように顔を自分の胸に抱き込み周囲から見えなくしてくれた上に、耳元で優しく囁かれた。
本来ならば不安になっても良いような場面だが、今は足が痛すぎて、抱き抱えられている事でその痛みから逃げられているという事もあり、何故かその囁きで胸に安堵の気持ちが広がっていく。
「ディスタ国王。彼女を送って行くのでここで失礼させていただく」
「あ……あぁ……」
国王の狼狽える声だけが聞こえる。
ロザリアは腕の中に居た為、気がつかなかった。怪しい微笑みを湛え、国王を鋭い瞳で見つめる美丈夫を。その目に射抜かれて真っ青になって震える国王を。
国王の許可が口から出されていないにも関わらず、美丈夫は会場の出口へ向かう。
「私も帰らせていただく」
「宰相!」
そう言って、美丈夫の後ろに続いたのは宰相であり、ロザリアの父でもあるブラッドリー公爵だ。
勿論、帰宅の許可は国王の口から出てはいないが、そんなものは関係ないとばかりに出ていく。
会場に居る者達は唖然とした表情で周囲を取り囲み、事の成り行きを見守っている。
国王やアーサー王太子は勿論の事、上位貴族は美丈夫が誰なのか理解しているのか、顔を青くしたり白くしたり忙しそうだ。
そんな中、マルチダだけは顔を真っ赤にして突然叫びだした。
「どういうことよ!なんで皇帝が出てくるの!?」
「マ……マルチダ嬢!?」
いきなり憤慨したマルチダに慌て嗜めるアーサー様だが、そんな事は一切聞かず、ブツブツと何かを呟きだした。
「なんで隠しキャラがこんな所で?どうして悪役令嬢を?私がヒロインなのに!やっぱ救出イベントしてないから?そこからなの?」
突然の皇帝出現だけでなく豹変して意味の分からない事を呟くマルチダに対し、周囲は更に下がり、より遠巻きになって見守るも、このままパーティ続行という雰囲気にはならなかった。
「足の骨が折れてるな……」
「なんだと!?」
抱き抱えられたまま公爵家に戻り、優しい手付きでそのまま足を見てもらうと折れていると言われた。その言葉に対し、怒りで顔を赤くし、表情を歪まし体を震わせる父の顔が見える。
何とか痛みには耐えているものの、どくんどくんと続く痛みにどんどん感覚が麻痺していったようで、少しは考えが回るようになってきた。
「あ……あの……ありがとう……ございます。そしてお手を煩わせて……しまい……申し訳」
「リアのせいじゃないよ」
響く痛みに、息を吐きながら何とか言葉を紡ぎ出すが、謝罪の言葉を口にした時に遮られた。
というか、リア?愛称?
一体何がどうなっているのかと狼狽えるロザリアを見て、何かに気がついたような顔をする二人。
「ごめん、自己紹介がまだだったね、俺はジャスティン・ウィリ・ウォーレン。ティンと呼んで。俺はリアと呼ばせてもらうけど良いよね」
疑問形ですらない。
というか……。
「アルロス帝国の……皇帝……陛下……!?」
アルロス帝国はディスタ国の隣にあり、ディスタ国はアルロス帝国の属国でもあるほどの大国だ。
大陸の半分以上を占めている。
帝国の皇帝陛下と言えば、そうそうお目にかかれる相手ではない程、雲の上の存在だ。
思わず立ち上がりカーテシーをしようとするが、皇帝により肩を掴まれ、立ち上がる事を阻まれた。
「ティンだよ、リア」
眩しい笑顔で呼びかけられる。頭の中は疑問符でいっぱいだ。
愛称なんて呼んだら不敬どころの話じゃないと思う。
「ほら、呼んで、リア。昔のように」
「え?昔?」
「皇帝陛下!」
どういう事かと尋ねようとしたところ、父に遮られた。
父は睨むように皇帝を見ていて、ロザリアの方が焦ったが、皇帝は肩をすくめて分かったと言うように、少し悲しそうに微笑みながら頷いた。
一体何がどうなっているのか理解ロザリアだが、1つだけハッキリ理解出来る事がある。
それは婚約破棄を告げられた事。臣下として殿下を止める事すら出来なかった事。公爵令嬢として周囲の令嬢達との関係が築けていなかった事。
そう思考を纏めれば、何とも頼りなく情けない事だろう。
「……お父様……」
「ん?どうしたリア」
優しく微笑む父に、胸が痛む。
出来損ないでどうしようもない娘で。申し訳ない気持ちで悲しみが胸を占める。
目に涙が浮かんでくるが、痛みなのか悲しみなのか情けなさなのか。もう自分でも分からなくなってきている。
「私を修道院へ送って下さい」
「駄目だ!リア!許さない!」
それを止めたのは皇帝だった。
「いいえ、私は公衆の面前で婚約破棄をされた令嬢です。しかも味方もおりませんでした。これ以上ない醜聞です」
ハッキリとそう告げた私に、父は悲しそうに微笑みながら、こう言った。
「修道院へ行く必要はない」
「しかし公爵家の」
「もう一度言う。必要はない」
食い下がる私に、今度は当主の顔をした父が再度言い切った。
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