2-2
*
一時停止が何度も繰り返された事により、第一話を見終わった時には夕日が沈んでいた。
下校時間も近かったので、その後すぐに解散した。
三梨は予定があると言って、すぐに部室から出ていった。
残された鵜乃乃と僕はそのまま学校から出て、近くのファミレスで作戦会議をする事に。命題は、どうすれば三梨に効率良く恋を教えられるのか、だ。
ドリンクバーで入れたコーラを飲みながら、鵜乃乃の方に視線を送る。鵜乃乃は美味しそうにハンバーグを食べながら、喜びの舞を上半身だけで表現していた。
窓の先は真っ暗。ガラスに映るのは僕の冴えない顔。少しカッコつけてみたけど、そんなにカッコ良くない。何度か繰り返してみた結果、虚しくなっただけだった。
それにしても真っ暗になるの早ない? 春だというのに、これではまだ冬ではないか。
「なあ、鵜乃乃。どうしたらいいと思う?」
「わらひにあんあえがあいまう(私に考えがあります)‼」
「うん、ごめん。飲み込んでから話してくれ」
これはハンバーグを口に放り込んだ瞬間に話しかけた僕が悪いですね。
とりあえず鵜乃乃が食べ終わるまでコーラを飲んでいよう。ゴクゴク、美味しー!
思ったけど、どうして三梨は恋を知ろうとしているのだろうか。あんなに真面目に取り組む姿を見せられると、どうしても気になってしまう。
そして同時に思い出した。僕まだタペストリー返してもらってなくね?
「よし、今から三梨の家に行くぞ!」
「きゅうでふね(急ですね)‼」
「うん、ごめん。まだ食べていたよね」
焦燥感に駆られすぎました。それほど大切なんですよ、あのタペストリー。まあ、一週間くらい忘れていましたが。なんか大切な事って忘れがちだよね。これこそ灯台下暗し。
「ふぇぇ、美味しかったぜ‼」
鵜乃乃は満足げにお腹を押さえている。
「さて、どっちか選びなさい。今から作戦を立てるのか、三梨の家に乗り込むのか」
「乗り込みましょう‼」
「よし、行くぞ!」
素早く立ち上がって、颯爽と会計を終わらせる。
外に出ると真っ暗。空を眺めれば、綺麗な満月が浮かんでいた。
「寒い」
「同じく‼」
ファミレスの暖房によって温められた体が、一瞬で冷えていく。
「ちなみに三梨の家って、どこにあんの?」
「知りませんぜ‼」
「なるほど。まずは特定する必要があるな」
「私、委員長の連絡先を持ってますぜ‼」
「よくやった。早速、電話をかけなさい」
鵜乃乃は制服のポケットからスマホを取り出し、すぐに電話をかけはじめる。
『もしもし、三梨です』
コールの音が途切れると、三梨の声が聞こえてくる。繋がったみたいだ。
「私だ、私‼ 住所を教えろ‼」
静かな夜の中、鵜乃乃は叫ぶ。いや、言い方。単刀直入すぎ。オレオレ詐欺からの住所教えろは、完全に犯罪者だ。三梨も引いたのか、電話から戸惑った声が聞こえてくる。そんな言い方で住所を教えてもらえるわけが——
『ナナフシマンション三階の二号室。住所検索すれば、すぐに分かると思うわ』
めっちゃ普通に教えてくれたわ。しかも、相手は何をしでかすか分からない鵜乃乃に。
「よし、分かったぞ‼ 今から凸る‼」
『えっ、今からかしら?』
驚きの声が聞こえてくる。
『流石に今からは……』
「高校生は夜の十時までに家に帰ればいいというルールがあるのだ‼」
鵜乃乃は興奮気味に告げる。まるで罠カードを発動したデュエリストの如く。
なるほど、その手があったか。三梨は法則に敏感だ。逆に捉えれば、法則を破らなければ何をしても許してくれる。鵜乃乃らしくない知的な作戦だ。
『……二十一時半には帰ってよね』
諦めたのか、三梨はそれ以上何も言わなくなった。これは我らの勝利だ。
「了解、今から行くぞ‼」
『騒がな——』
ピッ‼ 鵜乃乃は電話を切る。最後、三梨なんか言おうとしていたな。
「住所ゲットだぜ‼」
「よし、住所検索だ!」
スマホを取り出して、マップを開く。
ナナフシマンションとか言ってたな。歩いていける距離にあればいいが。
「……あれ?」
「事件か⁉」
鵜乃乃は僕のスマホを覗き見る。
「ちゃんと出ているじゃあないか‼」
ああ、確かに検索したら、しっかりと出た。何なら歩いて数分の距離だし。
問題はそこじゃない。もっと単純な事だ。
「三梨の住んでいるマンション、僕の住んでいる家の目の前にあるんだけど……」
「ふぁぁぁぁぁぁっ⁉」
耳元で呼ばれたせいで、耳が痛くなった。
僕の家の近くには黒光りした高層マンションがある。完成したのは最近で、異様にデカい。
そのマンションのせいで、家の日当たりが少し悪くなった。洗濯物が乾かないって、母が悲鳴を上げていたのは今でも覚えている。母は目の前のマンションを目の敵にしていた。毎日、マンションに向かって殺虫剤をかけるという陰湿な事までしていた。確かに見た目はゴキブリみたいだけど、殺虫剤をかける必要はないと思う。何回か繰り返したのち、警察に厳しく注意された。それ以来、殺虫剤をばらまかなく事はなくなった。
恥ずかしい話だ。三か月くらい近所の人に冷たい目で見られたのはいい思い出。
問題なのは、その目の敵にしたマンションに三梨が住んでいるという事。
「展開がラブコメですな‼」
「テンションが上がっているところ悪いが、僕と三梨がいい感じになる事は絶対にないぞ」
「どしてですか⁉」
「だって、現実ですもの」
現実とアニメは違う。
食パンを咥えて走る美少女がいなければ、結婚を約束した相手だっていない。僕は鈍感系主人公じゃないし。その上、恋を知らない三梨が相手だなんて。
あり得なさ過ぎて、想像がつかない。
「でも、部長は委員長の事をすっごく気にかけてますよね⁉ どしてですか⁉」
鵜乃乃は不思議そうに問う。
僕が三梨の事を気にかけている理由。そんなのは一つしかない。
「それはな、運命を感じたからだ」
「運命ですか⁉」
そう、運命だ。
目を合わす事すらなかった彼女と、最近は何度も遭遇する。それも廃部問題を抱えている時に。そして、敵から味方になる、熱い展開。ここまでくると、もはや偶然ではなく、紙が仕組んだ必然に違いない。
「これを運命と呼ばずして、なんと呼ぶ?」
「言われてみれば、そうですね‼ これは運命‼ ディスティニー‼」
満月に向かって叫ぶ鵜乃乃。本当に、鵜乃乃といると退屈しないな。
「ちなみに部長って、好きな人いるの⁉」
「ふっ、愚問だな。いるわけがないだろ」
「私と同じですね‼ 我ら、非リアの希望‼」
鵜乃乃は決めポーズと共に、カッコつけながら告げる。別に自慢するような事ではないな。
鵜乃乃の場合は彼氏を作ろうと思えば、いつでも作れるだろう。現に何回も告白されているわけだし。ただ、いつも運命じゃないからと理由をつけて振っているが。
夜のとばりの中でも、明るく楽しそうな彼女。これだと、運命が来ても気付かなそうだ。
「いつか見つかるといいな」
「部長もな‼」
「そのためにも、恋愛アニメで経験を積んでおかないと」
鵜乃乃と手のひら同士で一度ハイタッチをする。
僕は恋を経験した事がない。だから今は傍観者として、恋を勉強する。
それこそが恋愛アニメ研究部が存在している理由。見つけた恋が上手くいくため。
「部長‼ 久しぶりにときめきゲームでもするか‼」
「おっ、いいな。ちょっとやってみるか」
ときめきゲームとは何か。簡単に言えば、その場に合った台詞を口にして、相手をときめかせるゲームである。例を出すなら……
花火、綺麗だね。
君の方が綺麗だよ。
みたいな感じである。
数多の恋愛アニメを研究してきた僕らからすれば、容易なゲームだ。
早速、やってみよう。僕がお題を出す。
「星って、どうしてこんなにも綺麗なんだろう……」
切ない声を上げては、夜空に浮かぶ星へと手を伸ばす。
さて、鵜乃乃はどう動くのか。チラッと彼女に視線を送ると、右手を顎に当てながら静かに考えていた。このゲームをする時の鵜乃乃はすっごく真面目である。陽気じゃない彼女を見られるは、このゲームだけかもしれない。
ただ、これだけで驚いてもらっても困る。もっとも驚くべきは、ここからだ。
答えが浮かんだのか、鵜乃乃はゆっくりと僕を見て口を開く。
「だって、みんなの願いが籠っているもの。綺麗に決まっているわ」
右手を唇に添えては上品に笑う彼女。口調はお嬢様っぽく、声も透き通っていた。
「私の願いも籠っていると嬉しいわ」
両手を合わせては、星に祈るように瞼を閉じる鵜乃乃。
「何を願ったの?」
「秘密。願い事は口にしたら、叶わないもの」
彼女は右手の人差し指を口元で立てては、あざとくウインクをする。
「なら、僕も秘密にする」
「私と一緒に居られますようにって願ったのでしょう?」
「ちっ違うから!」
「ふふふ、どうかしら?」
彼女は妖艶に笑う。柔らかい感じが、親しみやすさを醸し出している。
図星を突かれた僕は動じずにはいられない。ばれないように。彼女から目を逸らす。
二人で歩く夜道。暗かったけど、星と笑顔が照らしてくれるから、何も怖くなかった。
——はい、カット‼ 大きく手を叩いた。
「いい感じだったんじゃないか?」
「なんかアレだった‼ 今までで一番、良かったかも‼」
先ほどのお嬢様のような口調は消え、本来の元気な鵜乃乃へと戻る。
彼女は演技がすっごく上手い。上手すぎて、もはや誰だよコイツレベル。
「星を題材にするといい感じになる気がする‼」
星を指して、はしゃぐ鵜乃乃。夜ですら明るい彼女に、やっぱり星は似合わない。
鵜乃乃の言う通り、今回は完成度が高かった。たくさんの恋愛アニメを研究している賜物と言える。今ならどんな女性でも落とせそうだ。勇気と自信がないのでしませんが。
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