1-2
「お前達、大切な話をするから椅子に座りなさい」
「急にスイッチが入りましたね」
「うむ、良かろう‼」
それぞれがパイプ椅子へと腰掛け、机に腕を乗せる。
「この光景……なんだが久しぶりだぞ‼」
「なんか今から会議でも開始するかのような雰囲気ですね」
鵜乃乃と梓間の反応を見れば分かると思うが、恋愛アニメ研究部が一つの机を囲うなんて、滅多にない機会だ。それほど大きな問題を恋愛アニメ研究部は抱えてしまったのだ。
悔しさを拳に乗せて、机を叩く。ちょっと臨場感を出したかったのでもう一度、机を叩いた。
「今回、集まってもらったのは恋愛アニメ研究部が抱えている問題について話し合うためだ」
「何かあったのか‼」
「タペストリーの話なら、もう大丈夫ですよ」
「ちがーう! 断じてちがーう!」
タペストリーの話も同じくらい大きな問題だが、それは別の問題だ。
「恋愛アニメ研究部は来週までに部員を集めなければ廃部になってしまう」
「なんだとぉぉぉ‼」
「それは本当ですか!」
大きく口を開く鵜乃乃と、吃驚する梓間。
部活動を続けるには四人以上の部員が必要であり、三人以下では強制的に廃部になってしまう。
僕が二年生になってから早二週間。恋愛アニメ研究部に入部してくれたのは梓間だけ。現状、部員は僕と鵜乃乃と梓間の三人だけ。つまり、とてもヤバい状況。
「まずいじゃないですか! 僕、まだ入って一週間ですよ!」
「廃部になったら、みんなで恋を研究できなくなっちゃう‼」
焦りを見せる梓間。
そして、それ以上に慌てる鵜乃乃。耐えられなくなったのか、立ち上がって机の周りを走り始めた。すっごく焦っているって事だけ、よく伝わった。
「落ち着くんだ、二人とも! 特に鵜乃乃!」
「よし分かったぜ‼」
鵜乃乃は大きく頷いて、椅子に座る。案外、素直だった。
静かになったので、話を再開する。
「このままでは、廃部になってしまう。それだけは、どうしても避けなければならない。そこで僕は考えた。新たな部員を連れてくれば解決するのではないかと」
「簡単に言いますね。連れてくる人に心当たりはあるんですか?」
梓間は当たり前の事を僕に質問する。愚問すぎて、つい笑みが零れてしまう。
「あまり舐めるなよ?」
「えっ、あるんですか?」
「勿論、あるわけないだろ。僕の事を過大評価しすぎだ」
「カッコつけて語っていますが、全くカッコ良くないですよ」
「冷静なツッコミはするんじゃない。泣くぞ」
「よしよーし‼ 私が優しくしてやるから、安心しなさーい‼」
向かいの席から僕の頭を撫でてくれる鵜乃乃。こう見えて、彼女は優しく気の遣える良い奴でもある。タイミング的に、感動よりも惨めさが勝ってしまったが。
「梓間の彼女で入ってくれそうな奴はいないのか?」
「いないですね。僕のハーレムはスポーツ女子ばかりですから」
ニヤニヤしながら梓間は答える。彼女の話になると、急にテンション上がるな、こいつ。振られて寝込んでしまえばいいのにと、心底思う。
それはさておき、この学校には兼部してはならないというルールがある。大半の人が部活動に所属しているので、もうその時点で色々とピンチな訳なんです。髪は染めていいのに、なんで兼部は許されないのでしょうか。僕ひっじょーに気になります。
「あれ、これ詰んでないか?」
「おいおい‼ 私には訊かないのか⁉」
親指を自らに指す自己主張が激しい鵜乃乃さん。不毛だが一応、訊いてやるか。
「鵜乃乃、入ってくれそうな奴に心当たりはあるか?」
「あるわけないぞい‼ 分かり切っている事だぁろぉ⁉」
そんな当たり前の事、普通訊く? みたいな顔をされた。なんて仕打ちだ。鵜乃乃には最初から期待してなかったので、これ以上の事は何も思うまい。
他に何か手はないのだろうか。
………………
…………
……
熟思凝想して暫く、一つの答えが導かれた。
「この部、終わったな……」
「もう諦めているじゃないですか」
「だって僕ら人望ないし」
「部長と一緒にしないでください」
梓間は慈悲も優しさもなく辛辣。否定できないのが、悔しい。
「三人では、どうしてもダメですか?」
「ダメだから悩んでいるんだろ」
「ここの生徒会って緩いじゃないですか。何か理由を付ければ、もしかしたら許してくれるかもしれませんよ」
「それっなぁ‼」
梓間の考えに、鵜乃乃はヘッドバンキングの如く首を振る。
梓間の言う通り、部活動を仕切っているのは生徒会だ。
そして、生徒会は緩い。何をしても許されるくらいに緩い。鵜乃乃が放送室に無断で侵入して大声でアニソンを歌った時も、乾いた笑いで済むレベルに緩い(その後、先生に酷く怒られたのは内緒だぞ)
生徒会なら許してくれるだろう。部費も他の部と同じように出してくれる生徒会なら。
ただ、違う。根本から既に間違っている。
「いいか、よく聞け。今回の敵は、生徒会ではない」
「えっ……?」
「この学校には絶壁の名を馳せる風紀委員長が存在する」
「……あっ、なるほどです。確かに大変ですね」
理解したのか、梓間は苦い顔をする。
その隣でたくさんのシャーペンを使ってタワーを作り始める鵜乃乃……彼女は話に飽きていた。
今時の高校なら、風紀委員長という職は珍しくないだろう。
ただ桜木坂高校の風紀委員長の三梨楓花は一味違う。レベルも格も何かもが違うのだ。
「あっ、そうだ! 聞いてくれよ、鵜乃乃! 今日、自慢しようと持ってきた『恋日』の新作タペストリーを三梨に取られたんだよ」
「なんと‼ それは酷い話だ‼ 見た者の心をドキドキさせては、涙される事で有名な恋愛アニメ作品『恋と呼ぶ日』。略称を『恋日』という神アニメの限定タペストリーを没収するなんて、酷すぎる‼ だから今日、一日中、泣いてたんですね‼ もっと下らない理由だと思ってましたが、納得しました‼」
宣伝のような長い説明はさておき、僕の心の痛みを理解してくれたようだ。ところどころ酷い事を言われたような気がするが、気のせいにしておこう。
三梨はちょっとした事ですら許さない堅物のような女性だ。おかげで、チャラチャラしている生徒から嫌われたり、疎まれたりしている。悪い噂も少なくはない。
さっきから梓間が渇いた笑いを浮かべるのは、三梨を恐れているからだろう。三人の女性と付き合っている事実を彼女が黙っているわけがない。今はまだ、ばれてないようだが、時間の問題だろう。
そんな慈悲の欠片もない三梨が、部活のルールに優しい筈がない。期限とされているゴールデンウィークまでに後一人集めなければ、間違いなく彼女によって廃部にされるだろう。
考えるだけでゾッとするな。
「部長‼ 考えがあります‼」
鵜乃乃が恐ろしく速いスピードで立ち上がった。あまりの風圧にシャーペンで作ったタワーが、音を立てて崩れていく。
「委員長を説得しましょう‼」
「無理だ」
「即答‼ どしてですがぁぁぁあ⁉」
今度は机を激しく叩いた。おかげで、シャーペンが地面へと落ちていく。
「融通が利く奴と思うな。あれはロボットみたいなものだからな」
「なるほど‼ 確かに、無理そうですね‼ なら、別のプランで行きましょう‼」
「別プラン?」
「恋愛アニメ研究部の部員を四人に増やせばいいのです‼」
「さっきから、そう言っているのだが」
「てへっ‼」
鵜乃乃はガッツポーズする。どうしてガッツポーズなのだろうか。
「なんか話が進みそうにないので、帰ります」
話に飽きたのか、梓間は荷物を持って部室から出ていこうとする。
無論、逃がさない。僕と鵜乃乃は目を光らせ、すぐさま梓間を囲った。
「あーずーまーくーん、何か用事でもあるのかなぁ?」
「かっ、彼女とデートが……」
「貴様は彼女と恋愛アニメ研究部、どっちが大切だ⁉」
いい笑顔で梓間に圧をかける鵜乃乃。追い打ちをかけるように、僕もいい笑顔を作って梓間へと迫っていく。
「ここで帰ったら、三梨にお前の悪事を全て暴露してやる!」
「なっ! それで脅すなんて最低ですよ!」
「三人の女性と付き合っている方が最低だろ!」
「そーだそーだ‼ 昼間に飲んだのはコーラ‼」
共に迫る僕と鵜乃乃に耐えられなくなったのか、梓間は大人しく席に戻った。
「分かりました……。まだ帰りませんから、変な顔で笑わないで下さい。特に部長! 部長の笑顔って、結構キモいので早く離れて下さい」
梓間はかったるそうにため息を吐く。
今、悪口を言われたような気がしたが、聞かなかった事にしよう。
「今の感じで言い寄れば、一人くらいは捕まる気がしますけど」
億劫そうに告げる梓間。
僕と鵜乃乃は数秒、静かに顔を合わせて、
「「それだ!(‼)」」
見事に声が重なった。
簡単な事だった。目星がつく奴がいないのなら、適当に捕まえればいいんだ。
「まさに逆転の発想‼」
「早速、捕まえに行くか!」
「よし、私に任せなさい‼」
「任せた!」
鵜乃乃は颯爽と部室を出ていく。扉が再び大きな音を轟かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます