1-3

「部長‼ 暇人を捕まえたぞ‼」


 早速、鵜乃乃の声と足音が廊下から聞こえてきた。


 相変わらず、うるさい。だが、


「よくやった!」


 部室を飛び出し、鵜乃乃の声の方へと向かっていく。


 この時間に校舎にいる奴は、部活に所属してない暇人だ(圧倒的偏見)。そいつを恋愛アニメ研究部に入部させられれば、廃部は免れる。別にそいつが部室に顔を出さなくたって、大丈夫。幽霊部員でも、立派な部員なのだから。


 これで恋愛アニメ研究部は存続できる。普段は眩しいだけの太陽が、今では輝いて見えた。安堵する胸を押さえる僕の顔には、必然と笑みが生まれていた。


 晴れやかな気分に浸りながら、鵜乃乃の元へと向かっていく。


 果たして鵜乃乃が連れてきたのは、どんな奴だろう。女性だったら、ナンパ——ふぇっ?

 

 思考が停止した。


「ねぇ、斎藤君。これは、どういう事かしら?」

 

 鵜乃乃に連れられた女性は淡々とした口調で話す。

 

 その正体は、言うまでもなく三梨楓花。僕が最も恐れている風紀委員長、本人だった。強引に連れて来られたせいか、非常に不機嫌そうです。

 

 何故、三梨を連れてきた? 鵜乃乃に目で問いかけると、


「ボーっと立ったままで暇そうでした‼」

 オブラートに包む事もなければ建前も一切ない、堂々と言い切る鵜乃乃さん。流石っすわ。

 おかげで隣の三梨が不機嫌レベルマックスになった。


「我らが恋愛アニメ研究部の部室にゴールイン‼」


 そう言って鵜乃乃は、三梨を部室の中へと強引に突っ込んだ。

 

 一体、何を考えているのだろうか。いや、何も考えてないのだろうな。あの楽しそうな笑顔が先の事を考えているなんて到底、思えないのだからな。


「どっ、どっ、どうして風紀委員長を連れてきたんですか……?」

 追うように部室に入ると、梓間が恐怖していた。流石、三梨。一瞬にして梓間を震撼させるとは。


「さて、部長‼ 後は任せました‼」

 

 鵜乃乃は三梨をこっちへとパスする。やっぱり何も考えてないんかい。

 

 押された三梨は、僕の方へと向かって来る。

 

 その時だった。

 

 三梨は急におかしな動きをしながら、タックルするように僕の胸の中に飛び込んできた。


「これは……」

 

 目と鼻の先には三梨。触れ合う肌と肌。そして、なんかいい匂いが鼻孔をくすぐる。


 ロマンチックに綴ったが、現実はそんなに甘くない。三梨は恐ろしい眼差しで、僕を睨んでくる。おいおいこんなラブコメシーン、データにないぞ。


 どうしてこうなった? 三梨の足元を見てみると、鵜乃乃がタワーを作る際に使っていたシャーペンが何本も散らばっていた。どうやら三梨はシャーペンを踏んで、バランスを崩してしまったようだ。鵜乃乃よ、またお前が原因なのか。


「何か言いたい事があれば聞くわ」


 照れるという概念がないのか、三梨は真顔だった。ここまでくると、もはやホラーだ。


「だってよ、梓間。なんか言ってやれ」


「なっ、なんで僕に押し付けるんですか!」


 だって、怖いんだもん。こんな至近距離で廃部の件を離すとか、無理ゲーにも程がある。


 三梨は立ち上がって、梓間の方へ近づいていく。一年生を生贄に捧げる先輩は酷いなんて思われるだろうが、そんな事は知らん。


「話す事なんてないですよ……」


「彼女は三人いる話でもすればいいさ‼」


 大きく手を上げて爆発発言をする鵜乃乃。おかげで梓間は硬直した。


 三梨が黙っているわけもなく、


「その話は本当かしら?」


「えっとですね、えっとですね……」


 三梨に問い詰めに、慌てふためく梓間。こっちに助け船の視線を求められたが、全力で無視した。悪いな後輩、巻き込まれなくないのだよ。


 ちなみに原因の鵜乃乃は後ろでテレビをつけて、今期の恋愛アニメを観ていた。

 関わりたくないので、僕も鵜乃乃の隣に座ってアニメを視聴する。


「日本では一夫多妻制は認められてないわ。それに三股だなんて貴方、最低よ」


「きょっ、許可は取っています!」


「それは親御さんの許可も入っているのかしら?」


「えっと……」


 正直、梓間の三股の件は僕も気にしていた。なーんでこんなにチャラい奴が三人の女性と付き合えるのか、理解できなかった(嫉妬)。なので、助ける義理はない。


 その後も、梓間は絞られていた。


 待っている僕と鵜乃乃は、自販機で買ったコーラを片手にアニメ視聴をしていた。説教がうるさかったせいで、集中して観られなかった。家に帰ったら、また観よっと。


 リモコンを操作して、テレビの電源を切る。


 現実逃避する時間は終わった。ここからは現実に戻ってくる必要がある。


 三梨の方を見ると、干されて成仏した梓間の姿が床にあった。魂は何処へ?


「で、斎藤君。私に何の用だったのかしら?」


 三梨は案の定、真顔だった。面白味もなければ、可愛げもない。


 三梨楓花は誰が相手でも弱みを見せない、真面目な風紀委員長。おかげで教師からは高く評価されている。逆に生徒からは疎まれている。


 行動も姿も何もかもが模範的な彼女は、必然と目立ってしまう。勿論、悪目立ち。教室で彼女の事を陰でコソコソ見てきたが、彼女が喜怒哀楽を訴える表情を一度も目にした事がない。笑顔なんて、もってのほか。誰かと接している時は、無表情に近い冷めた顔。


 まあ、そんな事は実際どうでもいい。彼女が、どんな風に言われていようと僕には関係のない話だ。


 その上で、ただ僕は彼女に一つ言いたい事がある。


「三梨、単刀直入に言うぞ」


「何かしら?」


 興味なさげに僕を見る三梨。

 

 ゆっくりと地面に正座し、両手を真上に伸ばす。そして、


「僕のタペストリー返してください……」


 土下座した。


「原稿用紙三枚以上、反省文を書いたら返してあげるわ」


「土下座までしているのに、反省してないとでも?」


「反省している人は、そこまで反抗的な言葉を使わないと思うのだけど」


「なら、聞いてくれ。僕は今まで一度も誰かに頭を下げた事がない!」


「貴方ひねくれているのね」


「うぐっ!」


 冷たい言葉が頭に突き刺さる。


「早く頭を上げなさい」


「三梨が返してくれるまで、頭を上げる気はない!」


「そう。では、私は帰るわ」


「待ってくれ!」

 素早く立ち上がって、三梨の前に立つ。


「頭、上げているじゃない」


「今日、三梨に没収された物がどれだけ大切な物だったのか話を聞いてくれ」


「聞くだけ無駄な気がするわ」


 吐き捨てるように三梨は僕の横を進んでいく。なんて非情な奴だ。


 こうなったら、強硬手段に出るしかない。瞬時に鵜乃乃へと視線を送る。


「鵜乃乃、三梨を押さえろ!」


「任せろ、部長‼ 私の力を解放しよう‼」


 鵜乃乃はすぐに三梨を押さえ込んだ。


「鵜乃乃さん、離しなさい」


「私の拘束能力を舐めるなよ‼ うおおおお‼」


 そのまま三梨を抱き上げて、強引に椅子へと座らせた。


 椅子の上で抵抗を見せる三梨だったが、無理だと悟ったのか静かになった。


「どうしたら解放してくれるのかしら?」


「安心しな。悪いようにはしない」


「それ悪役が使う言葉だぞ‼ 部長は絶対に破廉恥な事をするぞ‼」


「鵜乃乃は黙っていな。……ただ観てほしいアニメがあるだけだ。それが終わったら、すぐに解放しよう。場合によっては反省文も書く。だから頼む、付き合ってくれ」


 頭を深く下げた。人生で誰かに頭を下げるのは、これで二回目だ。あれ、一回目も三梨に下げてないか? 今日だけで二回も頭も下げるなんて、僕の謝罪って案外、安い感じ?


「……分かったわ。一時間だけよ」


 三梨は大人しくテレビの方へと体を向ける。どうやら了承してくれたようだ。


「一時間もくれるなんて」


「やっぱり暇人だ‼」


「だまらっしゃい」


 一瞬、三梨に睨まれた。鵜乃乃よ、余計な事は言わないでほしい。


 だが、作戦は成功した。鵜乃乃と共に悪い笑みを浮かべる。


 僕と鵜乃乃はさっきの一瞬で、一つの作戦を企てた。


 名付けて、恋愛アニメを魅せればハマって入部したくなる作戦! 人気がある恋愛アニメである『恋日』を視聴すれば、誰であろうと入部したくなる。相手が堅物風紀委員長であろうが関係ない。


 実を言えば、三梨を選択したのは間違いだったのかもしれない。三梨は笑わなければ、考えも読めない。本当に彼女の心を動かす事ができるのか不安が募るばかりだ。


 いいや、ここで弱気になってもダメだ。『恋日』は僕が一番好きなアニメだぞ。何度も感動して、何度も涙を流した、最強の恋愛アニメなんだぞ。三梨の心だって絶対に動かせる!


 自分の心に一度喝を入れ、部費で買った『恋日』のブルーレイをプレイヤーに差し込む。


 アニメのタイトルは『恋と呼ばれる日』。通称、『恋日』。タイトルがテレビに映るだけで、数々の名シーンが脳裏に過って、目がウルウルする。


 『恋日』の舞台は僕らの住んでいる町。なんてエモいのだろう。聖地巡礼ではなく、聖地生活しているって事ですね。もう地元民として、好きにならない理由がない。


 ちなみに鵜乃乃も『恋日』が好きだ。鵜乃乃と『恋日』の話をすると非常に盛り上がる。だからこそ今、鵜乃乃は大人しく椅子に座って、じっとテレビを見ているのだ。鵜乃乃は恋愛アニメを観ている時だけ、どうしてか真面目な表情を見せる。


 今度は反対に座っている三梨に目を向ける。案の定、変わらない冷たい顔。何を考えているのか想像するが、体が強張るだけで何も見えてこない。


 計算的には第二話までしか観られない。本当は最も感動する最終回を見せたかったが、話の内容を理解してない人に視聴させても感動するとは思えないので、今回は第一話と第二話を選択した。序盤からでも十分面白いので、大丈夫だろう。


 ドキドキしていると、テレビの画面が様々な色の光を放ち始める。


 そして、『恋日』がスタートした。


 綺麗な作画とキャラにマッチした声優の声。これは余談だが、『恋日』に出演した声優さんは新人らしく、この作品によって有名になったとの事。流石、『恋日』。


 キャラが動いたり、言葉を発したりする。それだけの事なのに、心が昂る。観る度にワクワクする自分を省みて、やっぱり好きな物は飽きを知らないんだなって気付いた。


 ただ、今回は違う感情が混ざっていた。何度か三梨の方を見るが、相変わらずの無表情。どうやら誰かにアニメを布教する時と自己満足で観る時では、感覚が違ってくるみたいだ。時間が経つにつれて、緊張は強くなっていく。

ああ、怖い。なんか変な汗かいてきたよ。もう嫌な顔でも良いから、なんかリアクションしてほしい。心臓に悪すぎる。


 観察して気付いたが、彼女はテレビの画面から一度も目を離してない。真意の読めない目ではあったが、それは集中しているようにも見えた。興味を持ってくれたのだろうか。


 そんな感じで三梨とテレビを交互にみていると、第一話が終わりを迎える。ブルーレイなので、何も操作しなくても勝手に第二話へと進んでいく。その間の空気が静かすぎて、非常に気まずい。鵜乃乃よ、この合間にいつもの奇行に走ってくれ。


 静かな時間にソワソワしていると、第二話がスタートした。第一話にはなかったオープニング映像が流れる。いつ聞いても神曲だな。


 神曲すぎて、鵜乃乃が歌い始めた。しかも動きあり。ダンスができる曲ではないのだが。


「一つ訊いてもいいかしら?」


 無口だった三梨の口が開いた。


 一度、『恋日』を停止させる。


「どうして赤城という女性は青山という男性の事が好きなのかしら?」


 テレビに映っているヒロインを指差しながら、奇妙な質問を飛ばす三梨。


「ふぇっ?」


 度肝を抜かれた。


「第一話、観ていたよな?」


「確か青山が赤城の幼馴染という設定で、二人は結婚の約束を結んでいるのよね。いわば、口約束の許嫁って事でいいかしら?」


「ああ、そうだな」


「でも、どうして赤城は青山の事が好きなのかしら?」


「……許嫁って言葉の意味、知っているか?」


「将来、結婚を約束した相手って意味よね? でも許嫁って本来の意味だと親が決めた相手と結婚するって意味じゃなかったかしら? 私の知っている許嫁の意味が正しければ、成立しているようには思えないのだけど」


 絶句した。


 三梨の言っている事は間違ってない。これは二人が交わした、二人だけの口約束。それもお互いが幼い事に結んだ、オママゴトみたいな約束だ。


 その約束を青山は忘れ、逆に赤城は覚えていた。青山に会えない数年の長い間、赤城はかつての約束を胸に秘めていた。ただのオママゴトでも、それは赤城にとって、かけがえのない約束だった。第一話で赤城が青山の顔を見た際に抱きしめたのは、ずっと青山に会いたかったからだ。好きな人に会えない気持ちを抱えながら過ごした日々は赤城にとって苦しかった事だろう。辛かった、寂しかった……赤城はため込んだ悲しさを出会った時に発散した。


 それが、二人の再会。


 なんというエモさ。序盤で、こんなに内容が濃密。流石、『恋日』だ。


 ……それなのに、どうして三梨には伝わってない?


 この事実に驚きを隠せなかったのか、隣に座っていた鵜乃乃も、えっマジか、とでも言いたそうな顔をしている。


 体にざわめきが走る。三梨は一体、何者なんだ……


 複雑な感情に支配されたまま、第二話がエンディングを迎える。


「私は行くわ。反省文、三枚以上しっかりと書くように。後、ゴールデンウィークまでに部員が規定人数に達しなかったら廃部になる事も忘れないで」


 三梨は部室から出ていく。来る前と何も変わらない声音に鳥肌が立った。


 残された僕と鵜乃乃(+死体の梓間)。


「鵜乃乃二等兵」


「なんでありますか、軍曹‼」


 鵜乃乃は敬礼する。あんな地獄の時間があった後なのに、彼女は変わらず元気だった。


「あいつは人間か?」


「いいえ、どう見ても人類ではありませんぜ‼」


「だよな……」


 えっ、伝わなかったの? そんな想いが今も心に残ったまま。


 誰かに価値観を押し付けるのは、良くない事だと分かっている。


 でも、あれが伝わらないのは、おかしくないか?


 本能で生きている鵜乃乃や、人類の敵である梓間ですら伝わった。恋愛経験皆無の僕ですら、赤城の切ない想いを共感できた。


 なのに、三梨には伝わらなかった。


 三梨に伝わらなかった事にショックを隠せない。自分の思想が伝わない事が、ここまで大きなダメージを受けるとは想像もしてなかった。布教って、難しいんだな。


「なあ、鵜乃乃」


「なんでありますか、部長‼」


「他に部員になってくれそうな人材はいたか?」


「答えはノー、暇そうなのは委員長だけでしたぜ‼」


 他の人は、即帰宅か、部活動に所属しているって事か。


「なあ、鵜乃乃」


「なんでありますか、部長‼」


「この部は、もしかしたら廃部になるのかもしれない」


「答えはイエス、なんかピンチなのは伝わってきますぜ‼」


 一応、鵜乃乃も状況は理解しているようだ。焦っているようには見えないが。

 このままだと冗談抜きで、恋愛アニメ研究部は廃部になってしまう。


 それだけは絶対に許されない。どんな手を使ってでも、廃部を阻止しなければ。


 しかし、どうすれば……?


 下校時間も近かったので、とりあえず解散する事にした。


 梓間は床で昇天しているけど、気にしないで帰ろう。電気を消して、鍵を閉めた。


     *


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