1ー1

「で、没収されたんですか」


「もう無理、生きてけない……」


 放課後、僕は部室にて絶望していた。


「そんなに落ち込まないで下さい、部長」


 耳朶を打つのは、後輩の梓間忍(あずましのぶ)の穏やかな声。


「だってぇぇ……」


「自慢話なら、いつでも聞きますから」


「ほんとぅ……?」


「はい。というよりも聞かないと部長、不機嫌になるじゃないですか」


 感動のあまり泣きそうになった。僕は、なんて優しい後輩を持ったのだろう。


 後輩の温かい言葉で元気が出た僕は顔を上げ、梓間の方を見る。


 梓間は怠そうな表情をしていた。言葉と顔が一致しないとはよく言ったものだ。


「そんな厄介な奴を相手にするような目で、僕を見るな」


「だって厄介じゃないですか。鵜乃乃先輩に聞きましたよ。朝から放課後まで、ずっと泣いていたらしいですね。僕だったら恥ずかしくて学校に行けなくなりますよ」


「恥ずかしい……? フッハッハ……!」


 梓間の愚かな言葉に思わず笑みが零れる。


「安心しろ! 僕の事を気にするような奴は、さほどいない! 何故なら、僕はクラスメートから誇り扱いされている人類だぞ!」


「それカッコつけて言う事じゃないですよね」


 梓間はかったるそうに大きなため息を吐く。


「そう疲れた顔をするなよ。せっかくのイケメン顔が台無しだぞ」


「あーあ、先輩と会話しなかったら、穏やかなイケメンでデートに行けたのに」


「穏やかなイケメンって、自分で言うなよ」


 梓間はポケットからくしを取り出し、茶髪のツーブロを整える。今日も変わらずのナルシストっぷりだ。ただ、本当にイケメンだから文句が言えない。


「あっ、そうだ。自慢してもいいですか?」


 梓間の声のトーンが高くなった。


「ダメだ」


「彼女ができました」


 ダメだと言ったのに。


「これで三人目です! やっぱり人生の教科書があると違いますね!」


「いつか刺されるぞ」


「安心してください。しっかりと許可を取っていますから」

 

 梓間は親指を立てながら、爽やかな笑みを浮かべる。

 

 三股の許可ってなんだよ。いつから日本は一夫多妻制になったんだよ。

 

 ちなみに梓間が口にした人生の教科書とは、恋愛アニメの事である。

 

 僕ら恋愛アニメ研究部は日々、恋愛アニメを研究している。ちなみに僕が部長だ。


「みんなが幸せなら、僕はいいと思います」


 楽しそうに梓間は惚気を語る。


 なーんでこんなナルシストには彼女(三人)ができて、僕にはできないのだろうか。恋愛アニメをたくさん視聴して得た知識があるのに。おかしな話だ。


「なあ、梓間。どうやったら彼女って作れるの?」


「急ですね。僕は恋愛アニメのキュンとする言葉を使ったらできましたよ」


「僕もキュンとする言葉を引用するが、嫌な顔しかされないぞ」


「それは顔と! 言い方の問題だと思いますよ!」


 圧倒的ドヤ顔を見せる梓間。こいつ、一発殴りてぇ!


 ドンッ——‼ 廊下の方から盛大な物音が聴こえてきた。


 すぐさま振り返る僕と梓間。僕らの視線は部室の入り口に立つ少女へと向く。


「おっつかれさまだぁぁぁぁあ‼」


 元気たっぷりの大きな挨拶。鵜乃乃雛菜(うののひなな)は腕を激しく振りながら、僕らの元へと近づいてくる。


「開ける時は静かに開けろって、いつも言っているだろ!」


「分かっているぜ‼ だから、いつもよりも静かに開けたぜ‼」


「いや、変わってないから。むしろ前回よりもうるさかったから」


「ニャハハハ‼」


 高笑いしながら、その場でターンする鵜乃乃。赤色のボブが華麗に揺れた。


「もう、そんな時期か」


 鵜乃乃の髪色と髪型は時期によって変化する。前回は青色のポニーテールだった。そのせいか、赤色の髪の中には何本か青色の髪の毛がいくつか目に入った。


「適当に染めすぎだろ。どこかのゲームのキャラクターみたいになってんぞ」


「感動‼ 私も遂にソシャゲデビュー‼」


 嬉しかったのか、鵜乃乃は喜びの舞を踊り始めた。


 理解不能な行動パターンを、梓間は気難しそうに眺めている。


「鵜乃乃先輩って、まともじゃないですよね」


「髪色を青や赤に染める奴に、まともな奴がいると思うなよ」


「凄い偏見ですね。後、一つ思いましたが、部長と鵜乃乃先輩って同じクラスですよね? どうして初めて見たような反応を?」


「初見の反応の方が、面白いかなって」


「今日一日中、泣いていたから気が付かなかった、ではなく?」


「君のような勘のいい後輩は嫌いだよ」


 梓間の疑いの目に、クールな笑みを送る。おかげで、梓間からの視線が更に痛くなった。


「それで、鵜乃乃。どうして遅刻してきた?」


「あっ、部長が露骨に話を逸らした」


 無視。


「告白されていたぜ‼」


「マジか。それで告白の結果は?」


「勿論、振ってやりました‼」


 鵜乃乃はクイズ番組の如く、机を叩きながら答える。


「よくやった我が同胞よ!」


「あたぼうよぉ‼」


「お前とはいい酒が飲めそうだ!」


 鵜乃乃と固い握手をかわす。そして、梓間の方にチラッと視線を送る。


「全く、梓間も見習ってほしいものだ」


「部長だって、さっきまで彼女が欲しいって言ってましたよね」


「しゃらぁぁぁっぷ! 裏切り者に発言権を与えたつもりはないぞ!」


「そうだ、そうだ‼ 私に関しては、いつでも彼氏作れるぞ‼ 部長と一緒にするな‼」


「鵜乃乃よ……お前は誰の味方なんだ……」


 鵜乃乃は思考回路が人と違う。情緒不安定で基本、何を言っているのか分からない。ただ活発で可愛げがあるので、男子からは人気がある。噂によると真っ白で綺麗な肌に、乱れた髪型と、幼さを醸している童顔が、ギャップ萌えを発揮しているらしい。髪型が変わる度に彼女の事をじっくり見るが、やっぱり僕には分からない。


「そんな目で見つめるなって‼ 興奮しちゃうぞ⁉」


 おっと失礼。いつもの癖で、鵜乃乃の事をじっくりと見つめてしまった。

 ただ鵜乃乃は満更でもなさそうだった。というよりも、ただただ元気だった。

 そして間もなく、謎のダンスを披露し始めた。海藻にでもなったのか、体をくねくねさせるように腰を振っている。ドゥルルーという掛け声は、なんだろうか。


 梓間と僕は、その光景を真顔で眺めていた。一体、何を見せられているのだろうかと。

 

 数分後、満足したのか鵜乃乃はダンスを止める。そしてキョトンとした顔で一言。


「部活始めないの⁉」


「お前にだけは言われたくない言葉だな」


「今日も鵜乃乃先輩は本能で生きているみたいですね」


 大人の笑みを浮かべる梓間。もうどっちが後輩なのか分からない。

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