4-2

 テスト期間に入ってから数日、三梨からの連絡は途絶えた。グルでラインを送っても既読が付くだけで、返信はない。学校で話しかけようとしても、避けられる。


 三梨は何か悩みを抱えている。それも僕には言えない大きな悩み。


 もしかして僕と付き合っているという噂を、すっごく気にしているとか?


 そうだよな。噂だとしても、嫌われ者の僕と恋人同士なんて、絶望にも程があるし。


 うわ、悩みって絶対にそれじゃん。僕の事を避けるのも、これなら納得がいく。


「もしかしたら、恋愛アニメ研究部は廃部になるかもしれない」


「それはマズいでやんす‼」


「その問題はもう解決したんじゃなかったんですか!」


「静粛に! ばれたら怒られるだろ!」


 机を叩いて、二人を黙らせる。


 僕らは今、電気のついてない部室で内密に会議を行っていた。規律として、テスト期間中は部室の出入りは禁止されている。ばれたら間違いなく生徒指導に怒られるだろう。


 そんな危険を冒しているのだから、しっかり用心する必要がある。


「部長が一番うるさいですよ」


 ため息を吐く梓間。


「それで何かまずい事でもあったんですか?」


「聞いて驚くなよ? 絶対だぞ」


「すごく溜めますね。安心して下さい、絶対に驚きませんから」


 さらに強いため息を吐く梓間。こいつため息吐きすぎだろ。


 話さずに悩んでいても仕方がないので、話そう。


「なんか最近、三梨と距離ができた気がする」


「フォォォォォ‼」


 鵜乃乃は轟く。それは驚いているのか、興奮しているのか。謎は深いまま。


 一方、梓間は内容に落胆したのか、怠そうな表情を浮かべている。


「気のせいですよ」


「そんな訳があるか! ライン送っても、返信来ないんだぞ!」


「束縛系彼氏ですか……きっとテスト期間だから勉強に集中しているですよ」


「そうかな……」


「そうですよ。皆さん、忘れていると思いますが、三梨先輩は優等生ですからね」


「「そうだった(!)‼」」


 忘れていたぜ、あいつ真面目だったわ。なんかゴールデンウィークで見せた三梨の姿に圧倒されて、勝手にイメージ崩壊させていたわ。


 でも、本当にそうだろうか。先日に見せたあの悲しげな眼差しは、テスト期間だからで済まされる話ではない気がする。誰にも話せない悩みがテストだとは到底、思えない。


 何も答えが出ないまま、時間だけが過ぎていく。


 そして結局、解散する事にした。梓間と鵜乃乃を見送って、部室の片づけをする。

カーテンを開いているのに部室が暗いのは、雨雲のせいだろう。雨音は閉め切っている窓を超えて、耳にまで聞こえてくる。激しい雨だ。


「部室の出入りは禁止されている筈だが」


 背後から声が聞こえた。


 振り返ると、貝塚先生が呆れた表情で立っていた。


「雨が止んだら、帰ります」


「雨は止まない。傘を貸してやるから、早く帰ってくれ。私が怒られるじゃないか」


「最後の一言がなかったら、大人しく帰ろうと思いました」


 命令に従いたくなかったので、そのまま空いている椅子に座った。


 貝塚先生もかったるそうに頭を掻いて、椅子へと腰掛ける。


「少し、話でもするか?」


「今、帰れって言いましたよね」


「もうめんどくさくなった。どうせばれないだろ」


「適当ですね。話す事なんかないと思いますが」


「由紀になくても、私にはある」


「テストの事なら安心して下さい。五十位以内に入れる確率は十パーセントあります」


「その話はどうでもいい……いや、良くはないな」


 どっちだよ。


「それよりも君に訊きたい事がある」


「なんですか? 下らない内容だったら、確率を五パーセントに下げますよ」


「教師を脅すな。しかも、やり方が陰湿すぎる。……そんな話がしたい訳ではない」


 貝塚先生は机に肘をついて、僕を見る。


「本題に入ろう。楓花とは上手くいっているのか?」


「付き合ってないって言いましたよね」


「カップルとしての話ではない。部活での彼女の話だ」


 自然と反応を示してしまう。


「察しの悪い君でも気が付いているだろう。彼女は変化しつつある」


 察しの悪いは心外だが勿論、気付いている。


 三梨は冷淡で不愛想な奴だったが、今では様々な表情を見せてくれるようになった。


 何よりも笑うようになった。彼女の笑顔は今でも脳に刻まれている。


 だからこそ答えを知りたくなった。


「どうして三梨は恋を知ろうとしているんですか?」


 以前から抱いていた疑問。不真面目の僕には、何度考えても答えが出てこなかった。


 三梨は恋を知る為に、恋愛アニメ研究部に入部した。その理由は一体?


「その答えを私が持っているとでも?」


「持っている筈です。だって、三梨を恋愛アニメ研究部に勧誘したのは、貝塚先生じゃないですか」


 貝塚先生は一瞬、硬直するが、すぐに大きな声で笑い始めた。


「そうか、そこまで読んでいたのか」


「そんなに笑う事ではないと思いますが」


「すまない。つい、おかしくてな」


 貝塚先生は一度、呼吸を整える。口元にはまだ少し笑みが残っていた。


「その理由をどうして楓花ではなく、私に問う?」


「今の状況では聞けないからです」


 現在、三梨とは距離がある。テスト期間が始まってから、ずっと三梨に避けられている。


 梓間はテストが原因だと言っていたが、絶対に違う。話かける事ですら、拒まれているのだから。もっと大きな理由が、彼女を曇らせているに違いない。


 でも、三梨は教えてくれない。難しい顔を浮かべながら、黙ったまま。


 それが、もどかしてたまらない。


 力になりたい。困っているのなら、助けたい。それだけなのに。


「楓花と接している内に、どうやら君は一年前の君に戻ってしまったようだな」


 貝塚先生は皮肉っぽく揶揄すると、大きな声で笑い始めた。


 やっぱり僕は、この先生が嫌いだ。答えを知っているのに、ずっと傍観するだけで答えを教えてくれない。しまいには、こうして苦しくて困っている姿を嘲笑ってくる。


「帰ります」


 リュックを持って席を立つ。引きずった椅子が雑音を引き立てる。


 最後に貝塚先生を一見して、部室から出ていった。




 悔しいけど、貝塚先生は何もかもを把握している。今回の件も見通しているに違いない。

 

だから教えてほしかった。そうすれば、三梨が苦しんでいても助けられると思ったから。


 雨は更に激しさを増す。うるさく鳴り響く雨音に、イライラが増していく。


 傘をささずに学校から走って出ていく。黒い髪から足元にまで寒さが走る。


 冷たい雨が全身を冷やしていくが、それでも止まらずに走った。


 こんなに頭を冷やしているのに、有耶無耶が晴れないままだ。


 僕は一体、どうし————。


 雨の音が消えた。


 目の前の光景に、頭が真っ白になっていく。


 足を止め、何度も何度も目を擦った。でも、景色は一向に変化を見せない。


 混乱しながらも、足を動かす。そして、倒れている彼女へと近づいた。


「三梨……」


「……っ。斎藤、君?」


 今にも消えそうな声で三梨が、僕の名前を呼ぶ。途端に全身が熱くなった。


 雨の道で、三梨が倒れていた。


「大丈夫か⁉」


 大きな声を上げながら、倒れている三梨の体を揺さぶる。


「……斎藤、君?」


 僅かに動く三梨の唇。雨の中、うっすらと目が開かれた。


 無事だったようだ、良かった。けれども、安心してはいられない。


 すぐに彼女を背負って、僕の家へと向かう。


 冷たい雨に打たれても寒さを感じない。全身が濡れても気分を害される事もない。


 だけど辛い。耳に入ってくる三梨の言葉が、何よりも辛かった。


「…………ごめんなさい」


 弱く淡く、彼女は謝罪の言葉を繰り返す。


 彼女が僕に謝る理由なんてどこにもないのに、彼女は言葉を止めない。


 本当は、僕が謝るべきなのに。

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