6-1
テスト当日。
結局、三梨の熱は下がらなかった。今でも怠そうに体をふらつかせている。
この状況の三梨を一人にするのは、流石にまずい。
そんな時、我が母が登場する。
「私が楓花ちゃんの世話をしよう」
母は任せろと言わんばかりに、たくましい目をしていた。
「でも、仕事は?」
「こんな事もあろうかと、有休を取ったから大丈夫」
僕の質問に、母は笑顔で答える。
「そこまでしてもらうのは……」
「気にしないで楓花ちゃん。昨日で皆勤一周年。部長に有休使ってくれって、頭を下げられたから、いい機会だよ」
部長に頭を下げられるって、どんな状況だよ。想像がつかなかった。
でも、母が傍にいてくれるのなら安心だ。
「手を出すのは厳禁だから」
「由紀くんは私の事をどう思っているのか、後で家族会議しないとだね」
フフフと微笑む母。体中に寒気が走る。
「後、テストでいい点を取らなかったら、来月のお小遣いは無しにするかも」
「やめてください、お願いします」
瞬時に土下座した。最近、誰かに頭を下げる機会が多いのは、気のせいだろうか。
「なら、頑張ってね」
「はい……」
テストの自信ですか? 今の返事を聞いてあると思いますか? このままでは貝塚先生との約束を果たせそうにないです。わがタペストリーよ、すまない……
絶望を抱えながら支度する。
準備が終わる頃には、いい時間。リュックを背負って、一階へ降りていく。
「斎藤、君」
靴を履いていると、後ろから弱弱しい声が聞こえてくる。
振り返ると、母に支えられた三梨の姿が目に入る。
「行ってらっしゃい」
ふらつきながらも彼女は、笑顔で言葉を並べる。
無茶すんなとか言ってやりたかったけど、そんな顔で言われたら何も言えない。
「全く」
風邪を引いて、歩くのもやっとなくせに。阿呆者だ。
外に足を踏み出すと同時に、
「ああ、行ってくるよ」
今日の天気は晴れ。空には大きな虹がかかっていた。
絶好のテスト日和だ。教室で受けるので、関係ないけど。
「軍曹、大変です‼」
テスト開始まで残り数分。教室にて最後のテスト対策をしていると、鵜乃乃が教科書の前に顔を出してきた。突然の大きすぎる声量と、鵜乃乃の顔に吃驚。もはやホラーだ。
こやつは、いつも元気だ。テスト前なのに笑顔とか、正気の沙汰じゃない。
ところで一つ、疑問に思うのだが。
「その体勢、きつない?」
俯いている僕の顔を強引に覗く鵜乃乃さん。角度的に、後で絶対に首が痛くなる奴だぞ。
「大丈夫です‼ 鍛えてますから‼」
「おおう、そうか」
どうやら彼女は下を向いている奴の顔を覗く行為を鍛えているらしいです。
「絶対に将来、役に立つと思いますぜ‼」
自信満々に何を言っているのか。日本の将来が心配になった。
「それで、どした?」
「それが聞いてください‼」
鵜乃乃は両手で耳を作って、ピョンピョンと跳ね始めた。
なるほど、すっごく大変らしい。
「委員長が学校に来てません‼ 何かあったのでは‼」
「三梨は風邪で休みだ」
「なん、だと……‼ ちょっと迎えに行ってくる‼」
「いや、待て。落ち着け」
飛び出す鵜乃乃を、後ろ襟を掴んで止める。
「今からテストだろ」
「一人暮らしの委員長を放置できない‼」
鵜乃乃の言葉に心が揺れる。
意味が分からない行動ばかりするのに、いざって時は誰よりも早く行動する。それが鵜乃乃雛菜だ。
「大丈夫だ。今、僕の母が三梨を看病している」
「なぬっ⁉ それを早く言いなさい‼」
鵜乃乃は足を止め、大きく深呼吸する。どうやら安心してくれたようだ。
「早く席に戻れ。テストが始まるぞ」
「分かった‼ 我は戻ろう‼」
鵜乃乃は右手を高く上げて、自分の席に戻っていった。
全く、鵜乃乃は変わらないな。ずっと笑顔で、ずっと楽しそう。
彼女が傍にいるだけで、すぐに元気になれる。
梓間もそうだ。人気者でイケメンなのに、嫌われ者の僕に付いてきてくれる。その上、遠慮しないで、ずばずばと物事を言ってくれる。正直者で生意気な可愛い後輩だ。
個性的で面白い奴に巡り合えた仲間恋愛アニメ研究部の事を、僕は大切に思っている。
三梨も同じ事を思ってくれた。恋愛アニメ研究部にいたいって、言ってくれた。
三梨の力になりたい。これから彼女が数々の想いを学んでいく上で、抑制になってしまう要因を消したい。深い悲しみを知った彼女に、これ以上の悲しみはいらない。
だから、絶対にどうにかしてみせる。
キンコーンカンコーン。思考を巡らせている脳に、テスト開始のチャイムが鳴り響く。
三梨との約束を守るために、今はテストに集中しよう。
テストが終わり、放課後。
真面目に受けたせいか、すっごく疲れた。今なら、一瞬で睡眠に入れそうだ。
手ごたえは勿論ない。テスト範囲、間違えたんじゃねと思ってしまうくらいに難しかった。
「詰んだな、これ」
今日の僕は、潔かった。
それよりも三梨の事だ。部室にて、三梨の件を二人に話した。
「なぬっ⁉ 委員長にそんな事情が⁉」
衝撃的だったのか、両手を頬に当てて叫ぶ鵜乃乃。ザッアメリカンな驚き方だった。
「気付けなかった。これじゃ、イケメン失格です」
隣の梓間は俯いていた。後方の発言はともかく、梓間にとっても胸に刺さる事だったのだろう。初めて見る梓間の悲しそうな表情に、思わず全身に力が入る。
「バーロー‼」
鵜乃乃に顎くいされる。彼女の勇ましい顔が映った。
「部長は、そんな辛気臭い顔を、委員長に見せられるのかぁぁぁ‼」
机を強く叩く鵜乃乃。大きな音が鳴り響く。
「痛い‼ 何するんだ‼ この野郎‼」
鵜乃乃が涙目になりながら、手に息を吹きかけている。
その下らない行動に、思わず笑ってしまった。やっぱり鵜乃乃は元気をくれるな。
「すまん。梓間のせいで、なんか悲観的になってたわ」
「なんで僕のせいになっているんですか。…………でも、そうですね」
梓間は俯いていた顔を上げて、
「この場所に、悲しみは似合いませんね」
笑って見せた。部室に爽やかな風が流れる。
「新入りのくせに、分かった事を言うなぁ‼」
「えぇぇぇぇえ! いい事を言ったつもりだったのに⁉」
「ラスボス戦前の仲間との、いい感じの会話みたいに言いやがって」
「部長、こいつ間違いなく最初に脱落しますぜ‼」
「そして僕は亡き者となった梓間を見て、梓間の事かーっ‼ って叫ぶんだろうな」
「金髪の戦士になっているじゃないですか。てか、勝手に殺さないでください!」
「よし、作戦会議を始める」
「なんで、このタイミングなんですか! もう滅茶苦茶です!」
「よーし‼ 次の髪色は金髪にしよう‼」
「来シーズンの鵜乃乃先輩の髪色が決まった⁉ 適当すぎません? まず今、決めます?」
「おい、まだネタバレすんなよ。ちょっと楽しみにしていたのによ!」
「うぅぅぅ、情報量がぁぁ……助けて三梨先輩ぃぃ!」
梓間がおかしくなってきたところで、茶番は終わりにしよう。
苦しそうに深呼吸を繰り返している梓間を無視して、作戦会議を始める。
「鵜乃乃、何か作戦はあるか?」
「殴り込みだぁぁぁ‼ 野郎共、行くぞ‼」
「却下ぁ! それは最も取ってはならぬ行動だぁ!」
全力で鵜乃乃を止める。
暴力、仕返し。そんな事をしても問題が繰り返されるだけで、何も解決しない。
今回の目的は、三梨を傷つける要因をなくす事。
確かに三梨を傷つけた奴らは許したくないが、報復したいわけじゃない。
「よし、ここはイケメンの僕が——」
「他に意見はあるかー?」
「まさかのスルー⁉ 酷いです……」
梓間が口にするイケメンって単語以上に、役に立たないものはない。
梓間は、イケメンの僕がみんなに呼びかければ消えます、と言おうとしていた。
綺麗事しか含まれてない作戦。
だが、作戦としては悪くない。
いや、もしかしたら、これが正解なのでは?
頭の中で一度、整理する。何度か作戦を調整して、一つの解へとたどり着く。
「ここは人気者の我に——」
「ここは恋愛マスターの僕に——」
見事に鵜乃乃と声が重なった。僕らは顔を見合わせる。
そして互いにニヤッと笑う。どうやら僕らは同じ事を考えていたようだ。
「鵜乃乃、梓間。今から放送室に行くぞ」
「えっ? どうしてですか?」
「馬鹿野郎‼ 言いたい事を吐き出しに行くに決まってんだろ‼」
僕と鵜乃乃が考えた作戦は、
「「恋愛アニメの鉄則‼ みんなに想いを伝えれば、何もかも解決する‼」」
鵜乃乃と共に手を真っすぐ伸ばして、親指を立てる。
「そんな鉄則は存在しないです。でも——」
梓間も同じく手を伸ばし、親指を立てた。
「僕ららしいやり方です! やる以外の選択肢はありません!」
僕らは円陣を組む。なんかエモい感じの円ができた。
「よし、放送室に行くぞ!」
「殴り込みだぁぁ‼」
という事で、僕らは放送室に殴り込み……失礼、想いを届けに向かう。
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