6-2

「鍵は?」


「職員室からパクってきました‼」


 鵜乃乃はポケットから放送室の鍵を取り出す。流石、最終兵器。


 彼女は絶対に悪いと思ってないのだろう。だって、こんなに楽しそうなんだもの。


「よし、侵入するぞ」


「あいあいさー‼」


「僕は怒られたくないので、ここで見張りをしています」


 梓間は、僕と鵜乃乃とは違って、真面目に学校生活を送っている。今回の作戦で、悪名が広がる事を恐れているようだ。


 だが、そんな事情に合わせる気などない。


 梓間を強引に放送室の中へと放り込んだ。連帯責任だ、一人だけ逃げられると思うな。


 入ると、よく分からない機材ばかり置かれていた。これって、どう使うん? 説明書も使い方も書かれていたいので、雰囲気で操作する。壊れたら、貝塚先生のせいにしよう。


 準備できた(気がする)ので電源っぽいボタンを押す。これで声が入る(気がする)。


 目を閉じて、一年の出来事を振り返る。どの記憶にも、笑っている自分の姿が映った。


 断言しよう、悲劇には終わりが来る。僕の知っている物語は、喜劇しかないのだから。


 ゆっくりと目を開いて、マイクへと顔を近づける。


「聞いているか‼ 野郎ども‼」


「いや、なんでお前が第一声を取るの?」


 鵜乃乃は僕の意思に反するように、マイクに声を吹きかける。


 これには動揺を隠せなかった。おかげで何を言おうとしていたのか忘れてしまいました。


「という事で、恋日のオープニング歌います‼」


 鵜乃乃はマイクの前で丁寧にお辞儀をし、ヘビメタの如く激しく歌い始めた。圧倒的声量だ。このままだと死人が出るので、音量調節っぽいボタンを適当に弄った。


 いや、そんな事をしている場合じゃない。物申したいから放送室に来たのに、このままだと何も言えずに教師に連行されてしまう。鵜乃乃をどうにかしないと。


「疲れたので、恋愛アニメ研究部の斎藤由紀にパス‼」


 満足した鵜乃乃は僕の背中を一度叩いて、後ろに下がる。めっさ僕の事、話すやん。


 急にパスされてもですね…………


 もうここまできたら、やけくそだ。マイクに顔を近づけて、大きく息を吸った。


「聞いているか、野郎ども!」


 マイクに言葉を入れたのはいいが、何を言えばいいのだろう。さっきの鵜乃乃の奇行のせいで、思考回路がパンクしてしまった。


「えー、三梨楓花との熱愛報道の件で、話したい事があります」

 とりあえず事情説明をしよう。スキャンダルを語る有名人をイメージして。


「早速ではありますが、僕と三梨楓花は付き合っておりません」


「部長‼ 大変です‼ 主電源入ってなかったです‼」


「おいこの野郎」


 鵜乃乃は舌を出して笑う。


 という事は、鵜乃乃の歌も僕の声も全部入ってなかったって事ですね。道理で誰も差し押さえに来ないわけか。アハハ、なんか乾いた笑いが零れました。


「とりあえず落ち着きましょう。何を言えばいいのか、まとめてから放送するべきです」


 梓間の言う通りだ、適当に言葉を並べてもダメだ。しっかりとまとめないと。


「委員長への素直な気持ちを伝えればいいと思うぜ‼」


「素直な気持ちか……」


 顎に手を当てて考える。


「三梨は泣きながら話してくれた。みんなの見ている景色が見たいと……」


 彼女からすれば屁理屈に聞こえる言い訳を、三梨は理解しようと頑張っている。


 相手の想いを共感するために、彼女は様々な感情を勉強している。


「一つ思った事がある。三梨って、本当はいろんな人と仲良くなりたいんじゃないかって」


 三梨は正しく生きている。悪い事を見逃さずに、すぐに正すために行動する。


 そんな彼女が変わろうとしている。彼女は、自分の否定した言い訳を、肯定しようとしている。戯言の中に、意味がある事を信じて。


「そうじゃなきゃ、あんなに懸命に知ろうとは思わない」


 恋愛アニメを一時停止してメモに疑問点をまとめ、遊園地では想いを知る為に様々なキャラを演じて。人によっては恥ずかしいと思う事を、彼女は否定せずに取り組んだ。


 そんな彼女の頑張りを僕は知っている。


 だったら、僕がここで言う事は一つだけだ。


「三梨の想いをみんなに知ってもらいたい」


 きっと知ってもらえたら、見方が変わる。三梨の事が嫌いな奴にだって響く筈だ。


 そうすれば、きっと三梨への嫌がらせもなくなって。


「三梨が安心して笑えるような場所が生まれる」


 それはすなわち、彼女は成長できる場所が生まれる訳でもある。


「僕は、彼女に幸せになってほしい」


 これが素直な気持ちだ。三梨が安心して笑える場所を、僕は作りたい。


「梓間、主電源を入れてくれ」


 やっと何を伝えたいのか分かった。三梨の魅力と努力を伝えれば良かったんだ。


「あれ? 主電源、これ入っていませんか?」


 一息。呼吸をして、もう一度何を言うのか整理して——ちょっと待て。


「今なんと?」


「いや、多分、主電源、入っています……」


 硬直。


「あっ、これが主電源か‼」


 もしかして最初から主電源入っていた? それってつまり、全部漏れていたって事?


「ヤバくね?」


「ヤバい‼」


 鵜乃乃は親指を立てて、いい笑顔を浮かべる。こいつ、絶対にヤバいと思ってないわ。


 バタッ‼


 動揺している中、扉が開く音が後ろから聞こえてきた。


「さっきの、放送は、何かしら?」


 振り返ると、そこには息切れしている三梨が。


「どして、ここに? 家で寝ていたんじゃ?」


「そんな事は、今はどうでもいいの。今の、放送は、何かしら……?」


 三梨は息を荒げながら、額の汗を拭う。


「ずっと、音割れ、していたわ。もう、我慢するの、大変だったのよ」


「えっ、マジ?」


 途中でマイクの音量を調節した筈だけど。これも使い方、間違っていた感じですね。


 でも、どうして誰も注意しに来ないのだろう。もしかして放送がうるさすぎて、動けなくなったとか? まあ、鵜乃乃の歌は強烈だったからな、可能性としてはありえる。


「貴方達は本当に何を考えているのかしら……?」


 調子を取り戻した三梨は呆れたようにため息を吐く。


 そりゃあ呆れもしますわな。話していた事が全部、放送されていたのだから。


「でも、ありがと……」


 突然と三梨は嬉しそうに笑う。


 そして僕を強く抱きしめた。


 急だったからか、心が揺れた。


 これは安心? 喜悦? それとも別の感情?


 考えてみるが、答えは出なかった。


 暫く抱きしめると、三梨は僕から離れて、マイクの前へと歩いていく。


「私は、知りたい。誰かの為に行動できる理由を知りたい」


 演説でもするように、彼女はマイクに言葉を吹き込む。今までの無情な声は、柔軟な弱弱しい声へと変わっていた。三梨は涙を目に溜めながら、笑顔で言葉を並べていく。


 夢を語る姿を見て、ふと思う。もう彼女は以前の彼女とは違う。


「こんなのは都合のいい話だと思います…‥でも待っていてほしい、です」


 声はだんだんと掠れていく。自分がどんな目で見られているのか分かっているからこそ、不安を覚えてしまっている。自分が何者か知ったからこそ、言葉に自身が持てなくて。


 だからこそ後ろから背中を優しく叩いて、三梨の隣に立った。


 大丈夫、もう一人じゃないだろ。怖がる彼女に小さな声で告げた。


 いつまでも笑っていられる話なんてない。


 でも今は笑ってほしい。これが三梨にとって始まりとなるのだから。


「斎藤君……ありがと……」


 気持ちを取り戻した三梨は、笑う。そして再びマイクへと息を吹き——


「お前達‼ うちの委員長に何かしたら、家燃やすからな‼」


 三梨ではなく、鵜乃乃が突然大きな声で叫ぶ。廊下のスピーカーから鵜乃乃の声が放送室まで聞こえてきた。

 あまりの大きさに僕と三梨と梓間は耳を塞がずにはいられなかった。





 鵜乃乃が叫んだ後、すぐに激昂した教師が数人と現れて、僕たちは連行された。


 そして今までにないくらいに怒られた。あんなに好き勝手したんだ、そりゃ怒られますわ。三梨が教師にお叱りを受けている姿は新鮮だったため、ずっと彼女の様子を目で追っていた。おかげでよそ見するなって怒鳴られました。今までにないくらいに怖かったです。


「気にするな‼」


「貴方は気にした方がいいわ」


「何も言っていない僕まで怒られるなんて……」


 呆れる三梨と不服そうな梓間とは違い、呑気な鵜乃乃。あんなに怒られたのに。流石、鵜乃乃さん、ぱないっす。


 廊下の窓から見える夕暮れ。こんなに透き通った茜色を見たのは、久しぶりだ。


「久々にここに訪れた気がするわ」


 三梨は微笑みながら告げる。


 真っ白な机に複数置かれたパイプ椅子。そして、アニメを見るために用意されたテレビ。


 それだけの部屋なのに物足りないと感じないのは、恋愛アニメ研究部の部員がいるから。


 なんて、らしくない事を想いながら三梨と同じように部室を眺めた。





 三梨を背中に乗せながら、帰路を辿っていく。


「重い」


 つい弱音を溢してしまう。自分で言っておいて、情けないですね。


 恋愛アニメの主人公はヒロインを背負う時、重いとか思わないのでしょうか。


 僕の吐いた弱音が聞こえたのか、三梨は背中から降りようとする。


 が、降ろさない。逃がさないように、体をがっちり掴む。犯罪者感、ぱないっすね。


「自分で歩けるわ」


「歩く度にふらつく奴を、誰が信用するのだか……」


 体が弱っている三梨は本来、僕の家で寝ている筈だった。


 だけど学校に登校してきた。急いで来た上に自分の想いを語った。


 無理しすぎ。


「……ありがと」


 彼女は、お礼を呟く。本来なら聞こない声量だけど、耳元だったからよく聞こえた。


「どういたしまして」


 ちょっとらしくないなと思いながら、笑顔で答えた。


「ねえ、私、恋愛アニメ研究部に残ってもいいかしら?」


「愚問だな。僕が無理と答えたら、どうする?」


「……それでも残る。部長でも顧問でも、誰かを強制退部させる権限は持っていないもの」


「だったら、なぜ聞いたし?」


「……どうしてかしら。私も分からないわ」


 困惑する三梨。いくつも慣れない感情が生まれたせいで、頭が回ってないのだろうか。感情を覚えて間もないロボットみたいで、なんか可愛いな。


「ああ、残ってほしい」


「…………斎藤君」


「僕と鵜乃乃がボケ。梓間と三梨がツッコミと、見事にバランス取れているし」


「何よ、それ」


 三梨は笑う。


「斎藤君。テストはどうだったかしら?」


「えっ、それ訊きます普通?」


 色々な事がありすぎて、テストの事を忘れていたというのに。


「もし悪かったら、紗栄子さんにお小遣い減らされるわよ」


「ああああああ! 嫌な事を思い出させるんじゃあない!」


「鵜乃乃さんは自信あると言っていたわ」


「鵜乃乃の言葉を信用する奴、初めて見たわ」


「貴方、なんやかんだ鵜乃乃さんの事は信用していると、言っていたじゃない」


 言葉って難しいな。こんなにもニュアンスが変わってくるのだから。


「斎藤君は、どうやって居場所を見つけたのかしら?」


「急な質問だな」


「ごめんなさい。率直すぎたかもしれないわ」


 三梨は申し訳なさそうに俯く。


 彼女の過去を聞いたのに自分の過去を口にしないのは変な気がするので、話そう。


「三梨と同じようなもんだ。鵜乃乃に恋愛アニメ研究部に連行された」


「響きだけだと、勘違いされそうね」


 意図的に言葉を選んだわけじゃない。マジで鵜乃乃に連行されたんだ。「私と一緒に行くか、行くか、どっちか選べって‼」って言われ、答えを考えていると強引に手を掴まれて…………今、考えたら鵜乃乃ってヤバい奴じゃね? 初対面なのに彼女の奇行に疑問を持たなかった僕に物申したい。


 狂っているけど、場を和ませてくれて。


 本能で生きているけど、いつも笑顔を届けてくれて。


 何を考えているのか理解できないけど、すっごくノリが良くて。


「僕は、鵜乃乃の事を誰よりも尊敬しているんだ」


「そう、いい事だと思うわ」


 いい事か。そうかもしれない。


 悲しい人生を楽しい人生に変えてくれた。絶望を希望に変えてくれた。


 これを一冊の本だとすれば、間違いなく喜劇だ。笑顔で語れる話だから。


「そして、憧れでもあるんだ」


 幸せを周りに分け与えてくれる彼女のようになりたいと、強く願っている。


 他愛のない会話を繰り返していると、やがて僕の家と三梨のマンションが見えてくる。


 背中にて三梨の寝息が聞こえてくる。よっぽど疲れが溜まっていたのだろう、三梨は気持ち良さそうに眠っていた。


 もう少し話していたかったけど、起こすのも悪いので、そのまま僕の家へと連れて行く。


 別にエッチな事をしてやろうとか考えていないぞ? 前提として、家に母がいますので。


 三梨のマンションと僕の家を交互に見る。こんなに近くに居たのに、どうして今まで気付かなかったのだろう。


 もっと早く気付いていたら、この時間をもっとたくさん味わえていたかもしれないのに。

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