6-3
*
事件解決から数日後、部室にて静寂が流れていく。
「思った事を言ってもいいか?」
「何ですか?」
手札のカードに目を配りながら、脱力しきった声を上げる梓間。こいつ部長の前だというのに、なんて気だるげな顔をしているんだ。まあ、僕も人の事を言えないけど。
だって、そうだろ。
「何が悲しくて、二人でババ抜きをしないといけない?」
「それ僕の台詞です。提案者、部長ですよね」
ああ、そうだったわ。言い出しっぺ、僕でしたね。
放課後になって集まったのは、僕と梓間だけ。
鵜乃乃と三梨はテストの補修。
テスト当日休んでいた三梨に関しては理解できる。
ただし、鵜乃乃。お前だけは本当に理解できない。テストを受けたお前が、なんで補修を受けている? 本当に理解に出来ない(二回目)
おかげで恋愛アニメ研究部は二人ぼっち。リア充と見る恋愛アニメ程悲しくなるものはないので、暇つぶしとしてトランプをしていた。ああ、早く補修終わらないかな。
「おお、やっているな」
ガラガラと扉が開く音と同時に、ろくでなしの声が耳に入ってきた。
「貝塚先生、お疲れ様です」
梓間は立ち上がって礼儀正しくお辞儀をする。
「真面目だな。どこかの反抗期とは大違いだ」
「自己紹介はいいです、先生。梓間は貴方がどんな人なのかは知っていると思いますから」
「相変わらず生意気な奴だ」
楽しげに貝塚先生は笑う。悪口を言ったつもりなのに喜ぶなんて、まさかマゾなのか。
「で、何しに来たんです? 用がないのなら、はよう帰ってください」
「酷い言われようだ。そんな長居するつもりはない。渡す物を渡したら、すぐに消えるさ」
「渡す物?」
何だろう、まさか缶ビールか?
考えていると、貝塚先生は廊下からある物を持ってくる。
それが何なのか、瞬時に分かった。同時に、だんだんと感情が昂っていく。
「それはぁぁぁぁ‼」
没収されてから早一か月。どれだけ手を伸ばしても、届かなくてずっと嘆いていた。
ある場所へ行けばどこかへ消え、ある場所へ行けばまたどこかに消える。
だけど諦めなかった。ずっと手を伸ばし続けて、掴める事をずっと信じていた。
その結果、こうしてまた出会えた‼ 久しぶりだな‼
「タペストリー‼ 会いたかったぜぇぇぇぇ‼」
そう、恋日のタペストリーである。ついに返ってきたのだ。
発狂せずにはいられない。涙を流しながら、強く抱きしめた。
「部長、五十位以内に入りましたっけ?」
梓間の言葉にギクリと肩が上がる。
言及していなかったが、僕は五十以内に入れなかった。テストが返ってきた時に絶叫したのはいい思い出だ。みんなの視線が非常に痛かったです。
「黙れ、小僧!」
余計な事を口にする梓間を叱る。これでまた没収されたら、今度こそ力尽きてしまうぞ。
「用はこれだけだ。またな」
「ちょっといいですか?」
部室から去ろうとする貝塚先生を呼び止める。
「どうして返してくれたんですか?」
「いい結果を残してくれたからだ」
貝塚先生は振り返って答える。
この人の事だ。いい結果とは、三梨の事を指しているのだろう。
どうして三梨の事を教えてくれなかったのか、今なら少し分かる。
貝塚先生は決して答えを教えてくれない。代わりに、アドバイスをくれる。答えを出すのは自分、それが貝塚先生のポリシー。本当に余計なお世話をする教師だ。
「まあ、何もかもがいい結果とは言えないがな」
貝塚先生はかったるそうに部室の壁へと背中を預ける。
「職員室では三梨の評価は駄々下がりだ。せっかくの優等生だったのになって事をしてくれたんだ、と悲痛の声を上げてお前達を恨む教師ばかりだったぞ」
全てが上手くいくなんて綺麗な話は存在しない。僕らからすればいい結果と言えても、学校側からすれば最悪な結果だと言える。
厳格で妥協を許さない三梨は生徒の風紀を整えていた。教師からすれば助かる話だ。
その三梨が優しさや慈悲を覚えた。以前のような厳しい風紀は薄くなってしまう。
「大概の教師は真面目な生徒の方が好きだ。自分の仕事が減るからな。生徒がどんな風に成長していくのか、興味を持つ教師なんて数える程しか存在しない」
これが常識と言わんばかりに、貝塚先生は語る。
確かにそうかもしれない。分かったような事を言うのもなんだが、毎年何百人の生徒を相手するのは大変だ。誰かを優遇すれば差別と訴えられる事もある。
「でも、貝塚先生は良かったと思っていますよね」
「言っただろ、いい結果だと」
貝塚先生は僕の顔を見るなり、口角を少し上げる。
「可愛げがある方がいい。私はつまらないロボットを相手にしたいわけじゃないからな。葛藤したり、後悔したり、失敗したり……それを観察するのが私の楽しみなのさ」
「悪趣味ですね。それって、ただの傍観者じゃないですか」
「教師がなんでもかんでも関与するわけにはいかないだろ」
「みんな私のようになれば面白くねって、口にするような人には言われたくありませんが」
「たまには戯言を吐く。そのくらいが私にはちょうど良くてな」
貝塚先生は豪快に笑う。
担任でもあり顧問でもあるせいか、入学してから毎日のように傍にいてくれる。青春を実感している時は見守ってくれて、困った時には助言をしてくれて。
僕の中だけの話だが、貝塚先生は今まで出会った誰よりも教師をしていた。
ずっと傍にいるせいで、悪い部分もたくさん見つけてしまったけど。
「最後に一つ訊いてもいいですか?」
「構わない。答えるかは別だが」
「三梨が知ろうとしていたのは、恋、じゃなくて、愛、ですよね」
黙っていた梓間の表情が一変する。
ここは恋愛アニメ研究部、恋を研究するのが活動内容だ。
だから僕らは、三梨が恋を知りたいのだと思っていた。
だけど本当は違う。三梨の過去と本当の気持ちを聞いて、何もかも解けた。
普通の人は気付かない事だが以前、三梨と同じ境遇に置かれていた僕だから気付けた。
この部は、恋、だけじゃなくて、愛、も知れる。
仲間の大切さ、楽しい日常、そして青春を感じる。それが、この部の最高の魅力。
貝塚先生は過去の僕と同じように、三梨に愛を教える為に勧誘した。
「テストの日、学校に来るように三梨に連絡したのも貝塚先生ですよね」
休んだ筈の放課後に三梨が姿を現した。体が動くようになったとはいえ、無理して学校に来るような奴じゃない。きっと貝塚先生が扇動したのではないかと考える。
「訊きたい事は一つだけじゃなかったのか?」
「では、後者の質問に答えてください」
前者の質問の答えは、もう出ている。
知りたいのは、後者だ。間違ってないとは思うが、確信をついておきたかった。
「答えは想像にお任せするよ」
答える気はないらしい。貝塚先生は笑みを浮かべ、そのまま部室から去った。
「不思議な方ですね」
「敬うだけ無駄だぞ」
梓間は入学して一か月だから、まだあの教師の考えを理解してないだろう。
「どんな人間か分かったら、敬った事を後悔するぞ」
「よく思ってない感じですか。黙って見ていた感じ相性良さそうに見えましたが」
「まーさーかー」
鼻で笑う。
「にしても、衝撃でした。まさか三梨先輩が知りたかったのが、愛、だったなんて」
「誰かの事を好きになってない奴が、恋を知りたいなんて普通思わないだろ」
「それ部長が言ったら、この部の存在意義が……」
おっと失礼、失言だった。
それにしても、補修組遅いな。このままだと梓間と無限ババ抜き編始まっちゃうぞ。
「部長って優しいですよね」
「何だ、急に? 褒めてもババがどれか教えてやらんぞ」
「そういうつもりで言ったわけじゃないです」
梓間は首を横に振る。
「放送の時、震える三梨先輩に寄り添っていたじゃないですか」
「放っておけなかったからな」
「少しカッコよかったですよ。消極的な僕にはできない事ですから」
素直な尊敬。あまり誰かに賞賛された経験がないため、反応に困ってしまう。
「なのに、どうして部長に彼女ができないのか、僕は不思議です」
「お前、それ言いたかっただけだろ」
嫌みの多い後輩だ。今日は気分がいいので、可愛げがある、で許してやろう。
「それで部長に訊きたいのですが、今なら三股しても三梨先輩怒らないと思います?」
興味津々に目を光らせる梓間。こいつ、懲りてないな。
「無理だろ」
「……ですよね」
その場で悲しそうに崩れていった。
言いたい事は分かるが、おそらく許してもらえないだろう。
柔らかくなったとはいえ、持ち物検査が緩くなったわけじゃない。三梨は今でもしっかりと風紀委員長の仕事を全うしている。真面目で優等生な部分は、何も変わってない。
ただ以前よりは感情を露わにするようになった。僕ら以外の生徒の前でも、笑顔を見せたり楽しそうに話をしたりするようになった。何なら僕よりもコミュニケーションを取っている。今では僕よりも友達多い説まで浮上しているわけだしな。
おかげで委員長の仕事も手伝ってもらえるようになった。僕らも手を貸せば、三梨が部活に来る頻度も上がるかもしれない。虐めもない今なら安心して、学んでいけそうだ。
ババ抜きを続けて数時間後、やっと鵜乃乃と三梨が部室へ顔を出した。
「勉強したくねぇぇぇぇぇ‼」
鵜乃乃が珍しく絶望していた。相当嫌だったのか、笑顔が絶えている。
「貴方、ずっと寝ていたじゃない」
一方、三梨はいつも通り。流石、優等生。補修を苦に感じてないようだ。
来るの遅すぎな件。もう下校時間な件。夕日が既に沈んでいる件。
おかげさまで、ずっと梓間と真顔でババ抜きしていたわ。途中から梓間の惚気話を聞かされた僕の気持ちを是非とも知ってもらいたいものだ。三股しようとしている事は後で三梨に密告しておこう。梓間の苦しそうな顔を見るのが、楽しみだ。
「来て早々こんな事を言うのもなんだけど、帰る時間よ」
「そうだな。今日はここまでにしよう」
また明日。と言っても、三梨と鵜乃乃は今週ずっと補習ですけど。
それが終わったら、またいつもの恋を探求する日々が戻ってくる。
その日々を待ち遠しく思っている自分が、案外嫌いじゃない。恋愛アニメ研究部は、日が進むにつれて更に楽しさが増していく。だから、笑っていられる。
これが僕の大切で最高の居場所である。
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