2-1

 廃部の危機に瀕していた恋愛アニメ研究部だったが、三梨の入部により、どうにか乗り越えた。まさか三梨が部員になるとは。アニメで例えるなら、敵キャラが味方キャラになる展開だ。現実でそんな熱い展開が巻き起こるなんて。


 だが、三梨は風紀委員長の仕事で忙しく、あまり部室には顔を出せないとの事。


 部員が四人いる事にかわりはないので廃部の問題は解決したと言っていいだろう。

 

代わりに三梨に恋愛を教えなければならないという別の問題が発生した。


先日は気分が良かったから苦に感じなかったが今、考えるとクソ面倒くさいな。


 けど約束なので守ろうと思っている。約束を破って、退部されてもまずいし。


「部長って、恋、知らないですよね⁉ どーやって教えるんですか⁉」


 立ち上がって僕の周りを回り始める鵜乃乃。大きな声と足音が部室中に響き渡る。


「何を言っている。ここは恋愛アニメ研究部だぞ。恋を知らない者なんているのか?」


「私、知らないぞぉぉぉぉ‼」


 鵜乃乃は机にすがりながら、首を大きく振る。恋愛アニメ研究部なのに恋を知らないだと。まあ、鵜乃乃は本能で生きているし、仕方ないか。


「鵜乃乃には、まだ早かったな」


「エヘヘヘ‼ 褒められても何も出ないぜ‼」


「別に褒めてないが」


 僕の言葉なんて聞こえてないのか、照れくさそうに鼻を擦る鵜乃乃。


「いつか、鵜乃乃も恋を知れる日が来るといいな」


「そのような物言い……まさか部長は恋を知ってるのか⁉」


「勿論だ。これでも恋愛アニメ研究部の部長だからな」


 衝撃的だったのか、鵜乃乃は大きくのけ反った。


 恋愛経験はないが、僕には恋愛アニメで培った知識がある。もう何も怖くない。


「流石、部長です‼ エッヘン‼」


 鵜乃乃は横腹に手を当てては、誇らしげに胸を張っている。


「どうして鵜乃乃が偉そうなんだ?」


「安心してくだせい‼ 私に張る胸はないですぜ‼」


「いや、聞いてないからな。だが……確かに小さいな」


「女性の胸をマジマジと見るなんて、斎藤君の倫理観は狂っているのかしら?」


 鵜乃乃の胸を観察している僕の背中に、冷たい声がぶつけられた。

 

 振り返ると、三梨は蔑んだ目で僕を見ていた。


「初めての部活だぞ。もっと楽しそうな表情を浮かべなさい」


「初めての部活でセクハラ現場を見せられているのに、楽しめる方が変よ」


「安心してくだせい‼ 私に張る胸はないですぜ‼」


 三梨へと近づいて、再び胸を張る鵜乃乃。彼女に羞恥心は存在しないのだ。


「……この部には、まともな人はいないのかしら?」


「「はーい!(‼)」」


「えっ、貴方達は自分の事をまともだと思っているの……?」


 三梨は驚愕する。吃驚しすぎて、後ろの壁に強く衝突した。


「うっ!」


 頭を押さえながら、小さく悲鳴を上げる三梨。そんな彼女に一つ思う。

えっ、そんな驚くか? 鵜乃乃はともかく、僕はまともだろ。


「三股していたけど、一番まともなのは梓間君ね。今日は不在かしら?」


「デートだろ。今日は金曜日だから……清水とデートか」


「清水とは別れたと言ってました‼ 今、付き合っているのは相川、一人らしいですぜ‼」


 鵜乃乃の言葉に驚愕する。吃驚しすぎて、後ろの壁に強く衝突した。


「うっ!」


 痛みのあまり頭を押さえる。


 そんなに驚くかって思うだろ? よく聞いてくれ。梓間が三梨の一言で反省して、今は一人の女性としか付き合ってないんだぞ。どう考えても、おかしいだろ。


「なんだがよく分からないけど、しっかりと反省しているようね。安心したわ」


 ホッと胸を撫でる三梨。部活をサボっている事に関しては何も思わないようだ。


 ちなみに清水も相川も金輪際出てこないので、気にしなくてもいいぞ。


「斎藤君。早速だけど、前回の続きをしてくれないかしら?」


 そう言って三梨は鞄の中からメモ帳を取り出す。二冊目に突入したのか前日、使用していたメモ帳とは柄が違った。分からなかった部分がたくさんあった事が伺える。


 三梨には家で『恋日』の視聴を家で済ましてもらった。


 なので、最初に訊いておこう。


「面白かったか?」


 僕が最も気になった事。今ならもしかしたらいい感想が聞けるかもしれない。


「分からないポイントが、あまりにも多くあったから何とも言えないのが正直な感想ね」


 返ってきたのは、曖昧な感想。いつも通り三梨は首を傾げるばかり。


 まあ、そうだよな。三梨からすれば理解し難い事ばかり描かれていたわけだし。


 ただ、ちょっと期待していた分、残念に感じてしまう。


「だけど、最後まで退屈はしなかったわ」


「……っ」


 彼女の言葉に、胸が揺れた。


 変わらないトーンに変わらない表情。本当、何を考えているのか分からない。


 それでも、嬉しかった。彼女が肯定的な言葉をくれた事が何よりも嬉しかった。


「まさか委員長の口から、そのような言葉が出るなんて‼ 妾は嬉しいぞい‼」


「これは、もう僕ら……親友だな!」


 感動のあまり、僕と鵜乃乃はハイタッチしながら部室中を走り回る。


「あの早く教えてほしいのだけど


 三梨の冷たい声と眼差しで我に返る。


「すまん、すまん。嬉しすぎて、テンションアゲアゲになっていたわ」


「おかしな人ね。それだけで喜べるわけがないじゃない」


 三梨は呆れながら、椅子に腰かける。


 もっと喜びを表現したかったが、このままだと何もせずに下校時間を迎える。あまり顔を出せない三梨が顔を出してくれたんだ、これで終わってしまうのは勿体ない。


 一度、深呼吸をしたのち僕も椅子に座った。


 そして、三梨の持ってきたメモ帳を手に取って、目を通す。一体、何が書かれているのかな。鵜乃乃と共に、三梨の字に注目する。


「主人公の足の速さについて…………んっ、なにこれ?」


「実際の距離を測って時速計算したのだけど、ギネス世界記録を超えていたわ」


「…………」


 つい黙ってしまう。もはや恋とか関係ないのだが、これ。


 完全に空回りしている。彼女はフィクションという言葉を知らないのだろうか。


「三梨、安心してくれ。そこは気にしなくてもいい」


「理由は分からないけど、分かったわ。速度は、気にしなくてもいいのね」


 どうして測ろうと思った? 確かに聖地だけどさ。


 鵜乃乃も驚かずにはいられなかったのか、ムンクの描いた叫びの如く両手で顔を押さえていた。


 なんかメモを読み進めるのが、怖くなってきたわ。


 まあ、気にしないで次に行こう。気分を一転させて、次のポイントを読む。


「二人の遭遇率。この広い街で二人が何度も出会うのは、天文学的確率……」


 絶句。


「どこに行っても二人が出会うのは、どうしてかしら?」


「……えっとな、二人はお互いの事を熟知しているから、どこにいるのか見当がつくんだ」


「……? 今、斎藤君はストーカーとか、そこら辺の話をしているの?」


 違う、そうじゃない。違わない気もするけど、そうじゃない。


 それからも、次々に上がってくる謎問題に頭を痛めた。ラッキースケベ、強く吹く風、ヒロインの突然のビンタ、ロリ婆など、色々。一つ一つ解説を入れるが、三梨の困惑度合が増していく一方。途中から、自分自身が間違っているのかと錯覚に陥りそうになった。


 はっきりと言えるのは、まだ三梨は初歩の部分を理解してない。


 だけど、彼女は真面目に考えている。ぎっしりとまとめられたメモを見れば一目瞭然。ネットにいる、とりあえず叩けって奴とは違って、多分どれも純粋な質問だろう。


 だからこそ怒りも悲しみもなく、僕は飽きずに相手になっているのかもしれない。


「少し休憩してもいいかしら……?」


 三梨は苦しそうに頭を押さえている。難解な情報ばかりで頭がショートしたのだろう。


「そうだな。一度、休憩しよう」


 三梨以上ではないが、僕も疲れが溜まっている。誰かに何かを教えるのって、地味に体力使うんだなぁ。体から力を抜いてリラックスする。


 腕立て伏せをしている鵜乃乃が目に入った。こいつは、なぜ筋トレを?


 気になりすぎて、質問した。


「筋肉が泣いているからさ‼」


 鵜乃乃は腕立て伏せを続けた。訊いて損したとは、この事だ。


 やはり鵜乃乃はまともじゃない。何を考えて行動しているのか、マジで分からん。是非とも、ドラえもんから彼女の心が読める道具を借りたい。


「貴方もまともじゃないわ」


「しれっと人の心を読むな」


「部長‼ ドラえもんはフィクションだぜ‼」


「だから、人の心を読むな。あと、お前にだけはマジレスされたくない」


「筋肉は泣かないぞ‼」


「それはお前が言った言葉だろ」


「って事で、今期のアニメでも見るか‼」


 鵜乃乃は筋トレを辞め、空いている椅子に座った。そしてリモコンを巧みに操作し、録画した今期の恋愛アニメを再生する。なんという滑らかな方向転換。流石、鵜乃乃だ。


 この風景を見てもらえば分かると思うが、恋愛アニメ研究部は自由である。部費で買ったテレビで番組を録画しようが部費でブルーレイを買おうが、誰も文句を言わない。


 こんな融通の利かない風紀委員長がいるんだ。多少、甘くても罰は当たらない。


 まあ、その自由すぎる有様を見ている三梨は引いていますけど。


「息抜きに、そなたらも見ないか⁉ 結構、叩かれているが、これも恋愛アニメだぞ‼」


 一言余計なのはさておき、鵜乃乃の言う通り、『恋日』だけにとどまるのではなく、他の恋愛アニメにインスピレーションを受けてみるのもありかもしれない。


「そうね、データはあるに越した事はないわ」


 同じ事を考えていたのか三梨は一つ返事をして、画面の方へと体を動かす。


 続くように僕も、二人の近くに椅子を持って行った。


「よし! 準備は整ったな‼ では再生するぞ‼」


 鵜乃乃が再生ボタンを押す。すぐにアニメがスタートした。


 当たり前のように流れる日常シーン。第一話なので、描かれているのは出会いだろう。主人公っぽい女性キャラクターがパンを口に咥えて、学校に走っていく。テンプレだな。そして、主人公は曲がり角で誰かとぶつかる。勿論、ぶつかるのはイケメン。痛たたた……小さく声を漏らす主人公に、大丈夫ですかと手を伸ばすイケメン。この瞬間、主人公はイケメンの男性の事を好きに——ピッ‼


 途端に画面が止まる。原因は三梨が一時停止ボタンを押したからだ。


 一体、どうしたのだろうか。三梨に理由を問うと、


「パンを咥えたまま走ったら、危ないわ」


「「…………おっふ」」


 唖然。あの鵜乃乃ですら、少し引いていた。


 常識的に考えたら、確かに危ない。歩きスマホくらいに危険な行為だろう。三梨の言っている事は決して間違ってないのだが、ね。


「後もう一つ思ったのだけど、パンに乗っていたジャムが、あの男性の服に飛ばないのは、どうしてかしら? あのスピードだと強い慣性が働くと思うのだけど」


「「…………おっふ」」


 次に来たのは、物理の話だった。


「前から思っていたけど、三梨って国語苦手だろ?」


「よく分かったわね。どうしてか国語だけは、いくら勉強しても点数を取れないの」


 だろうな。


 彼女に吊り橋効果の話を解説しようものなら、夜が明けるだろう。


 その後も一時停止を繰り返しては、三梨のマジレス的な何かを聞かされ続けた。その度に、僕と鵜乃乃は氷河期を迎えたサラリーマンみたいな顔になった。


 僕、この人に恋を教えないといけないのですが。あー、無理ゲーな気がする。


 せめて感覚だけ掴んでくれたら、楽なんだけどな。


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