3-1
五月に入った。その響きだけで、冬の寒さが消えたような気分になれる。
今日は恋愛アニメ研究部のメンバーで、遊園地に行く日でございます。
まあ、もう遊園地の前にいますけどね。
「ここが魔界かっ‼」
「いいえ、違います。遊園地です」
「なんと⁉ でも、看板のオーラが完全に魔界だぞ‼」
「それは看板が古びているだけです。なんだかんだ、桜木坂遊園地は年ですから」
鵜乃乃のボケにかったるそうにツッコミを入れる梓間。今日は少しテンションが低そうだった。理由を訊いたら、今日は彼女とデートがあったのに、鵜乃乃に強引に連れて来られたのでしょげているとの事。つまり、いつも通り。鵜乃乃も梓間も平常運転ですね。
一方、僕の後ろにてオドオドしている三梨。いつもシャキッとしているのに珍しい。
「どったん? 遊園地に来たんやから、テンション上げ揚げ油」
「貴方って時々、おかしな訛り入ってくるよね。それ、どこの方言かしら?」
「僕が考えた方言だ。それは置いておいて、何か気になる事でもあるのか?」
「えっと……」
三梨は戸惑った反応を見せる。絶対に何か気にしているな。
「当ててやる。おしゃれの話だろ!」
落ち着きがないのは、慣れない服を着ているからに違いない。
今日の彼女は珍しくおしゃれだった。長い黒髪が後ろに結ばれてポニーテールに変身。服装も普段の硬いイメージとは違って、真っ白なカーディガンに黒のスカート。一言で言えば、清楚。もう一言添えれば、プリティー。
「気合が入っているじゃあないか」
「貴方がアニメのヒロインのような服装で来なさいって言ったじゃない」
「うん、悪くないぞ。てか、そんなシャレオツな服持っていたんだな」
「先日、鵜乃乃さんとデパートに行った時に、買わされたのよ」
という事は、これは鵜乃乃コーデって事か。センスがいい。
服装を褒めるというデートでの基本行動をしたのに、三梨の表情は変わらない。
不安の原因は他にあるという事か。一体、何だ?
「遊園地に来るのは初めてなの」
アイキュー二百の頭脳を回転させていると三梨、自らが答えを口にする。
なるほど、そっちだったのか。
よくよく考えれば、堅物の三梨にデートの基本を説いても伝わるわけがないわ。
にしても、初めての遊園地か。
「なら、いい思い出にしてやろう」
「いい思い出?」
「そうだな、例えば……」
三梨をじっと見つめる。笑顔という存在を知らないかのように、冷たい表情だ。
そのままだとダメだな。三梨の硬い頬を掴んで、口角が上がるように持ち上げた。
初めて笑顔を見せてくれた日。それを思い出にしよう。
例えるなら、今の彼女のように。
「何をするのかしら?」
「うーん、ちょっとばかしの魔法?」
「おかしな人ね。倫理観が普通じゃないわ」
両手を離すと、三梨から笑みが消える。ああ、せっかくのスマイルが……
さっきまでの怯える三梨へと戻っていく。ついには、俯いちゃったし。
仕方ない、荒療治を発動するか。看板の前ではしゃいでいる最終兵器へと声をかける。
「鵜乃乃。三梨の奴、入り口が分からないようだから、案内してやれ」
ピクリと肩が揺れる三梨。
最終兵器は、すぐに振り向いて満点の笑顔を浮かべる。
「しょうがないな‼ この遊園地マスターの私が案内してやりましょう‼」
そして、すぐ傍に。三梨の手をギュッと掴んで、走り始めた。
「ちょっと鵜乃乃さん⁉」
「何、止まってる⁉ 時間は待ってくれないぞ‼」
「ちょっと待ちなさい! 転んでしまうから!」
「心配ありがと‼ でも、大丈夫‼ 私はこけないから‼」
「私が転びそうなのよ! ちょっと鵜乃乃さん!」
二人は入り口へと突っ走っていく。こんなに大きな悲鳴を上げる三梨は初めてだ。
相手に考える隙を与えず振り回す。最終兵器の名は伊達じゃないな。
楽しそうで自由気ままの鵜乃乃と、それに振り回される三梨。
微笑ましい光景だ。少しでも長く続いてくれたらと、思わず願った。
入り口にて、値段の書いてある看板に注目する。いくらくらいするのだろうか。先日タペストリーを買ったから、お金そんなに残ってないんだよね。なるべく安く済ませたい。
そんな僕の目に、ある文字が映った。カップル料金という、恋と金でできた文字が。
瞬時に三梨に近寄る。
「瞳孔がお金になっているのだけど、どうしたのかしら?」
「三梨。僕と付き合ってくれ」
強く頭を下げて、人生初の告白をする。誰かに頭を下げる機会なんて(以下略)
三梨は何も答えない。顔を上げると、ゴミを見るような目で僕を睨んでいた。
「お願いします! すぐに別れてもいいから!」
もう一度、頭を下げる。誰かに頭を下げる機会(以下略)
が、三梨は変わらず冷たい。効果がないようだ。
「僕と付き合ったら、大きなメリットが付いてくるぞ」
「それは桜木坂遊園地の入場料が安くなるメリットかしら?」
「分かっているじゃあないか! それが分かっていて、どうして僕を拒む?」
「自分の胸に聞いてみなさい」
三梨は冷淡に告げては、入園チケットを購入して去ってしまった。
ああ、もうおしまいだ。何もかもがおしまいだ……その場でゆっくりと倒れる。
「カップル料金で済ませられると思ったのに…………お金がぁぁぁ…………」
「タペストリーを買うからですよ」
僕の死体を眺めながら梓間は残酷に告げる。
「鵜乃乃先輩に頼めばいいじゃないですか? 手伝ってくれると思いますよ」
「あいつ……年パス持っているんだよ……」
「あっ、そういえば、そうでしたね」
「……もうこの際、梓間でもいい。僕と一緒にカップルチケット買わないか?」
「嫌です、絶対に嫌です。僕も年パス持っていますから、失礼します」
速足で梓間も去っていく。
部長は見捨てられた。もう彼に手を差し伸べる者はいない。
諦めてチケットを買った。あああああああ、僕のマネーがぁぁぁぁあ!
「部長、私と一緒に買ってもカップル料金になってましたぜ⁉」
「ふぁっ? なぜ言わなかった?」
「部長が私に声をかけなかったからでーす‼ ニヒヒヒ‼」
鵜乃乃は弾けるように、元気よく入園する。あいつ、図りやがったな!
そのまま大人しく入園しました。めでたし、めでたし。
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