3-2

 入場すると、無限に広がるアミューズメント!

 

 晴れた空を覆う大きな観覧車やジェットコースター。耳に入ってくる、よく分からないレトロな曲と人々の興奮した声。今宵も、桜木坂遊園地は人気のようです。


 大切なお金をかけて入場したんだ。絶対に楽しんでやる!


 そして、絶対に三梨に恋の感覚を掴ませてやる!


「鵜乃乃、梓間を連れてジェットコースターを周回してきなさい」


「分かりやした‼ 検討を祈ってます‼」


 鵜乃乃は僕に一礼をして、すぐに梓間の手を掴んで走っていく。去り際に「ジェットコースターには乗りたくない」と絶叫する梓間の声が聞こえたが無視した。年パスでもカップル料金にできる事を教えてくれなかったあいつに慈悲は必要ない。ジェットコースターで燃え尽きてしまえばいい!(結構、根に持つタイプ)


「ここの遊園地、どこかで見た事があるわ」


「そりゃあ『恋日』のモデルになった場所だからな」


「そうなのね」


 三梨は感心の声を上げる。


 梓間の悲鳴も聞こえなくなったし、そろそろ僕らも作戦に移ろう。


「さて、三梨。行くぞ」


「ええ、頑張りましょう」


「予習はしてきたか?」


「勿論、準備は完璧よ」


 三梨は案外、乗り気だった。恋を知る為にここまで真剣に取り組んでくれるとは。こんなにやる気を見せてくれたんだ、僕も頑張らないとな。


 早速だが、実践していこう。目で三梨に合図を送っては、演技を開始する。


「あれぇ? 他の人は何処に行っちゃったんだ?」


 わざとらしく辺りを見渡す仕草を見せ、困ったように呟く。


 ヒロインと二人っきりになった時に主人公が口にする一般的な代名詞。


 三梨は困惑を見せるが、すぐに持ち直し僕と同じく困った表情を浮かべる。


「ほんとだね……どうしよっか?」


 三梨の言葉に少し揺れてしまった。まさか、あの堅物委員長が、アニメのヒロインの言葉を使う日が来るなんて、誰が想像した?


 おっと、感動している場合じゃないな。リズムを崩さないように言葉を返す。


「困ったなぁ……」


 乾いた笑いを浮かべながら、頭をかく。



「もう二人で回っちゃう?」


「えっ……?」


「ううん、ごめん。みんなを探そっか」


 三梨はさっきの自分の発言を逸らすかの如く、少し速足になりながら歩いていく。


 止めるように僕は彼女の右手を掴んだ。


「…………斎藤、君……?」


 突然の出来事に動揺したのか、三梨は口をパクパクさせる。


「えっと……」


「あの……」


 必然のように生まれる気まずい雰囲気。目と目が合っているせいで、気まずさは更に増していく。


 それをかき消すために、にっこりと笑みを浮かべながら言葉を並べる。


「急いで探しても入れ違いになりそうだし、ゆっくり探そう」


「……うん、そうしよっか」


 三梨も同じように笑った。


 ——はい、カット‼ 大勢いる人の中で大きく手を叩いた。


「どうだった?」


「何も感じなかったわ」


「左様でございますか……」


 演技が解かれて、いつもの三梨に戻っていく。どうやら結果は芳しくなかったようだ。


「にしても、斎藤君。とても上手いわね」


「三梨も良かったぞ」


 棒読みにもなっていなかったし、気持ちも籠っていたと思う。


「ただ、笑顔がなぁ」


「やっぱり下手だったかしら?」


「引きつっていたな。愛想笑いを超えて、怒っているように見えたし」


「笑う機会がないから、慣れてないのよ」


 とんでもない事をカミングアウトされた。


 笑った事がない? 確かに三梨の笑った姿は一度も見た事がないな。


 もしかして今見られた三梨の笑顔って、ものすっごくレアだったりして。


 それはさておき、次のシーンに入ろう。一度、失敗したくらいで弱音を吐くわけにはいかない。まだ実践のバリエーションは残っているし、何度も繰り返そう。


「そういえば手を握った時、ドキドキしたか?」


「いえ、全く何も感じなかったわ」


 三梨は首を横に振る。


 おかしいな。『恋日』では、ドキドキしていたのに。もしかして僕が悪い?


「梓間と変わろうか?」


「別に誰とやっても変わらないと思うわ」


 手を繋ぐ。それは緊張する行為だ。


 同時に相手の事を意識してしまう行為でもある。


 ソースは勿論、『恋日』。だから間違っているとは思えないが。




 次の実践現場である、お化け屋敷の前に立つ。


 血のような赤い文字で、ホラールームと書かれた建物。周りにはアトラクションがなく、後ろには大きな森が広がっている。ここだけはレトロな音楽が消えており、人通りもさほど多くない。流石、異様な雰囲気を醸している事で有名な桜木坂遊園地のお化け屋敷。


「三梨、一つ提案がある。次のお化け屋敷は、初々しいカップルで行かないか?」


「偽カップルという事かしら?」


「やっぱり嫌か?」


「別に悪い事ではないし、恋を知る為なら仕方ないわ。その設定で行きましょう」


 特に悩まず、三梨は賛成してくれた。カップル料金は許してくれなかったのに。


「次の合図は三梨からやってくれないか?」


「ええ、構わないわ」


「よし、行くぞ」


 再び三梨の左手を掴んで、お化け屋敷へと入っていく。


 入ってすぐに視界が暗くなった。おかげで何も見えない。


「…………」


「…………」


 会話が皆無。三梨から合図の台詞が来る筈なのに、一言も言葉が聞こえてこない。


「三梨……?」


「っ⁉」


 三梨は声にならない悲鳴を上げながら、僕の手を強く握る。


 それからも震えている手。進むにつれて、握る力が強くなっていく。


 あっ、分かったぞ。三梨は怖がっているヒロインの演技をしているんだ。


 台詞を言わないのは、雰囲気を出すための演出。怖くて声が出ないという設定だろう。


 にしてもクオリティ高いな。急に演技力がレベルアップしたな。


 僕も負けていられない。怖がるヒロインを支えられる主人公を演じよう。


「大丈夫、僕がいるから怖くないさ」


「…………」


 怖さを軽減させるために爽やかな言葉を選んだが、三梨からの返答はない。真っ暗で三梨の表情が見えないせいで、彼女は何を考えているのか分からない。


 こうなったら、作戦変更だ。ヒロインを支える主人公ではなく、ヒロインを怖がらせる主人公にチェンジしよう。


 驚かせるために、繋がれている手を強引にほどいた。


「さっ、斎藤君⁉ なんで手を放すのかしら⁉」


 三梨は声を荒げる。いい悲鳴だ、本気で怖がっているのかと一瞬、思ったわ。


 更に怖がらせるために、あえて言葉を返さない。暗い中、怖がる三梨を堪能する。


「斎藤、君……? どこに行ったのかしら……?」


 かすれた声で三梨は僕の気配を探す。


 ここでお化けでも出てきたら、完璧なんだけどな。そう思っていると、


「ガアアアアァ‼」


 途端に小さな光が灯り、右側からゾンビが叫びながら登場する。

何も見えない空間に少しの光を灯して希望を与えつつ、映るホラーに絶望する。なんと完璧な演出だ。初見だったら怖くて、絶対に泣いていただろうな。


 言ってなかったが、このお化け屋敷は地元でも有名になる程、完成度が高い。怖さのあまり、子供は愚か大人ですら悲鳴を上げるとの事。初見で泣かない奴は、いないらしい。


 僕も最初入った時は何度も絶叫した。例えるなら、今の三梨のように。鵜乃乃に何度も連れて来られたせいで、今はもう怖さの欠片もないけど。


 そんな時だった。僕の胸に三梨が飛び込んできたのは。


 突然の大胆な行動に、思わず変な声を上げてしまった。黒い髪が肌に触れる。


「……こわいよぉ……」


 僕の服を掴んで胸の中で蹲る三梨。小さな悲鳴は、涙声にも聞こえた。


 もしかして本気で怖がっているのか? いや、あり得ない。


 冷静に考えれば、分かる事だ。あの堅物真面目委員長の三梨楓花に怖いという概念が存在するとは到底、思えない。


 一度、冷静になるために大きく深呼吸する。三梨がここまで真剣に怖がっている演技をしているんだ。僕もそれに答えられる演技をしないと。


「本当に三梨は怖がりだな」


「もう、はなさないでよぉ……」


 そう言って、僕の袖を力強く掴む。声と行動がいちいちあざとい。


 ゾンビが消えると、同時に光も消える。再び三梨の姿が見えなくなった。


 このまま止まっていても後ろから来るお客さんに迷惑なので、足を進める。すっごく密着されているせいで、なんか二人三脚みたいになって、とんでもなく動きづらい。


 距離が近いから、彼女の心臓の音が微かに聴こえてくる。


 もしかして、これがドキドキ! 三梨は今ドキドキしているのか!


 感動している僕の前に光が。すぐに前から全身に包帯を巻いた男が近づいてきた。


「ウォォォオ‼」


 悍ましい叫び声。全身の包帯には血が飛び散っており、口から飛び出した大きな歯にはドスの利いた黒が染みついている。ホラーゲームにも出てきそうな化け物だ。


「……っ‼」


 今度は強く抱きしめられた。これには驚愕せずにはいられなかった。


 何この状況。初めて家族以外の誰かに抱きしめられたわ。


 いつの間にか包帯を巻いた男は消えていた。光も消え、再び暗闇が僕らを支配した。


「どうしてそこまで積極的なんだ?」


 ここまで大胆な行動をされると、流石に違和感を覚えてしまう。三梨が努力家でどんな事でも惜しまない奴だって事は百も承知だが、これは似つかわしくない行動すぎる。


「……こわい、のよ」


 彼女は耳元で怯えながら呟く。その言葉に頭が混乱する。


 怖い? 怖がっているのか? あの三梨さんが?


 いつもは真面目でしっかりしている三梨。


 実は怖がりで、怖がりすぎて常識的な部分まで忘れてしまっている。


 考えれば考える程、理解に苦しくなる。


 そして、だんだんと笑えてくる。


「そうか、怖いのか」


 彼女の完成したイメージが崩壊していく。


「どうして入る前にお化けが苦手だと言わなかった?」


「知らなかったのよ……自分が怖がりだったなんて……」


 震えながらも言葉にする。


 冷徹の仮面は錯覚だったのかと思わせられる程、繊細な乙女のように身震いしていた。


 三梨はロボットでもなければ、つまらない人間でもない。ただ不器用で経験が少ないだけの、他の誰とも変わらない魅力的な女性だ。今まで見えてなかっただけだったんだ。経験が乏しいせいか、彼女自身も自分を理解していなかったようだ。


 自分がどんな人間かなんて、狭い世界で生活をしていたら気付けない。


 初めて三梨の事を垣間見えた気がする。


 彼女が素の自分を見せてくれたから、僕も演技を解いて自分自身を表に出す。このお化け屋敷には似つかわしくないとは思ったが、それでも僕は明るい声音で言葉を紡いだ。


「なら、楽しい話でもするか?」


「……楽しい、話?」


「以前、鵜乃乃と恋を知る為にここに入ったんだが……」


 これから話すのは、他愛のない笑い話。今の彼女ならきっと和んでくれる、下らない話。


「鵜乃乃はお化けが出たら、「おっ、オバケだ‼ 軍曹、一緒に叫びましょう‼ ガアアアアア‼」って、わざとらしく叫ぶんだよ。あいつ、恋を知る気ないだろ……」


 おかげで、お化け役の人も反応に困っていた。


「……そうね。鵜乃乃さん、らしいと思うわ」


 僕を抱きしめる三梨が緩んで。同時に声もだんだんと明るくなっていく。


「それでも僕は楽しかった。恋は知られなかったけど、違う何かを知れた気がしたから」


 あの時は、僕も三梨と同じで何も知らなかった。鵜乃乃に恋を共に知ろうと誘われて強引に入れられた恋愛アニメ研究部だったが、後悔した日は一日もない。


 歩きながら、三梨に過去の鵜乃乃の話をした。奇行ばっかりで振り回されてばっかりだったけど、どれも最後はいい思い出として、僕の中でいつまでも残っている。


 鵜乃乃の話をしている最中に、気付く。


 もしかして僕は自分と同じ境遇に置かれた彼女に、笑ってほしかっただけかもしれない。


 彼女の震えが収まっていく。強く抱きしめられていた手は離れていき、体が解放される。


 代わりに、


「手を繋いでもいいかしら?」


 三梨は恥ずかしそうに声を上げる。まだ怖さは消えてないようだ。


「繋いでないと、不安になっちゃうもんな」


 皮肉を込めて。嘲笑を浮かべる。


「言い方に悪意がある気がするのだけど」


「気にするな。ほら、行くぞ」


 暗闇の中で三梨の手を掴んだ。


 最初は冷たかった手のひらは、次第に暖かくなっていく。


 実践のために入ったお化け屋敷だったのに、違う方向に進んでしまった気がする。ほんと、こんな顔も見えない暗闇でするような話じゃないのに。


 三梨は今、何を考えているのだろう。明るい言葉だったらから、もしかして笑っているのかなと変に想像してしまう。今日以上に暗闇を恨んだ日はない。


「一つだけ分かった事があるわ」


 温もりを含んで彼女は告げる。


「誰かと手を繋いでいると、安心できる。今の私のように」


 あざとい台詞。つい、足が止まる。


 まさか、あの三梨が恋の感覚を掴んだというのか。


 思えば思う程、嬉しくなる。あんなに鈍感でマジレスばかりだったのに、ここにきて初めて想いが重なった。今までの教育は無駄じゃなかった。


 嬉しすぎて涙が零れそうだ。育ててきた雛が翼を広げて飛び立つくらい嬉しい。


 偶然の賜物とはいえ、やっぱり実践は大切だったんだな。


 んっ、ちょっと待てよ。不意に足が止まる。


 手を繋ぐと安心する? そんなデータは僕の中にはないぞ。


 あるのは、ドキドキするとか、緊張するとか、恋的な何かだぞ。


「どうしたのかしら?」


「三梨、それは恋じゃない。何か別の感情だ」


「えっ?」


 不思議そうに首を傾げる三梨。さっきまで泣いていたのか、目元に涙の痕が見えた。


 そんな事はさておき、これから一から説明する必要があるかもしれないな。小さな光を頼りにしながら、三梨に解説を——って、なんで三梨の顔がこんなに明確に見えている?


 気付けば、周りには小さな光がたくさん浮かんでいた。それも今までの黄色の光ではなく、赤黒い暗闇と融合したような光。まるで今から百鬼夜行でも起こりそうな雰囲気だ。


 ほら、周りにはゾンビやミイラ男、口裂け女。数多の幽霊が、こっちを睨んでいる。


「さっ、斎藤君!」


 疑問に感じていると、再び三梨が胸の中に飛び込んできた。


 そこで初めて気付いた。僕ら、囲まれているじゃないですか。


 さっきまでのなんかちょっと良かった雰囲気は、今ではもう恐怖に変わっていた。


 僕は三梨の悲鳴と体を何度も浴びせられながら、お化け屋敷を進んでいった。

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