2-3

 騒ぎながら歩いていると、三梨の住んでいるマンションが見えてくる。

反対側には僕の家がある。マジで近いな、おい。


 敷地に足を踏み入れると、視界に駐車場が広がる。ざっと百台は収納できそうなくらいに広かった。そして等間隔に置かれた街灯と観葉植物のような木々。

 

 立派な石垣造りの道を歩いて、やっとエントランスの扉が見えてくる。

 

 扉の前に立つと、勝手に扉が開いた。


「自動ドアなんて、豪華だな」


「せやな‼」


 扉の先のエントランスも、これまた豪華だった。絵画のように彩られたカーペット、その上には赤いソファとガラス製のロングテーブルが置かれていた。エントランスなのに、ここまで気を遣っているのか。つい感嘆の声を漏らしてしまう。


 エントランスを歩いてすぐに、再び大きなガラス扉が立ち上がった。銀行の金庫みたいに頑丈そうで、もの凄く威圧感を出していた。上を眺めると黒い監視カメラと目があう。ここから先は住居者に開けてもらう必要があるようだ。


「三階の二号室だよね⁉」


 鵜乃乃は飛びつくように扉の隣に置かれたインターフォンの元へ。


「絶対に押し間違えるなよ」


 彼女ならやりかねないので、しっかりと監視する。


 プルルル……コール音は数秒流れたのち、ブチっと消える。


『はい、三梨です』


 スピーカーから、機械音の混じった三梨の声が聞こえた。


「開けろ‼」


 いや、言い方。こいつ監視カメラの前で、何を言っているんだ。


『分かったわ。あまり騒がないでよね』


 ガラス扉が自動で開く。三梨が開けてくれたのだろう。


「任せろ‼」


 騒ぐなと言われて、すぐに騒ぎ出す鵜乃乃。


 先を進むと、エレベーターとコンクリートで造られた階段が目に入った。高級感すっごいエレベーターに乗ってみたかったが、見えない何かに守られており、近づけなかった。どうやら庶民の僕にでは、乗る事が許されなかったようだ。大人しく階段で向かう事に。


「ここのコンクリート、綺麗ですね‼」


 階段のコンクリートをじっくりと眺めては、歓喜の声を上げる鵜乃乃。やっぱり彼女の事は理解できない。普通、階段で感動するか? さっきのエントランスとかマンションの外見の方が感動ポイント強かった気がするが。考えても答えは出てこないので、スルーする。


 三階のフロアに顔を出すと、これまた凄まじかった。赤いカーペットが敷かれており、天井にはおしゃれな電灯がいくつも付いていた。まるでホテルの廊下みたいだ。土足で歩いていいのか不安になる。一度、靴に付いた砂を落としておくべきだった。


 そして遂に三梨の住んでいるであろう部屋の前へ。緊張してきた。目の前に待ち受けている黒い扉が上品すぎて、足がすくんでしまった。まさか誰かの家の扉に圧倒される日が来るとは思いもしなかった。


「僕ら、レベルが足りてない気がする」


「しかし部室で筋トレをしました‼ もうレベルを上げる方法がありません‼」


「摩訶不思議なアメでも食べよう。少しくらいはレベルアップするかもしれない」


「どうしましょう‼ さっきハンバーグを食べたせいで、お腹いっぱいです‼」


 くっ、打つ手がなさすぎる。これは一旦引くしかないのか。


 絶望に明け暮れていると、目の前の黒い扉が勝手に開き始める。


「何をしているのかしら?」


 扉の先にて、パジャマ姿の三梨。やや呆れた表情を浮かべていた。


「「どうしてここに委員長が!(‼)」」


「貴方達があまりにも遅かったから、迎いに行こうとしただけよ」


 三梨は億劫そうにため息を吐く。


「ここだと冷えるでしょうから、入って」


「はーい‼」


 鵜乃乃は遠慮せずに三梨の部屋に飛び込んだ。ちゃんと靴は脱いでいるようだ。


 僕も入ろう……そう思った時、アイキュー二百の頭脳が回転を始めた。


 異性の家に入るのって、人生初体験なのでは?


 足が止まる。


 初めて入る異性の家は絶対に恋人だ、というプライドが僕にはあった。


 もし、ここで入ってしまえば今まで積み重ねてきたプライドが崩壊してしまう。


「入らないのかしら?」


「真剣に悩んでいるから、少し待て」


 三梨の視線を気にせずに脳を更に回転させる。


 ここに来たのはタペストリーを回収するためだ。なら入らずに、ここで回収すればいいのでは? それは名案だ。早速、三梨に頼んで返してもらおう。


「部長、早く入ってくれ‼ ここヤバいぞ‼」


 テンションが爆上がりした鵜乃乃が玄関から、僕の方へと顔を出す。


 そして、僕の腕を掴んで強引に部屋の中へと引きずり込む。プライドを守る為に抵抗するが、ヒョロヒョロの僕の力では筋トレをしている鵜乃乃に勝てるわけがなく。あっという間に、三梨の部屋へと入れられてしまった。ああ、僕の初めてがぁぁぁぁ!


「……お邪魔します」


 しょんぼりと肩を落としながら靴を脱いだ。初めてを奪われたショックが大きすぎる。


 でも、そんな悲しさは一瞬で消えた。


 なんか高そうな石で造られたタタキに、なんか黒くテカテカした壁。フローリングの床もなんか反射くらいに綺麗だし、電灯もなんかシャンデリアっぽい奴で、なんかシトラスのいい香りもする。この玄関は語彙力を失われるくらいに、圧巻だった。


「確かにヤバいな!」


「ヤバいんだぞ‼」


「ヤバすぎる!」


「ヤバい‼」


「さっきからヤバいしか言ってないじゃない」


「「だって、ヤバいんだもん!(‼)」」


 鵜乃乃がどうしてすっごく興奮しているのか、すぐに理解した。


 三梨はヤバい所に住んでいた。


 玄関でこんなにヤバいんだ。他の場所はもっとヤバいのだろう。


 ヤバい、足を進めるのが怖くなってきた。


 それでも足が進める。この先には何があるのか好奇心をくすぐられて止まらない。ヤバいくらいに綺麗な床を進んで、遂に部屋の中へと入っていく。


 ヤバい、緊張してきた。電車に乗っている時、隣に誰かが座ってきた時くらい緊張する。


 木製の扉を開けて、奥の部屋へと入っていく。ここにはどんなヤバさが——


「ふぇっ?」


 思わず変な声が出た。


 LEDの電灯。栗色の台に置かれているテレビに、本棚とベッド。黒いカーペットの上のガラス机には、ティッシュ箱と桜木坂高校で使っている教科書が置かれていた。


 端的に言えば、殺風景。この部屋には最低限の物しか置かれていなかった。


 他の部屋も同じ。キッチンも洗面台も風呂場も、生活に必要な物だけ。


「かくれんぼできないじゃん‼」


 鵜乃乃は悔しそうに嘆く。


「生活できればいいもの」


 コーヒーカップを二つ手にした三梨が、部屋へと戻ってくる。


「でも楽しくないじゃん‼ ゲーム一つもないし‼ 私なら死ぬぞ‼」


 間違いない。鵜乃乃だったら、絶対に死ぬな。暇死するな。


「今、思ったが一人暮らしか?」


「そうよ」


「道理で衣服や下着が少ないわけだな‼」


 ウンウンと一人で納得する鵜乃乃。そこは関係ないと思うが。


「鵜乃乃さんは一体どこまで私の家を探ったのかしら?」


「安心しろ‼ 私よりバスト大きかったぞ‼」


「男性の前でバストの話はしないでほしいわ」


「安心しろ! 僕はおっぱいの大きさに興味がない!」


「尚更、安心できないのだけど」


 三梨はいつも通り冷静だった。アニメに出てくるヒロインなら「きゃあ、何言っているのよ!」とか「もう、えっち!」とか言って、恥ずかしがるんだけどな。


「それで何しに来たのかしら?」


「あっ、そうだ!」


 三梨の言葉で、目的を思い出した。三梨の家に来たのは、タペストリーを回収するため。


「三梨。早速だが、タペストリーを返しなさい」


「申し訳ないけど、ここにはないわ」


「なん、だと……」


 右手で心臓を押さえながら、カーペットに倒れていく。


 三梨に没収されてから数日。宝物は求める度にどこかへ行ってしまう。


 泣きそう……もう二度と会えない気がする……(数日、存在を忘れていた人)


「ちなみに、僕のタペストリーは、今、どこ、に……?」


「担任の貝塚先生に渡してあるわ」


「おまえぇぇぇぇ、なぜアイツニィィィィ」


 ハスキーボイスで叫んだ。喉に力を入れすぎたせいか、すっごく喉が痛い。


 よりによって貝塚先生。あの先生の事だ、何をしでかすか分からない。もしかしたらオークションに出されているのかも。流石にそれはありえな…………いや、ありえるな。


「ゴールデンウィークが終わったら、回収するといいわ」


 彼女は最後まで他人事のように淡々と告げる。


 ゴールデンウィーク中は学校が閉まっているので、回収できない。一週間以上、待たないといけないのか…………孤独死しちゃうよ…………


 まあ、それはさておき。


「次の題に入ろう」


 用意されたコーヒーを静かに飲み干す。


「やっぱり切り替えが早いわね」


「部長の切り替え能力を舐めないでほしいでやんす‼」


 鵜乃乃は誇らしげに語る。だから、なんでお前が偉そうなんだよ。


 閑話休題、話を続けよう。


「どうしたらマジレス厨の三梨さんに恋を教えられるのか、一緒に考えてほしい」


「それ本人の前でする話ではないと思うのだけど」


「ファミレスで考えた作戦ですが、実践させればいいのでは⁉」


 ガラス机を強く叩く鵜乃乃。


 なるほど。つまり、ときめきゲームを三梨とするって事か。


 恋日でも行われていた、実践形式での学び方。案外、悪くないアイデアだ。


 だが、


「どうしてファミレスの時に言わなかった?」


「飲み込んでから言えって言われた事、今思い出しました‼」


 一瞬、鵜乃乃が何を言っているのか分からなかったが、過去回想をしている内に理解した。食事中に発言しようとした鵜乃乃を抑制したのは僕でした、すみません。


「意味はあるのかしら?」


「恋愛アニメで抱いた違和感を実践すれば、気持ちを理解できるかもしれないだろ?」


「考えるな、感じるんだ、ですね‼」


「そういう事だ。って事で、ゴールデンウィーク、恋愛アニメ研究部で遊園地に行くぞ!」


「急ね。私は大丈夫だけど、他の人は大丈夫なのかしら?」


「私は大丈夫だ‼ なんたって、遊園地は実家みたいなものだ‼」


 再びガラス机を叩く鵜乃乃。一応、ガラス製品なので少しは自重してほしい。


「梓間は……まあ、空いているだろう」


 考える必要もない。空いてなくとも連れていくし。あいつに拒否権はない。


「今の間は何かしら?」


 首を傾げる三梨。本音を言ったら、怒られそうなので黙っていよう。


「という事で、決定な。日付は後で要相談。三梨をライングルに招待しておけ」


「あいあいさー‼ 招待しましたぜ‼」


 鵜乃乃は満面の笑みでスマホ画面を見せつける。仕事の早い奴だ。


 三梨のラインアイコンを見た瞬間、思わず吹きだしそうになった。きっちりと着こなした制服に真顔の自撮り。これではまるで証明写真だ。三梨はラインを履歴書や身分証明書とでも思っているのだろうか。堅物もここまできたら、可愛いな。


 いい時間だったので、そのまま解散した。


 三梨はマンションの下まで送ってくれた。別にここまでしてくれなくてもいいのに。大きく手を振って、鵜乃乃と僕は帰路へ。まあ、僕の家は目の前なんだけどね。

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