08 トリエステの僧院
……それからあとは、記すまでもない。
だが、備忘録として記しておこう。
ルイ十八世は、結局、公的には罪に問えなかった。
どころか、今さら国王をすげかえるなどという真似をしたら、
しかしマリー・テレーズ殿下はもはや王宮とは距離を置く、という姿勢を示した。
フランス王家・ブルボン家としての
殿下の苦衷、察するに余りある。
フーシェは国外へと追放された。
正確には、大使として派遣されたところで、国王処刑に賛成票を投じた者はフランス国内に戻る
フーシェは例の冷酷な表情でそれを受け入れたという。
「それでいいのか」
かつての政敵であり、ルイ十七世のことで偶発的にフーシェと手を組んだタレイランは、一度、フーシェにそう聞いたという。
「かまわない」
その返答にタレイランはひとりうなずいた。
互いに革命、帝政と生き抜いた同士、相通ずるものがあったのであろう。
そしてタレイランは紆余曲折があったが、外交官として生き抜いている。
*
結局のところ、ジョゼフ・フーシェという男は不思議だった。
背徳を浴びる風見鶏。
そうたとえたが、実際に背徳を浴びていた鳥はルイ十七世で、浴びせていたのはルイ十八世だった。
それを知ったフーシェは、辛抱強く待ちつづけ、ついに背徳を浴びる鳥のうたを伝えた。
一度、彼が最後の地として選んだ寓居へと、足を運んだ。
すると、家人から、彼は僧院へ礼拝に行った、と告げられた。
こうして今、私、シャトーブリアンは
歩きながら、訪ねる相手であるフーシェのことを考える。
冷酷無残。
背徳漢。
変節漢。
ありとあらゆる汚名や罵倒を受けたが、彼は意に介せず、己が道を歩きつづけた。
気がつくと、フランスはその時その時に応じて、彼によって、最適な道筋を選択していた。
そして今、その役割は終えたとばかりに国外追放を甘んじて受け入れ、トリエステに隠棲し、穏やかな日々を送っている。
「もしかして彼は……彼なりに、フランスのことを考えていたのでは」
それは、もしかして。
ルイ・シャルルという不幸な少年――亡き王子のための、彼なりの
そういえば、彼がルイ・シャルルに会った直後、ポール・バラスがルイ・シャルルを訪れ、その死は免れなかったものの、待遇が改善されたのは、もしかして……。
きっと彼は、否定するだろう。
自身の選んだことだ、と。
だが、その表情を見てみたい。
その目が見てみたい。
……僧院が見えて来た。
ちょうど、僧院の扉が開いた。
彼だ。
気がつくと、手を振ってくれた。
【了】
背徳を浴びる鳥のうた 四谷軒 @gyro
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