04 タレイラン・ペリゴール、あるいは裏切りの天才
私、シャトーブリアンは思案した。
マリー・テレーズ殿下の私室を辞したあと、さてどうやってかの警察卿ジョゼフ・フーシェから話を聞くか、ということをだ。
テュイルリー宮殿の優美な装飾を施された廊下を、漫然と歩く。
「そも、『こういう話』は、私からまた聞きしても、あまり意味はないはず。殿下としては、直接、フーシェの口から聞きたいはずだ」
私としては、フーシェにしても、殿下を目の前にして問われれば、さすがに真相を答えざるを得ないだろうと思った。
たとえ、嘘を言い出したとしても、表情などの微細な変化があるはずだ、とも思った。
そこを、殿下に見てもらえば良い。
フーシェとの同席を嫌う殿下だが、そうでもしないと、殿下は「納得」を得られまい。
「さて、どうするか……」
思わず口に出た呟きを、拾う者がいた。
「それは、何をどうするということかな? シャトーブリアンくん?」
気がつくと、隣に、片足を引きずっている男がいた。
そう、この男こそ、タレイラン・ペリゴール。
別名、裏切りの天才である。
*
「良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」
そんなことをうそぶきながら、タレイランは私に、卓上のコーヒーをすすめた。
裏切りの天才、タレイラン。
この男もフーシェとならんで、当代随一の変節漢である。
しかも、たどった道筋が、大体フーシェと一緒だ。
三部会の議員に始まり、国民議会の議長となり、ロベスピエールの恐怖政治が吹き荒れるや亡命し、されど総裁政府樹立時にはしたり顔で帰国し、外務卿の地位に就く。
その後、例のナポレオン配下の外務卿としても活躍し、極めつけは、そのナポレオンを没落の際に見捨て、何食わぬ顔をしてブルボン朝に
しかしその外交手腕たるや、非常に冴え渡っており、その最たるものは、ナポレオン追放時のウィーン会議において、「正統主義」を唱えて、ナポレオン以前の各国の領土を「正統」とみなして、結局のところ、フランスの領土を分割、割譲されることなく、守ったことであろう。
だが私はこいつが嫌いだ。
外交上手というが、要は
「時に、シャトーブリアンくん」
変節漢がコーヒーカップから口を離して、語りかけてきた。
「……その、われらがマリー・テレーズ殿下が、ジョゼフ・フーシェ警察卿に『問いたい』ことだがね」
そう、この変節漢は、言葉巧みに私から、先ほどの殿下の「依頼」を聞き出していた。
これは私がただ騙されていたわけではないと強調しておく。
何せ、
「
そら、お
だが、
それを利用してやろう。
どうせ向こうも、この機会にマリー・テレーズ殿下の歓心を買っておきたいと思って、声をかけてきたのだろうから。
「……
タレイランの瞳に妖しい光が宿る。
何か思いついた証拠である。
「そうだ、吾輩、ルイ十八世陛下に、とある貴族を紹介するつもりであった。吾輩、これを失念しておった……いやいや、この機会に思い出せて、実に、もっけの幸い」
まずそこに殿下を呼ぼう、そうしようと、聞けば聞くほどわざとらしい台詞である。
先ほどの「思いついた」を訂正しよう。
もしやタレイランは、マリー・テレーズ殿下の意向を事前に把握していたのではないか。
だとすると、その契機となった、タンプル塔の資料破棄のことを……。
「もちろんシャトーブリアンくん、
たしかにタレイランは上等の
一方でこのシャトーブリアンも、料理には一家言がある。
しかし、そんな
一緒にするな。
そう言いたい目線を送ったが、タレイランは意に介せず、「殿下にも美味しいコーヒーとプリンを、と誘い
【作者註】
シャトーブリアンは美食を好み、彼が好んだテンダーロインのステーキはシャトーブリアン・ステーキと称され、また、このシャトーブリアンの好みに応えた料理人・モンミレイユ考案による
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