04 タレイラン・ペリゴール、あるいは裏切りの天才

 私、シャトーブリアンは思案した。

 マリー・テレーズ殿下の私室を辞したあと、さてどうやってかの警察卿ジョゼフ・フーシェから話を聞くか、ということをだ。

 テュイルリー宮殿の優美な装飾を施された廊下を、漫然と歩く。


「そも、『こういう話』は、私からしても、あまり意味はないはず。殿下としては、直接、フーシェの口から聞きたいはずだ」


 私としては、フーシェにしても、殿下を目の前にして問われれば、さすがに真相を答えざるを得ないだろうと思った。

 たとえ、嘘を言い出したとしても、表情などの微細な変化があるはずだ、とも思った。

 そこを、殿下に見てもらえば良い。

 フーシェとの同席を嫌う殿下だが、そうでもしないと、殿下は「納得」を得られまい。


「さて、どうするか……」


 思わず口に出た呟きを、拾う者がいた。


「それは、何をどうするということかな? シャトーブリアンくん?」


 気がつくと、隣に、片足を引きずっている男がいた。

 そう、この男こそ、タレイラン・ペリゴール。

 別名、裏切りの天才である。



「良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」


 そんなことをながら、タレイランは私に、卓上のコーヒーをすすめた。

 裏切りの天才、タレイラン。

 この男もフーシェとならんで、当代随一の変節漢である。

 しかも、たどった道筋が、大体フーシェと一緒だ。

 三部会の議員に始まり、国民議会の議長となり、ロベスピエールの恐怖政治が吹き荒れるや亡命し、されど総裁政府樹立時には顔で帰国し、外務卿の地位に就く。

 その後、例のナポレオン配下の外務卿としても活躍し、極めつけは、そのナポレオンを没落の際に見捨て、何食わぬ顔をしてブルボン朝にくだり、その外務卿となり、今では内閣首班である。

 しかしその外交手腕たるや、非常に冴え渡っており、その最たるものは、ナポレオン追放時のウィーン会議において、「正統主義」を唱えて、ナポレオン以前の各国の領土を「正統」とみなして、結局のところ、フランスの領土を分割、割譲されることなく、守ったことであろう。

 だが私はこいつが嫌いだ。

 外交上手というが、要は長広舌おしゃべりが得意にすぎない。それに、変節漢だ。


「時に、シャトーブリアンくん」


 変節漢がコーヒーカップから口を離して、語りかけてきた。


「……その、われらがマリー・テレーズ殿下が、ジョゼフ・フーシェ警察卿に『問いたい』ことだがね」


 そう、この変節漢は、言葉巧みに私から、先ほどの殿下の「依頼」を聞き出していた。

 これは私がただ騙されていたわけではないと強調しておく。

 何せ、フーシェは革命の揺籃期から生き延びてきた、海千山千の古狐のようなもの。であれば、同じ海千山千の人妖のようなこの男を利用するのも悪くないと思ったからである。


吾輩わがはいに何か、できることはないかと思ってね」


 そら、おでなすった。

 だが、こいつタレイランの長広舌には、目を見張るものがある。

 それを利用してやろう。

 どうせ向こうも、この機会にマリー・テレーズ殿下の歓心を買っておきたいと思って、声をかけてきたのだろうから。


「……仄聞そくぶんするに、殿下はかの警察卿が大のお嫌い。されど、かの警察卿から直接、話を聞かずば、殿下は納得すまい。この対立する命題を、いかに両立させうるか……さて」


 タレイランの瞳に妖しい光が宿る。

 何か証拠である。


「そうだ、吾輩、ルイ十八世陛下に、とある貴族を紹介するつもりであった。吾輩、これを失念しておった……いやいや、この機会に思い出せて、実に、幸い」


 まずに殿下を呼ぼう、そうしようと、聞けば聞くほどわざとらしい台詞である。

 先ほどの「思いついた」を訂正しよう。

 もしやタレイランは、マリー・テレーズ殿下の意向を事前に把握していたのではないか。

 だとすると、その契機となった、タンプル塔の資料破棄のことを……。


「もちろんシャトーブリアンくん、けいにも同席してもらう。何、、この機会に懇親を深めたい。そんなところだ」


 たしかにタレイランは上等の平目ヒラメを二尾入手し、敢えて一尾目を客の目の前で落として残念がらせ、しかるのちに二尾目を出すという機知エスプリを演出して、その魚料理をという「美食家」ではある。

 一方でこのシャトーブリアンも、料理には一家言がある。

 しかし、そんな機知エスプリを気取るような真似はしない。

 一緒にするな。

 そう言いたい目線を送ったが、タレイランは意に介せず、「殿下にも美味しいコーヒーとを、と誘いたまえ」と肩を叩いてきた。




【作者註】

 シャトーブリアンは美食を好み、彼が好んだテンダーロインのステーキはシャトーブリアン・ステーキと称され、また、このシャトーブリアンの好みに応えた料理人・モンミレイユ考案による外交官のプリンディプロマットも有名(モンミレイユは、シャトーブリアンが英国大使を務めていた頃の、大使館付き料理人)。




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