02 フランスの王子、ルイ・シャルルの悲劇
ここでルイ・シャルル、あるいは、ルイ十七世という数奇な、短い人生を送った少年王について述べたい。
あのヴァレンヌ逃亡事件により囚われた不幸な国王一家の中で、彼、ルイ十七世こそが、最も不幸であると、私は言いたい。
たしかに彼の父・ルイ十六世と母・アントワネットは断頭台の露と消えた。
それは不幸であったろう。
彼の兄弟姉妹も夭折あるいは困窮の亡命生活を余儀なくされた。
では、彼、ルイ十七世はどうか。
それは――悲惨の一言に尽きた。
多くは述べまい。
私は、その「悲惨」の内容についてここで詳述して、読者の涙を誘いたいわけではない。
ただ、私の聞き知るところを、かいつまんで、記載しておくことにする。
彼は生涯を鳥籠の中で終えた。
そう、彼は鳥籠の中の鳥だった。
その鳥籠――タンプル塔という牢獄に閉じ込められた鳥。
そして獄吏は、あまりよろしくない人間が選ばれたらしい。
何者かの意図によって。
そしてルイ十七世は、不幸な国王は、父の死により
その子どもを。
失敬、ペンが、字が震えるのをお許しありたい。
そして、これから述べる内容が、あまりにも酷いことを。
*
ルイ十七世は、鳥だった。
背徳を浴びる、鳥だった。
鳥籠の。
まずはその父母から引き離して、不衛生、不潔な独房にいれて、その父母の死を知らせなかった。
ろくな食事を与えず、汚い言葉を教え、あろうことか……娼婦を抱かせたと聞く。
あまりよろしくない獄吏が、いたいけな子どもにどのような娼婦を抱かせたのか。
これを読んでいる者には、そのような想像に耐えられるだろうか?
私は耐えられない。
……とにかく、そんな状態がつづき、最後に、誰が知らせたのか、かの「俗物」ポール・バラスがロベスピエールを打倒して、フランス総裁政府の総裁となった時、不幸な少年王のことを聞きつけ、あまりの悲惨な状態に、改善を命じたという。
バラスは漁色と私服を肥やすことに終止した俗物であり、背徳漢であるが、それでも、子どもの状態がよろしくないというまともなことを言って直させる程度の常識は
かの、革命家のお歴々ですら、それは無かったというのに。
ともあれ、ルイ十七世は生まれて初めて、まっとうな人間の子どもとしての扱いを受けたといえる。王子でもなく、罪人でもなく、ただの、可哀想な子どもとして。
だが。
「出くわした子供は頭がおかしく、死にかけている。最も救いがたい惨状と放棄の犠牲者で、最も残忍な仕打ちを受けたのだ。私には元に戻すことができない。なんたる犯罪だ!」
これは、ルイ十七世を診察した医師の発言である。
そうだ。
遅きに失したのだ。
不幸な子ども、ルイ・シャルル。
彼の命は尽きようとしていた。
*
「故ルイ・シャルル・カペーの記録。
そういう死亡証明書が発行された。
そう、死んだのだ。
鳥籠の鳥は死んだ。
不幸な少年は死んだ。
ただ、少年は王位を持っていたため、叔父にあたるプロヴァンス伯ルイがその王位を継ぎ、ルイ十八世となった。
そして時代は流れ、革命は皇帝によって終止符を打たれ、その皇帝も遠く海の彼方へと追われた。
ルイ十七世の存在など、忘れ去られようとしていた。
しかし。
*
「
今となっては、ルイ十六世とマリー・アントワネットの子らの中の、唯一人の生き残り、マリー・テレーズ殿下は、百日天下のあと、そう
聞けば、かの悪名高き牢獄、タンプル塔はボナパルトによって破壊されていたが、その資料は残されていた。
それが、王政復古がなされた今現在、何者かの指示によって、破棄されたという。
ちょうど、マリー・テレーズ殿下が、ルイ十八世国王陛下に、それを見たいと願った直後に。
「きっと、あの警察卿じゃ」
マリー・テレーズ殿下はその柳眉を逆立てて言った。
警察卿、つまりジョゼフ・フーシェの差し金であると断定した。
いわく、王政復古がなされた現在にそれがあっては、亡きルイ十七世の「待遇」と「死因」が露見する、と。
いわく、警察卿にとって、不都合な内容である、と。
……そして資料は、警察に保管されていた。
「なれば問え、シャトーブリアン」
マリー・テレーズ殿下の扇がぶるぶると震える。
「……問うのじゃ、妾の可愛い弟、ルイ・シャルル、否、ルイ十七世の死の真相を知っておるのか、と」
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