第7話 俺以外誰もいない?
「パック」
「……」
「パック?」
「……ん?」
ダメだ。完全に食べものに意識を持っていかれている。
魚のワタだけをとってそこらの枝に突き刺し丸焼きにしたんだ。
焼けた魚から漂う匂いに彼はもう話など聞いちゃいなかった。
同時に網に捌いたイカと貝を乗せて焼いてしまおう。
パックはいつのまにかカモメに戻っていた。素の状態がカモメなのかな?
それだけ食べ物のことだけに集中してるってことか。こちらとしてはカモメの方が都合が良い、すぐに腹が膨れるだろうから。
「ほら」
「ぐああ!」
「熱いぞ」
「ぐ、ぐあ」
皿に焼けた魚を置いたら間髪入れずに突っつき始めるカモメ形態のパック。
食べ物の力は恐ろしい。言葉まで失ってしまったのか、パックよ。
この調子だったら魚を全部食べ切っちゃうかな? 全て小魚だし。正直小魚の方は味を期待していないんだよな。
砂の中で生活していたムツゴロウなどの魚は体内に砂がたんまりと残ってそうだしさ。一応、洗いはしたけど。
期待しているのは小魚ではなく、イカだ。
貝は砂抜きしていないので、おいしいかどうかは半々である。
つっても調味料が一切ないからなあ。海水だけでどこまでいけるか食べて見なきゃ分からんね。
『それ、食べるの?』
「イカは苦手なのか?」
『そいつ、張り付いてきて食べても嘴の中にくっついてしばらく残るし』
「生きたままだとそらそうだわな……焼いたらくっついかないぞ」
一人で食べようと思っていたが、イカの良さを知らないパックに食べてもらいたいと思い直す。
イカを半分にしてパックの皿に乗せた。
恐る恐るツンツンしていた彼であったが、ゲソを嘴の中に入れてごくんと飲み込むと一転し、ガツガツ食べ始める。
『おいしい! イカってこんなにうまかったのか!』
「だろ。パックは基本全部生きたまま食べるのか?」
『そうだよ。わざわざ変化して火を起こすのはやらない』
「焼いて食べるのもたまにはいいだろ?」
『気にいった! ありがとう、リュウ』
「気にいってくれてよかったよ」
貝はあふれでる汁は良かったのだが、砂が多分に混じっていて、醤油がないと味が淡泊過ぎて微妙だった。
イカは弾力があり、新鮮さも相まって素材はよいのだが、味付けが何も無いのでこれまたおいしい、というには厳しい。
小魚も一匹だけ口にしたが、意外に泥臭くなく砂を噛むこともなかったものの焼いたのは失敗かなあ。
丸ごとフライにしたらおいしいかも。
『満腹、満腹ー』
「パック、腹も膨れたところで少しお喋りさせてくれないか?」
『泊っていってもいいの?』
「是非、そうしてくれ」
ぐでえと足を腹に埋めて顎を地面につけるパックはカモメの仕草とは思えないものだった。
鳥なんだけど妙に人間ぽいなあとそんなところだ。
「俺を見た時にさ、人間がここにいるって驚いてたじゃないか?」
『うんー。わざわざ良くここまで来たなーって」
「ちょっと待ってて」
前置きしていから家の中に置いてあった殴り書きの地図を持ってパックの元に戻る。
彼はと言えば、地面に顎をつけた体勢のまま動いていなかった。
満足ーという状態なのだろう。
「暗いかもだけど、見えるかな。周辺の地図だと思うんだ」
『海岸線までなら分かるよお。山の方は空からだと危ないから行ってないよ』
「このトカゲみたいなのがいるからかな」
『そんなところー』
「それで、ここが今いる場所だろ。崖はともかく浜辺なら船もつけることができるんじゃないのかな?」
『船のことはよくわからないんだけど、船が浮かんでいたのを見たことないよ』
パックの話によると地図にある海岸線に至るためには輪のようになっている暗礁地帯を抜けなきゃならないみたいだった。
暗礁は海面すれすれまで来ていて、場所によっては海上に露出して岩礁となっているのだって。
輪のような暗礁地帯があるってことは、ここは島かもしれない。
気候的に熱帯ぽいし、サンゴ礁が輪のようになって露出しているのかも。
もっとも、地球の環境だったら、と但し書きがつくので本当のところは分からない。
ゼロ水深の暗礁地帯があるのなら、外洋船はもちろんのこと小型船でも通過することは不可能だ。
暗礁の外に船を停泊させて、暗礁の内側に小船を浮かべなきゃ浜辺まで至ることはできない。
確かにこれは海路で来るのはしんどいか。余程のお宝がこの場所にあるでもない限り。たとえば金塊とかさ。
海から浜辺に至ることは不可能でないにしても非常に手間がかかる。脱出するにしても助けを待つにしても難しそうだ。
一方、山を越えるルートはどうだろうか?
こっちはこっちでトカゲらしき絵が気になる。空を飛んで抜けるにも危険となれば、地上から進むのも同じくじゃないかなあ。
逆に言えば、山を抜けてこちら側へ来る人も皆無なんじゃないか……。
「詰んでる……」
『何を積むのー? おいら余り力仕事は得意じゃないよ』
「この辺りには俺以外に人間はいなさそうだなって」
『兄ちゃんは家があるから困らないんじゃないの?』
無邪気なパックの突っ込みにハッとする。
自分で昨日考えたことじゃないか。これだけの家を作れるだけの人たちがかつてここで生活していた。
それも、家の規模からしてソロじゃなく複数人で。
ご丁寧に地図まで残していた。彼らがこの地にやって来ることができたのだから、抜け道はきっとある。
パックの情報によって抜け道は海からのルートじゃないことは分かった。
山を抜けるルートを模索してみるつもりだけど、危険だと判断したら諦める。
その時はここでずっとサバイバル……いや、スローライフで悠々自適の生活を送ればいい。
幸い、パックという知人もできたから、孤独じゃなくなったものな。
何でも前向きに捉える方が精神衛生上良い。よおっし、何ら問題ない気がしてきたぞ。
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