第3話 廃屋を……それよりなにより「もきゅ」が可愛い

 カピバラが可愛いからと言ってやり過ぎだろ、と思われるかもしれない。

 確かに彼を見ていたら癒される。だけど、俺は何も彼がぶさ可愛いからと言って水と餌を与えたわけじゃない。

 むしろ、打算の気持ちの方が強く、彼に謝りたいくらいだよ。

 自然下で生きている彼なら食べられるものと食べられないものの区別が付くはずと思ったんだよな。

 少なくとも井戸の水とバナナは口に入れても大丈夫そうだ。あくまでカピバラが、になるけど、人間でも腹を壊すかもしれないが死ぬことはないだろ。


「といっても生のままはやはり怖い」


 ここまで歩いて来たので喉は乾いている。

 しかし、脱水症状は出ていないし早急に水を飲む必要はないよな。

 井戸の水はかつてここに住んでいた人が飲んでいたのかもしれないけど、そのまま飲んでいたのか煮沸してから飲んでいたのかはもちろん不明。

 より安全にする手段が残されているかもしれない、更にまだ俺に余裕があるとなれば今はまだ水を我慢するしかあるまいて。

  

「う、うーん」


 ライターを求めて廃屋へ目を向けたものの、折り重なった廃材を見やり腕を組む。

 廃材は風雨でボロボロになり、踏むと更にバラバラになりそうだ。廃材の裏側に変な虫やらもいそうだし、こいつをどけながらとなると大変だよな。

 次なる俺の目的はライターをはじめとした道具の発掘だ。家があったということは鍋だけでなくガスコンロもあるかもしれない。

 いや、ガスコンロがあったとしてもプロパンがないか。インフラが整っていないと動かないものが多すぎる。家電は全てアウトだもん。

 さてと、第一目標のライターだが廃材と廃材の間に挟まってるかもしれないし……となると頼ることができるものには遠慮なく頼ることにしよう。


 廃屋の残った木の壁に両手をつける。


『木材が不足しています。再構成をするには木材を準備してください』

「よっと」


 廃屋の屋内側に回り込み廃材に手を触れつつ壁にも触れた。

 

『木材を消費して、再構成可能です。再構成しますか?』 

「再構成する」

『不必要な素材は消滅します』


 壁がぼんやりと光り、新品の板に変化する。

 なるほど、板一枚単位で修復されるのか。場所によってはまとめて修復かもしれないけど、部位ごとにの方がやりやすそうだ。

 家屋まとめてになると、素材不足なことは確実だし、どれくらい足りないかも分からない。

 再構成は必要な分だけ消費して、消費した素材は消滅する。しかし、再構成するためにどれくらいの素材量が必要なのかは分からないんだよな。

 同じようにして次々に壁に使われている板を再構成して行く。

 壁を再構成し終わると廃材も半分くらいは減っていた。

 壁が修復できたので、階段と二階の床、二階の梁を再構成する。

 

「はあ、はあ……」


 息があがり、背中は汗でびっしょりになっていた。

 階段の修復までは楽だったのだけど、廃材を持って上がらないと再構成できないんだよ。

 素材と再構成する対象の両方に触れなきゃならないので、廃材から離れれば離れるほどしんどくなる。

 中には比較的大きな廃材もあるので一人じゃ運べないものもあった。こういうのは分解して運ぶしかないが手間なんだよな。

 分解しようにも刃物はナタしかないわけで。

 

 一旦手を止めて階段に座り込む。

 残すは屋根だけとなったので廃材も随分と少なくなった。廃材は屋内だけじゃなく屋外にもあるので尚のこと。

 これくらいの量ならライター探しもやりやすいか。

 日がかげってきた気がして、時間を見ると午後23時だった。

 太陽の位置から推測するに、まだ午後15時とかそれくらいだと思う。

 時差は目測で8時間くらいかあ。

 ええと、俺が島(仮)に来たのは午前11時くらいだった記憶だ。これだけ作業をしていて日が暮れないことに気がつくべきだった。

 慎重に行動していたつもりだったけど、抜けが多く今後に不安が募る。


「いや、時間は太陽が示す。暗くなりはじめたら分かるし」

 

 言い訳がましく一人呟き、よっこいせと立ち上がった。

 廃材が激減したため少し見渡しただけで、色々な道具を見つけることができたのだ。調理器具類、ランタン、よくわからない箱、そしてお目当てのライターは無くて……火打ち石らしいものがあったんだ。

 見た目はマッチ箱に近い。マッチ箱の擦る茶色の部分が黒い石になっていて、箱に当たる部分が木製である。

 再構成に素材は必要なく、すぐさま新品にできた。これが火打ち石だとすると、石も近くに転がっているはず。

 

「これでいいか」


 違うかもしれないけど手頃な石があったので確保した。

 ライターではなく古風な火打石を手に入れたわけだが、一人なるほどと納得する。

 ライターのオイルはすぐに尽きてしまう。火打石なら早々ダメになることもないものな。

 以前ここで生活していた人は電気・ガス・水道のインフラが無い上に工業製品の補給もできない中、何かと工夫して暮らしていたようだ。

 島(仮)で自給自足で生きていくためにこの廃屋に残されたものは俺にとって得難いものばかりだろう。

 道具だけじゃなく、自給自足に対する知識も得ることができるのだから。


「日が暮れるまであと三時間やそこらか」


 コップに白湯を入れ口をつけたが熱すぎて待っていたら自然と空を見上げていた。

 時差が8時間ほどとなるとどの辺りなのだろうか? 少なくとも日本ではないことは確定である。

 食材の探索は生きるために必要だ。しかし、大自然が残されているということは危険な生き物もいるということ。

 大型の猛獣のような明らかに危険なものより、小型のものこそ脅威だ。

 疫病を運ぶ虫やらは対処のしようがないけど、毒蛇とかなら対応ができる。


「となると、優先すべきは寝床か」


 はあと大きなため息が出た。

 今日のところは食べずとも水があれば問題ない。それより日が暮れる前に対応すべきは廃屋を家にすることだよな。

 家の中なら多くの外敵から身を護ることができるものな。

 屋根が崩れ落ちた状態じゃせっかくの壁も性能が半減する。雨が降ったらびしょ濡れになるし。

 

「もきゅ」


 水桶から出てこなかったカピバラが鼻をすんすんさせながら、動き始めた。

 鳴き声が妙に可愛らしい。カピバラの鳴き声ってこんなのだっけ?

 俺に対しては警戒心がないのは相変わらずで走るでもなくのそのそと歩き始めた。

 

「もきゅ」


 少し歩いて立ち止まり、首だけをこちらに向けるカピバラ。


「別に礼なんて要らないさ。お互い様ってことで」


 カピバラにとっては水が飲めて感謝しているのかもしれないけど、俺は彼に水とバナナを試してもらったことで安全性を確認することができた。

 「ありがとな」と右手を振るが彼は再度「もきゅ」と鳴き、そこから動こうとしない。

 ついてこいってことかな?

 少しくらいだったら作業に支障は出ない。彼の行動も気になるところだしついて行ってみようか。

 まさかカピバラが罠を張るとは考え辛いから大丈夫だろ。

 

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