第13話 川へ
「待望の川だ!」
『食事だったら海でも良かったんじゃないの?』
「いや、川と海じゃ違うんだ」
と言いつつもパックはさっそく川に飛び込んだ。
川と海は違うと言ったが、喜ぶにはまだ早いぞ。
にやけてしまう顔を引き締めつつ、流れる水を手のひらですくう。
「うん、淡水だ」
「しょっぱくないねー」
先に飛び込んだパックは既に川の水を飲んでいたようだ。
川で海水というのは有り得ないだろと思ったのだが、ここは別世界。だから、川の水を確かめるまで安心できないと思ってね。
海水じゃできないことを小川でやろうと思ってね。
それは、水浴びだああ!
無警戒にも鎧やら全て脱いで川の中へ入る。
深さは予想通り太もも辺りまでだな。これだけの深さがあれば快適に水浴びができるぞ。
シャンプーや石鹸があれば言う事なしだが、体を水で洗い流すだけでもさっぱりする。
川の水はひんやりとしているけど、震えるほどじゃない。
「フェンリルも水浴びする?」
川べりでちょこんとお座りしていた白と黒の大きな熊である自称フェンリルへ呼びかける。
ひょっとして周囲に警戒をしていてくれていたのかも?
呼びかけたらのっしのっしと川に入って来て俺の傍で歩みを止める。
「ありがとう」
「がおー」
彼の巨体は川上側だったので、俺に当たる水流が穏やかになった。
流れは急じゃないからそのままでも問題なかったのだけど、彼の気遣いが嬉しい。
騎乗している時の様子から、彼の知能は熊より遥かに高いと思う。
俺の言葉も理解しているようだし、人間とさほど変わらないほど賢いんじゃないかなってね。
フェンリルはぬぼーっと立ったまま特に動こうとはしなかった。
水浴びしないのかな?
彼を再構成してふわふわの毛には汚れ一つなくなった。特に白い毛は上質の真っ白のベルベットのようで撫でると幸せな気持ちになれる。
それでもここに来るまでに泥や土で汚れているので……まあ、いいか。俺が毎日綺麗にしよう。
ふわふわを保つのだ。俺がふわふわを楽しむために。
「ふう」
一通り汗を流した後、川べりに座り込む。
本来なら服を洗濯するところだが、その必要はない。
着るものを常に清潔に保てる再構成に感謝。
モノが手に入らないサバイバル状態であるが、再構成のおかげで一度手に入れたものは紛失しない限り延々と使い続けるうことができる。
豊富にモノが手に入る街に転移していたら無双できたのになあ。
いや、逆だな。誰もいない場所で幸いだった。
再構成とかいうとんでも能力を持っている身分証もない俺が街中でまともな生活を送れると思えない。
再構成を見られようものなら、越後谷みたいな商人に捕えられ悪い事に利用されることだろう。
何しろ戸籍無しなんだ。日本大使館も無いだろうし、外敵を打ち払う力も無い。
んじゃ、探検して人と会うなんてことはしない方がいいんじゃないかって?
いやいや、そんなことはない。
この調子だと何とか生きていけそうだけど、このままずっとここでサバイバル生活をするのは辛いだろ。
時間経過で元の場所に戻れるのならこのまま暮らす。
だけど、いつ戻れるのか、戻る手段があるのかも分からぬ状況である。
街に住むことは考えていないが、今よりも快適に暮らすための道具もあれば嬉しいし、何より情報が欲しい。
行商人や旅人と一期一会ってのが理想かなあ。
住む場所は再構成した家が安全そうだ。ひょっとしたらとんでもない猛獣が近くにいたりして放棄しなきゃならないかもしれないけど、少なくともこの場所は野盗の心配をせずによい。
人に対して警戒し過ぎかもしれないけど、外国どころか異世界なんだもの。警戒するに越したことはないだろ。
言葉が通じるかも不明なわけで。
「そのうちまあ、何とかなるだろ。魚でもとるかあ」
「がおー」
んーと伸びをして立ち上がるとフェンリル(仮)が元気よく吠える。
相変わらず気の抜ける「がおー」なんだけどね。
彼は俺に先んじて川の中央までのしのし進むと後ろ脚だけで立ち上がった。
そのまま右前脚で水面を叩く。
びしゃ!
と水の跳ねる音と共に魚が俺の足もとに飛んできた。
「お、おおお!」
次は左前脚を振るい、またしても魚が飛んで来る。
すげえ。白と黒の熊のような見た目だったので、魚を獲れるとは思ってなかった!
10匹くらい魚を獲ってもらったところで、「もういいよ」と声をかけると元の位置に戻って来た。
「食べないの?」
フェンリル(仮)が獲ってくれたのでまずは彼にと思ったが、首を横に振るばかり。
「フェンリルは何だったら食べるんだろ」
俺の言葉を聞いた彼はゆっくりと歩き、枝をバシバシした。
ナタで枝を落とし彼の前に置くと、葉っぱをもしゃもしゃし始める。
どの葉っぱでもいいんだろうか? とりあえず俺は彼の食べている姿と葉っぱをスマートフォンで撮影したのだった。
彼は葉だけじゃなく枝もガリガリやっている。
そんな彼に触発されたのか、カモメ姿のパックはピチピチ跳ねる魚を丸のみしていた。
「葉っぱを食べるのに魚を獲ることができるなんて、不思議だ」
首を捻りつつも、彼が魚を獲ってくれたことで食材集めも終わりとなる。
暗くなるまでまだ時間もあるし食べられるものがないか探しつつ家に戻ることにしよう。
運よく果実を発見したが、食べられるのか悩む。
果実はブドウのような濃い紫と茶色の中間のような色をしていて、大きさが拳大くらいだろうか。
ナタで果実を真っ二つにしたら、真っ白の果肉が詰まっていた。
『食べていい?』
カモメ姿のパックが俺の腕にとまり、嘴を伸ばしてくる。
「食べれるのか分からないけど」
『いけるいける。これマンゴスチンってやつだよ。白いところがおいしいんだ』
パックが先に食べてくれるというのなら否はない。
これがマンゴスチンなんだ。聞いたことはあるけど、実際に食べたことはない。
しっかし、パックのやつ、喰い方が汚い……まき散らしすぎだろお。
嘴だから仕方ないのかも。
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