第12話 フェンリル(自称)
熊のような体でお尻をつけて前脚を地面にペタッとすると苦しそうに見えてしまう。
動物園で熊が座っている姿をイメージしてしまって。座ると背筋が真っ直ぐになってそのまま両前脚を伸ばしても地面に着かないじゃないか。
「ついてくるの?」
「がおー」
吠える……と表現していいのか迷うほど気の抜ける声である。
白と黒の毛並みはどこかで見たことのあるような見た目だ。黒い目の周りは黒で耳と前脚と尻尾が黒。
どこからどうみても熊のような生き物にしか見えないのだけど、再構成を実行できてしまった。
「パック……どうしよう」
「兄ちゃんが飼いたいからいいんじゃない?」
「まあいいか。祀られていたくらいだし、どっかに名前が書いてたりしないかな」
「これ?」
「いやそれは俺もパックも読めなかったじゃないか」
「そうだったねー」
宝箱、白と黒の獣以外に石像があったことを覚えているだろうか?
そこに文字が刻まれていたのだけど、見たこともないもので全く理解できなかった。
別の文字かもしれないから、一応白と黒の獣がいた台座の方も調べてみるか。
金属のプレートが台座にはめ込まれていたが、劣化し過ぎて何が描かれていたのかも分からないな。
こんな時は再構成である。
さっそく金属のプレートを新品にしたら銅板だと分かる。
文字が刻まれていたけど、石像のところと同じでやっぱり理解できん。
「うん、予想通りだ」
「もちろん、おいらも読めないぞ」
「仕方ない、よし」
「眩しい!」
スマートフォンを取り出して、銅板を撮影する。
もし信頼できる誰かが出来た時に電源が生きていたら見せてみることにしよう。
ついでに石像の方の文字も撮影しておくことにした。
……。
撮影を始めるとこの部屋そのものも記念に残しておきたいなあと、パックに白と黒の獣に乗ってもらってスマートフォンを構える。
「フェンリル」
「唐突にどうしたのパック?」
「勝手に喋ったんだよお。フェンリルって何のことだか」
「まさか、この獣がパックに?」
「そうなのかなあ?」
「君の名前はフェンリルと言うのか?」
試しに語り掛けてみると、獣はうんうんと頷いたではないか。
いやいや、ご冗談を。
いかな俺でもフェンリルがどういう生き物かは知っているぞ。
フェンリルは馬ほどの大きさの狼だろ。白銀の毛に精悍な顔つきで伝承によっては冷気をつかさどったり、精霊だったりする。
決して熊のような体躯をしているわけはない。
いや……、ひょっとして?
「パック、フェンリルって聞いたことがある?」
「白銀の狼の姿をした聖獣とか、精霊とか聞いたことがあるよ」
「よかった。俺の認識と同じだよ」
「こいつ、フェンリルみたいだよ?」
「いやいや、種族名が熊で名前がフェンリルってだけだろ?」
「兄ちゃんでいうと人間でリュウだよね」
「そそ、白銀の狼とこいつには何ら関係性はない」
内心ホッとした。この世界では白と黒の熊がフェンリルと呼ばれているのかもとおもってさ。
俺のフェンリルに対する幻想は壊されずに済んだ。
ともあれ……。
「フェンリルと名前がついてるなら、フェンリルと呼ぶのがいいよな」
「がおー」
こうして何故か再構成できたフェンリル(自称)が仲間になった。
ちゃんと飼育できるのか不安で仕方ないが、何を食べるのかはそのうち分かるだろ。
「そんじゃま、帰るか。うお」
白と黒の獣……じゃなかったフェンリル(自称)がひょいっと首を動かすとあれよあれよと俺の体が宙を舞う。
そして、ストンと彼の背中に収まった。
「乗せてくれるの?」
「がおー」
◇◇◇
フェンリル(自称)に乗るとあっという間に家まで到着して、釣り道具を持って砂浜まで移動した。
競走馬より速いかもしれない。
一説によるとフェンリルは風のように走るという。
ここまで走ってきてもらったが、息を切らせた様子もなく井戸水を与えてみようとしたがまだ喉も乾いていないらしい。
「海まで来ておいてあれだが、まだまだ時間もあるしちょっと探索をしたいなあと思って、いいかな?」
『いいよー』
祭壇を出てすぐにパックはカモメ形態になっていた。
パックにとっては少年の姿よりカモメの方が自然なんだってさ。
俺にとっては彼の姿がどちらであっても構わない。重要なのは彼が俺と会話できる、と言うことだ。
ずっと一人で誰とも喋らない状態だと辛くなってくる。
謎の転移をしてからすぐに彼に会えたことは幸運以外の何物でもない。
「ええと、北の山の方は危険なんだっけ」
「登って行かなきゃ大丈夫と思うよお」
地図でトカゲが描かれていた辺りだよな、きっと。
ついでにバナナを採集して速度を落とし、ゆっくりと探索を進める。
井戸があるってことはきっと求めているものもあるはずだ。自分で歩くとなれば食材のこともあり中々踏み出せなかったけど、フェンリル(仮)がいるなら話は別だぜ。
すぐにでも行くべし。
浜辺まで10~20分くらいで到達できるし、荷物を持ちながら歩く必要もなくなるからね。
しばらく探索していると期待したざあざあとした音が遠くから聞こえてきた。
ついフェンリル(仮)の速度をあげて進んでしまい、急加速で投げ出されそうになったよ。
気を付けなきゃ。
馬に乗ったことのない俺であったが、フェンリルに意思を伝えると彼は俺の思うように動いてくれるので移動に支障はない。
障害物があっても車と違って意思を持った生物なので避けてくれるし、快適そのものである。
贅沢を言えば革紐か何かを首に巻かせてもらえると姿勢も楽になるんだけどね。贅沢を言ったらダメだ。
くつわみたいなものをつけると不快に感じると思うんだよね。
ザアザアザア。
清涼な湿気が俺の頬を撫でる。
辿りついたのは小川だ。探していたものがこんなにあっさりと見つかって良かったよ。
まさにフェンリル様様である。
小川は川幅7メートルほどとそれほど広くない。流れも緩やかで深さもたぶん一番深いところで太もも程度じゃないかな。
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