第23話 ディスコセア

 水たまりが動く姿は違和感があるってもんじゃないぞ。

 水が流れているのかなと見えるのだけど、一定の大きの塊がズルズルと動くんだ。

 粘性があるのだが、涙型のスライムみたいに立体的な形になっているとまでは言えないので生物には見えねえ。

 暗いからどのような色が付いているのやら。青系であることは分かるが、濃さまでは分からない。

 フェンリル(仮)の灯りはオレンジ色ぽい光なんだよね。


「これを使うの?」

「はい、ご了承頂けますでしょうか?」

「俺のものでもないし、許可をするにも何とも」

「ここに残されているので、使われてないものだと断定してよろしいかと」

「他にも台座の上にはく製が乗っていたのかな?」

「申し訳ありません。他にディスコセアがいたのかどうかは分かりません」


 求めていた答えと異なるけど、他の台座にはく製が乗っていたかいなかったか、はどうしても知りたいことでもない。

 現状、恐らく茶色の毛をした犬のような動物のはく製が一つ残っている。

 ずっと入口が封印されていたし、他に出入り口があったとしてもはく製が持って行かれることもなかった。

 フェンリル(仮)や装備を拝借している現状、このはく製だけここに残しておくってこともないか。


「長い間誰も触れていないようだし、せっかくなら新品にしようか」

「お待ちしております」


 はく製に両手を当て、再構成を実施する。

 一見すると劣化していないように見えても、触れた途端に崩れ落ちることもあるからね。

 よし、これで新品になった。


「完了だよ」

「では、失礼して」

「ちょっとだけ待って」

「承知しました」


 水たまり状のスライムが犬型のはく製に何をしようとしているのかは分かってないけど、待てと言われて素直に言う事を聞いてくれることは好ましい。

 彼? 彼女? は見た目こそおどろおどろしいが、性格がパックと反対に思える。

 お堅い感じで言われたことをキッチリとこなす。

 別にパックが悪いと言っているわけじゃないのであしからず。どちらもそれが個性なんだし、俺にとって居心地が悪いわけじゃないからね。

 さて、スライムの動きを止めたのにはもちろん理由がある。

 白と黒の大きな熊であるフェンリル(仮)を再構成したら動き始めただろ?

 犬の方も再構成したら動くのかもしれないと思ってね。フェンリル(仮)はすぐに動き始めたので、ちょこっとだけ待ってみようとしたわけなのだ。


「動きはない……か」


 犬型のはく製の頭を撫でてみた。

 フワフワしているけど、暖かさはなく開いたままの黒い瞳にも光がともっていない。

 こいつは動きそうにないな。

 

「お待たせ。ええと」

「ディスコセアです。ですが、マスターのお好きなようにお呼びくださると幸いです」

「ディスコセア。俺は小池竜一、よろしくね」

「はい、マスター」

「このはく製、使って大丈夫だよ」

「承知いたしました。では、失礼いたします」


 犬型のはく製にドロリとしたスライムが覆いかぶさる。

 はく製にしみ込んでしまったのか、スライムの姿が消えた。

 すぐにはく製からスライムが出てきて、台座の下に流れていく。すると、流れ落ちたスライムが立体的な形を作っていくじゃないか。

 みるみるうちにスライムは台座の上に乗っている犬型のはく製そっくりになった。

 

「これで走ることができます」

「喋った!」

「先ほどからマスターと会話しておりましたが?」

「そ、そうだね」


 犬のような動物が口をパクパク開いて喋っているんだもの。

 いや、今更か。カモメも喋るし。

 そうだよな、と一人納得していたらまたしてもいつの間にか少年からカモメの姿になったパックが無邪気に口を挟んできた。


『おいら、この動物知ってるよ』

「ん? 見たことがあるの?」

『うん、タヌキだよ。ちょっとだけ大きい気がするけど』

「おお、タヌキっていたんだ」

『いるよお。海の向こうで見たよ』


 大型犬サイズだったが、タヌキであってたのかあ。

 ん、タヌキがいるのなら、こっちもいるんじゃ?

 

「パック、フェンリルを見たことはある?」

『ないよお。フェンリルって寒いところに住むとても強い魔物だって聞いたよ』

「そ、そうか」

『兄ちゃん、前も同じこと聞かなかった?』

「あ、確かに聞いた!」


 物忘れが酷い。

 いやほら、つい過去のことも忘れて聞きたくなっちゃうじゃないか。

 思い出したよ。フェンリルの認識は同じだったってことを。

 フェンリルは白銀の毛並みをした大きな狼である。氷の魔法とか使っちゃうような。

 ぬぼおっとした白と黒の熊ではない。

 まあ、これはこれで可愛いんだけどね。

 

「がおー」


 フェンリル(仮)の頭を撫でたら、気の抜けるような鳴き声で返してきた。


「それじゃあ、探索を再開しようか」

『おー』

「お供いたします」

「がおー」


 旅の仲間が増えてきたが、相変わらず人間は俺だけである。

 この他にも家にある水桶を住処にしているカピバラとか何故か懐いてきた大きな黄色い嘴の鳥とかにも出会っていた。

 あの鳥は階段を降りる時に飛んで行っちゃったんだよな。しかし、何のかんのでまた会う気がする。

 

 一旦、大きな剣が突き刺さった祭壇まで戻り、台座の向こう側に進む。

 だが、台座の向こうはすぐに壁になっていて行き止まりだった。

 他には特に何も無かったので、移動することを決める。


「フェンリル、他に気になるところってあるかな?」

「がお?」

「入ってきたところ以外に出口ってありそう?」

「がおー」


 戻ろうにもフェンリル(仮)がここまで連れてきてくれたので、俺には道が分からん。

 なので彼に聞いてみたら、再びゆっくりと歩きだし、またしても唐突に加速し始めた。


「ディスコセア!」

「はい、ここに」

「良かった。この速度でもついてこれていて」

「平気です。もっと速く走ることも可能です」


 さて、フェンリルはどこに向かっているのか。気の向くまま、どんなところに到着するか楽しみに……ってのんびりするような余裕はない!

 必死でしがみつかないと、またロープに吊られる!

 

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