第24話 なんかいたらしいぞ
「この速度なら振り切れます」
「ん?」
『この速度なら振り切れるって、タヌキが言ってるよ』
「よくわからないけど、安全に進んでくれれば」
タヌキの姿になったディスコセアの言葉が流れる風に遮られて良く聞き取れなかった。
さっきは何とか聞こえたのだけど、速度が速度だけに中々厳しいのだ。
彼女? 彼女としておこうか。声が女性だったから。
彼女の言葉によって祭壇の広間に至るまでフェンリル(仮)が加速した理由が分かった。
途中、危険な何かがあってスピードで振り切ったらしい。
耳のライトでは良く見えなかったのだが、見えていたらパニックになっていたかも。知らぬが仏とはまさにこのこと。
俺の「安全に」という依頼をキッチリ聞いていてくれてたんだな。
「ありがとう」と彼の頭を撫でる。うわあ、手が毛の中に沈み込む。今日は沢山散歩したから洗って綺麗にしてあげなきゃだな。
せっかくの白い毛が黒ずんでしまう。
「がおー」
お、おっと。走ってる最中に頭を撫でたのがまずかったか?
フェンリル(仮)が頭を上にあげ気の抜ける声で吠える。
ぬ、ぬおお。ますます加速してるじゃないかよお!
速度メーターがあるわけじゃないので、時速何キロ出ているのか分からないが、高速道路を走る車よりは遅い。
バイクだって運転手と外を遮るものはなく風がダイレクトに当たるから同じなんじゃないかと思うかもだけど、違う。
フェンリルは四つの脚で走るだろ、対するバイクはタイヤが回転して前に進む。
上下の揺れが全然違うのだ。
「う、ううお」
って言った鼻から上下の揺れで投げ出されそうになった。
フェンリルは四つ足で走る割には揺れが少ないのだけど、揺れるは揺れるんだよねえ。
し、しかし、この揺れは……違う!
急坂を登ってるやつだああ。
ここにきて急坂とは、完全に油断していた。ただの急坂じゃなくグルグル回りながら登っている。
螺旋状の坂道なのか、目が回ってもう分からん。ん、なんだか外が明るいような。
「がおおー」
最後は宙に浮く。
しゅたっと華麗に着地したフェンリルがそこで足を止める。
「ディスコセアはついてこれてるかな」
「はい、ここに」
「目が回りそうだった」
「あなた様のベアはとても優秀ですね。惚れ惚れいたしました!」
「フェンリルっていうらしいよ」
「フェンリル……ですか」
タヌキな姿になったスライムであるディスコセアは無機質な機械音声のように抑揚がない。
声に感情が一切こもっていないのだが、フェンリルに対する受け答えから彼女としても寝耳に水だったのかと感じさせた。
ディスコセアとフェンリル(仮)は同時代の遺物と思っていたのだけど、違うのだろうか。
彼女はフェンリル(仮)のことを「ベア」と呼んでいるしなあ。
いや、同時代でもそれぞれが持っている知識は異なる。ディスコセアは知らなかったとしても、他が知らないとは言えないよね。
「フェンリル、ここは?」
「がおがお」
フェンリルに声をかけても「がおがお」とか「がおー」しか返ってこない。
最初にパックの口を借りて自分の名前を語ることをやってのけたってのに、あれ以来一度も同じことをしていないんだよな。
『ねえ、兄ちゃん。外だよ』
「そうだな、外だな……」
フェンリルと呼ぶべきかに気を取られていて、周囲の確認が後になってしまった。
パックの指摘通り、ここは外だ。理由は一つ、空が見えるから。
空が見えなきゃ洞窟やダンジョンの中で、空が見えたらフィールドである。
間違った認識だとは思うが、深くは考えないことにしているのだ。ははは。
さて、外は外だけどここから人が入ってくるのは中々に困難だと思うぞ。
俺とパックはフェンリル(仮)に乗っていて、彼に寄り添うようにタヌキが並んでいる。
このスペースでもういっぱいいっぱいの広さしかないんだよね、この場所。
僅かなスペースの外は切り立った崖で、足を踏み外すと真っ逆さまに落ちてしまう。
高さはちらっと見ただけだけど、もう股間がきゅっとしてヤバい。落ちたら100メートル以上は落下しそうだよ。
ロッククライミングでここまで登って来るのか、上を確認したがずっと壁が続いている。上から降りるにしても下から登るにしても一筋縄じゃないかない。
興味本位で来るような場所じゃないよなあ。
上からも下からもここに横穴があることなんて確認できないし。
「この分だと他にも抜け穴があるかもしれないな」
『あ、兄ちゃん』
「ん?」
『ここ、縄張り』
「お、おう?」
思い出したようにパックが右の翼を上にあげて教えてくれたけど、何のことだっけ。
んーと首を捻っていると風を切る轟音と共に「グギャアアアア」という吠え声が。
『ほら、来た』
「ちょ! そういうことは早く言ってくれよ!」
『縄張りって言ったじゃない』
「確かに! ぎゃあああ! フェンリル、撤退、撤退!」
トカゲって空を飛ぶのかよおお。
全長はおよそ15メートルとまるで家が飛んでいるかのような巨大さだ。
グリーンメタリックな鱗が太陽の光に反射して目に痛い。コウモリのような翼に大きな頭と俺の頭ほどもある短い前脚に備えたかぎ爪が特徴的である。
あれって、俺の記憶によるとドラゴンとかいう奴じゃないのか?
幸いと言うか何と言うか、あの巨体じゃ出入り口の穴に入ることはできない。
トカゲはずらりと牙の並んだ口を開き、大きく息を吸い込んでいる。喉奥にオレンジ色の光が見えた……。
「フェンリル! 早く!」
「がおー」
事この期に及んでものんびりとした気の抜ける返事をしたフェンリル(仮)がのそのそと向きを変えることなく後ろへ進む。
スリルとかそういうのはいいから!
早く! 早くううううう!
オレンジ色の光が膨らみ、トカゲの口から飛んできた! あれって炎のブレスだよ!
ゴオオオオオオオオオ!
しかし、俺の髪の毛を掠めただけでオレンジ色のブレスは壁にあたり消し飛んだ。
体に感じた熱にぞおおおっと背筋が寒くなる。
「ふ、ふう。ヤバいってもんじゃないぞ」
肩で息をしつつ、ふと思い出したかのようにスマートフォンを取り出す。
腹具合からして結構いい時間だなと思ってさ。暗いところではスマートフォンに限る。
うん、一旦そろそろ戻ることにしようかな。
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