第25話 ライチ

 ドラゴンが来襲する前にスマートフォンで景色を撮影しておいたらよかったなあ、と喉元過ぎれば熱さを忘れる甚だしい俺の脳内であった。

 ぼーっと変なことを考えている間にも地下室ではなくダンジョンだった……をフェンリル(仮)が駆ける。

 ぼーっとしているのはそれだけフェンリル(仮)のことを信頼しているからだって。決して眠いとかそういうわけじゃない。

 寝たら彼の背から落ちてしまうからね。いや、落ちはしないか。ロープがあるからさ。といっても、ロープに引っ張られて「ぐええ」と苦しむことになるので、避けたい。

 脳内で変なことを考えていただけではないぞ。

 一つ分かったことがある。いや、確認できたが正しいか。それはフェンリル(仮)の走る速度だ。

 突如加速したり、いつもの速度になったり、と自動で変化していた。理由はディスコセアが教えてくれた「何やら危険な存在」である。

 フェンリル(仮)は周囲の危険度に応じて走る速度を変えていた。特に指示したわけではないのだけど、彼は一定の速度で走ってくれる。

 その速度を通常の速度と勝手に俺が定義しているに過ぎない。本気を出せばダンジョンの中のように超速で駆けるのだ。

 とまあ、そんなわけで彼に全て任せて俺は乗っているだけ、の方が細かい指示を出すより安全なのである。

 だからと言ってぼーっとしていていいのかは別問題だけど……ダンジョンは暗いし、耳ライトだと肝心の前方は余り見えないからどうにもこうにも。

 

「よおし、到着ー」

「がおー」

「長旅お疲れさまでした」

『楽しかったー』


 それぞれが思い思いの言葉を口にする。なんだかバラバラな気もするけど、問題ない。

 そんなこんなで小川まで戻って来た。

 時刻は勝手に時差を設定したので、俺の中だけの時刻となるが15時半過ぎと言ったところ。随分と長く探検をしたつもりだったが、まだまだ暗くなるまで時間がある。

 ここに来てからネットも仕事もないから時間の流れが遅くなると思いきや、逆だ。

 一日に体験することが濃密過ぎて過呼吸を起こしそうなくらい。

 

「よおし、水浴びをしようぜ……もう飛び込んでる……」


 カモメ姿のパックだけじゃなく、フェンリル(仮)まで既に川に入っているじゃないか。

 こっちは服を着ている分遅いんだぞ。服を着たまま入ってもいいのだけど、それじゃあ体の汚れを落とせないからね。

 

「フェンリル、魚を獲るのは後にしよう、こっちに来てもらえるか」


 バンザイ状態で右前脚を振り下ろそうとしていたフェンリル(仮)に待ったをかける。

 後ろ脚で立ち上がった姿勢からペタンと前脚を付けた彼はのしのしと俺の元に寄って来た。

 よおし、では思う存分洗ってやるからな!

 まずは首元をわしゃわしゃとする。水で濡れたふわふわの毛はペタンとなり、あることを思いつく。

 顔以外を両手でできる限り綺麗に洗い流していく。

 顔だけふわふわで残りがペタンとしているフェンリル(仮)の姿をスマートフォンに納め、悦に浸る。

 うーん、猫ほど極端な体型にはならないんだな。パンダってふわふわな毛をしているけど、肉もどっしりしているからね。

 おっと、フェンリル(仮)だった。

 専用のブラシとかシャンプーがあればもっと綺麗にできるのにな、なんて思いつつフェンリル(仮)の顔も洗う。

 

「がおがお」

「気持ちいいかなー?」

「がおおお」

「そうかそうかー」


 フェンリル(仮)も水浴びが気にいってくれたようで何より。俺も楽しい!


「ディスコセアも洗おうか?」

「わたしは必要ございません。こうすれば、元通りです」


 タヌキがドロリと溶け、水たまりになった。水たまりの色がここで初めて分かる。

 ラメの入った鮮やかな青色だった。子供用のおもちゃにあるキラキラスライム? あんな感じの色である。

 水たまりは再び形を作り始め、タヌキとなった。

 溶ける前に付着していた泥は完全になくなり、ピカピカだ。

 

 ザバア!

 カモメが水中から飛び出して来た。そのまま翼をはためかせ宙を舞い、俺の肩にとまる。

 口には魚を咥えていた。


「すげえ、水中で捕まえたのか」


 コクコクと得意気に頷くパック。さすがのおまぬけパックでもここで嘴を開いたりはしないか。

 魚が落ちちゃうものね。


「がおー」


 パックに触発されたのか俺から離れたフェンリル(仮)がバンザイポーズになり前脚を水面に向け振り下ろす。

 バシャーーン!

 水しぶきが物凄い。力任せ過ぎるだろ!


「確保します」


 水しぶきだけじゃなく魚も数匹宙を舞っていた。

 それに対し水面を駆けるようにタヌキが動き、しゅたっとまとめて口に咥える。五匹くらいは口に入ってるけど、良く入ったな……。

 バシャーン!

 フェンリルが反対側の前脚を振り下ろす。


「そ、その辺でもういいかな」

「がお?」

「これだけあればもういいかなー」

「がおがお」


 獲れた魚はパックに全部食べてもらうとするか。

 俺はほら、干しておいた魚があるだろ。他にもマンゴスチンやヤシなんかの果実もあるしさ。

 コツン。

 岸にあがったところで、何かが降ってきて頭に当たった。

 何だろこれ。何かの果実みたいだけど……オレンジと黄緑が混じったような色でブツブツしている。

 大きさはスモモくらいかな。


「ぐあー」

「お、黄色クチバシじゃないか」


 ダンジョンに入る前に出会った大きな分厚いクチバシの鳥が地面に降り立つ。

 彼がこの果実を落としてくれたのかな?

 

「これ、くれるの?」

「ぐあー」


 黄色いクチバシの鳥が鳴きながら翼をバタバタとさせる。

 何かを俺に伝えたがっているように思えるな。 

 

 ちょうど川を離れようと思っていたので、パンダの頭に乗った黄色いクチバシに導かれ、林の中を進む。

 お、さっきの果実がいっぱいなっている木がある。

 果実のブツブツの皮を剥いてみると透明感のある白い実が顔を出す。

 これって……思わず危険も顧みず白い実を口にした。


「ライチだ」

 

 プルンとした食感と程よい甘さが癖になる。

 何のかんのでフルーツが充実してきたぞ。この調子で野菜も沢山手に入るといいなあ。

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