第26話 キノコ

『うめえー』

「そ、そうか」


 焼いただけの川魚をもりもり食べるパックに内心すまんと思いつつ追加の焼き魚を皿に乗せる。

 川魚って味がなくてさ。

 俺は干した魚を試してみようと、焼けるのを待っている。

 見た目だけはバッチリだ。熱によってじゅわっと汁が浮かんできているのがたまらん。

 醤油もあれば最高なのだけど、果たしてお味は。

 

『お?』

「これも一緒に食べよう」


 干した魚はパックの分もある。この小さな体のどこに入っているのか不思議だけど、彼はとてもよく食べるんだ。

 さて、干し魚をいただくとしよう。

 お、おお。

 ここにきて初めて魚がおいしいと思った! 魚を干すと自然に味がつくのか。ただの塩味じゃなくて深みがあるというか、うまく表現できないけど、シンプルにおいしい。


『なかなかいけるね』

「一日待てば、こんなにおいしくなるんだな」


 俺とパックだけでワイワイしているが、他のみんなも各々食事をしている。

 フェンリル(仮)は枝をカジカジしているし、黄色いクチバシはマンゴスチンとライチをぐばぐば突っついていた。

 カピバラはニンジンをもそもそしている。

 あれ、一人足りない。

 

『どうしたのー?』

「ディスコセアがいないなと思って」

『タヌキだっけ』

「そそ。彼女なら離れても大丈夫そうだけど」


 俺じゃあるまいし、迷って戻ってこれないってことはなさそうだよな。

 彼女は俺たちの中で一番しっかりしていそうだし、戻って来れないのなら勝手に離れたりしないはず。

 と会話していたらちょうどいいところにタヌキがひょっこりと顔を出す。

 

「マスター、勝手に離籍し失礼いたしました」

「いや、全然。俺が自由にしていてね、って言ったんだし」

「これでしたらマスターの栄養補給に使えるのではないかと」

「キノコかな」


 探検セットの網に色とりどりのキノコが入っていた。

 持ち物は自由に使っていいよ、と言っていたので彼女が網を持ち出したことは問題ではない。むしろ、自分の判断で使ってくれていることは歓迎だよ。

 それよりも、タヌキの姿で網を口に咥えているのに喋ることができる方が気になる。

 せっかくディスコセアが採集してきてくれたので、見てみるとしよう。

 鮮やかなオレンジ色に白の水玉模様なしいたけを大きくしたようなキノコ、マイタケのような形をした薄黄色のキノコ。

 エノキのようなキノコであるがカラーが青色とか。こう、見たことのあるような形をしているけど色が全然違う。


「す、すごい色。こんなキノコ見かけたかなあ」

「わたしの足でマスターが食事をとっている間に行って、接種して、採集してもどってくるくらいの距離です」

「接種? 食べるってことかな」

「稼働するためにエネルギーが必要です。ですので、キノコを摂取します」


 うん、食べる、で合ってるな。接種って聞きなれない表現だったのでつい聞いてしまった。

 俺とは生まれた世界が違うだけじゃなく、種としてもまるで異なるから認識違いは常に生まれる。

 一番近いのがパックなのだろうけど、それでも相当俺と異なるからね。

 聞いたついでにもう少し彼女に質問してみようかな。


「ディスコセアが接種するものはキノコ類だけなのかな?」

「キノコに似たものも接種できます」

「コケとか? もし接種できるものを見かけたら教えて欲しい」

「承知いたしました」


 ペコリと頭を下げるタヌキが愛らし過ぎて思わず撫でたくなるのをグッと堪える。

 いや、別に我慢しなくてもいいのではないか? よかろう、よかろうて。

 謎の脳内テンションの求めるままにその場でしゃがみ、タヌキの頭を撫でる。

 思ったよりタヌキが大きくてしゃがむと頭の上に手を乗せるのがしんどかったのはご愛敬。

 

「あ、つい。ごめん」

「いえ、不快ではありません」


 頭を撫でただけじゃなくふさふさの襟までわしゃわしゃしてしまったのだが、彼女は微動だにせず目を閉じたり喉を鳴らしたりもしなかった。

 グルルというお怒りの喉鳴りもなかったのだけど、態度からして気分を害してしまったのかと思ったのだ。

 俺を気遣っての言葉なのかとも考えたが、どう続けたか良いものか迷っているとディスコセアから口を開く。

 

「マスターの行動が理解できなかったのです。どのように反応すべきか分からず、反応をかえすことができませんでした」

「あ、そうか。ディスコセアは元々ふわふわのタヌキじゃないものな」

「モデルとなったはく製の頭部であることは分かります。ですが、頭を撫でるという行動はマスターに注意されているのか、賞賛されているのか判断がつきません」

「キノコを俺の分までとってきてくれたから、『ありがとう』の意味を込めてだったんだよ」

「そうでしたか。勝手な判断でマスターにご迷惑をおかけしたと後悔しておりました。喜んでいただけて何よりです」

「本当は今すぐ食べてみたいんだけど、さっき食べたばかりだからさ」


 いろいろ内心と違うことを言ってしまったが、嘘ではない。

 キノコに感謝する気持ちも今すぐキノコを食べられないってのも本当だ。

 だけど、正直、このカラフルキノコを口にするには相当な勇気が必要である。

 口に入れるものに関してこれまで最低限のチェックはしてきたんだよな。カピバラとかパックとかが先に食べてくれたりしたしさ。

 熱すればだいたい大丈夫という謎の認識を持つ俺であるが、キノコはなあ。

 

『兄ちゃん、それ、食べないの?』

「まだ満腹じゃないの?」

『食べようと思ったらまだいけるよお』

「カモメの姿になるのは省エネとか言ってなかったっけ……」

『省エネ?』

「食べる量を少なくできるってことだよ。体が小さいから」

『うんー。でも、食べることはできるんだ』


 要約すると、生きていくためのエネルギーは節約できるが食べる分には底なしに食べることができるってことか。

 底なしは言い過ぎかもしれないけど、少年の姿の時と同じくらいは胃の中に入りそうだよな。 

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