第22話 スライム

 巨大な扉をくぐって中へと進む。

 左右に大理石の台座があるが、上には何も乗っていない。

 台座が真っ直ぐにいくつも連なっていて道のようになっている。

 

「フェンリル、台座の方を照らせるか」

「がおー」


 フェンリルが首をあげると並んだ台座がよく見えた。

 元々彼の上に乗っているから俺の目線が高く、見上げずとも見渡せるのが楽だ。


「ん」


 連なる台座に一体だけ何かの像が乗っているのが見えた。

 慎重に台座で作られた道を進み、像の前まで到達する。

 像はフサフサした獣だった。フェンリルと同じく精巧なはく製のようで、毛の色はハッキリわからないもののこの形は見たことがある。

 犬に似た体躯をしていて、フサフサした襟、大きい丸い鼻、目の周りが他と比べて暗色で少し垂れているようになっていた。

 四つの脚は半ばから毛が短くなっていて、脚が細いと錯覚する。

 これって、あの動物だよな。だけど、俺の知っているあの動物より二回りくらいは大きい。

 大型犬くらいのサイズがあるぞ。

 フェンリルに台座を照らしてもらったら、文字が刻まれているのが確認できた。


「読めねえ」

『おいらもー』


 安定の解読不能である。

 なら照らすなよって話だが、一応確認しておきたくてね。

 続いて他の台座もいくつか見てみたが、同じように文字が刻まれていた。

 しかし、文字の長さが全部異なるので元は他の動物のはく製が台座に乗っかっていたのかもしれない。

 

『こいつも動くようになるのかなー』

「どうだろう。動いたとしてフェンリルのように大人しいとは限らないんだよなあ」

「がおー」


 褒められたと感じ取ったのか、フェンリル(仮)が得意気に吠える。

 相変わらず気の抜けるような声で。


「道がまだ続いているし、ある程度周りを見てから考えようか」

『分かったー』


 台座は全部で100以上はあると思う。

 元々は台座全てにはく製が乗っかっていたのかな?

 この広場の台座はフェンリル(仮)がいた地下室よりと同じくらい年季が入ってそうだ。

 彼が祀られていた台座と同じく、ここの台座も風化による影響をほぼ受けていない。

 比較的綺麗に保たれているのは科学技術ではなく別の何かだろうなあ。まるで皆目見当がつかないや。

 台座の道はすぐに途切れ、円形に配置されていた。

 円形の中央にひときわ大きな円形の祭壇があって、巨大な剣が突き刺さっている。

 剣は儀礼的なものだろうな。横幅2メートル、高さが5メートルくらいあるんだもの。


「ん、これは」

『宝箱じゃない!?』


 剣の突き刺さっている根本に両手に収まるほどの箱が置いてあった。

 剣の大きさの割に箱が小さい……。何だかあからさまに怪しんだよな、この箱。


「うーん、動かないよおー」

「ちょ!」


 怖いもの知らずのパックがいつの間にかカモメ姿から少年の姿になって「うんしょ」と箱を引っ張っていた。

 ん、この箱ってさ、蓋を開けて中にお宝でも入っているのかと勘ぐったけど、違うんじゃ?

 いやほらさ、剣の大きさと比べて宝箱にしたら余りに小さくないか?

 これは箱じゃなくて……。

 危ないと恐れる気持ちより興味が勝ってしまった。

 パックと交代して箱をしかと掴み、引っ張るのではなく横に押してみる。

 すると、思いのほかスムーズに箱がスライドして一回転した。

 ……。

 …………。

 何も起こらない。

 いや、箱を握った手に湿り気が。

 

『必要材料なし。そのまま再構成可能です。再構成しますか?』 

「え?」


 思わぬところで突如「再構成」の脳内メッセージが浮かび変な声が出た。


『必要材料なし。そのまま再構成可能です。再構成しますか?』

 

 手に何か引っ付いたのか? それを再構成しようとしている?

 箱から手を離してみたが、湿り気は消えない。

 どこかで手を洗うか布でぬぐわなきゃ取れそうにないな。湿り気は粘性があって、簡単に取れそうにはない。


『必要材料なし。そのまま再構成可能です。再構成しますか?』


 両手で振れていると、再構成メッセージが出続ける……。

 

『必要材料なし。そのまま再構成可能です。再構成しますか?』

「し、しつこい。再構成する」

『不必要な素材は消滅します』 


 手と箱の周囲が光り、再構成が完了した。

 

「マスター、ご用命を」

「え? 何々?」

「マスター、ご用命はございませんか?」

「え、えっと……」


 声だけが聞こえてきて、マスターと呼びかける主の姿が見えない。

 声は無機質な女性の声とでも言えばいいのか。音声案内をしてくれる声? に近い。

 だがいかんせん、声の主がいないのだ。


「マスター、わたしのことをご存知ありませんか?」

「う、うん……」

「そうでしたか、失礼いたしました。わたしはディスコセア。あなた様がわたしを動けるようにしてくださったのです」

「君の声しか聞こえてないんだ。姿を見せてもらえるかな?」

「マスター。わたしは先ほどからここに」

「ん、え?」


 声は箱の方から聞こえてきている。

 いや、聞こえてくる方向なら最初から分かっていた。だけど、俺の認識と余りにかけ離れていたので、まさか喋りかけてくるなんて思いもよらなかったんだよ。

 声を出していたのは箱の下に出来た水たまりだった。

 スライムってやつの一種だと思う。スライムと言えば涙型を想像する人が殆どだろう。俺もだよ。

 だけど、こいつは涙型じゃなくてドロリとした平面的なやつだった。

 粘性を持った水たまりなスライム……可愛さの欠片もないぜ。

 いやまあ、可愛さを求めているわけじゃないのだが……これまでの仲間がもふもふしていたり、少年だったりしたから気になっただけだ。

 

「わたしはあなたの剣となり、盾となることが望みです。マスター。ご用命を」

「ご用命と言われても、特にないよ」

「承知いたしました。控えておきます。何かございましたらご用命ください」

「う、うーん。フェンリルに乗っても垂れてきて落ちそうだよな……」

「お心遣いありがとうございます。あちらを使わせていただいてもよろしいでしょうか?」

「あちらって?」


 あちらとはどこなんだろう?

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