第20話 プログレス

 イバラヒメ討伐時のマナエクスプロージョンから二週間が経とうとしている。

 都市を保護していたバリアの復旧率=再稼働率は未だに六十パーセントであり、とくにイバラヒメがいた東部の方面に展開していたバリアの機能が不十分だ。それに対して私たち五人を含む数個のトループが担当している西部はすっかり落ち着きを取り戻しつつあった。


 午前中に小型ストレンジャーの群れを掃討した私たちは仮拠点に戻って比較的穏やかな午後を過ごしていた。

 戻ってきたなりにクラウディアさんは「少し休みます」と言って個室にこもり、深月さんは私たち二人に割り当てられた部屋でしばらく私の膝を枕に横になっていたが「これ、眠れないわね」と言って結局、自分のベッドで仮眠をとっている。

 私はというと、疲労はあるものの、目は冴えており深月さんの眠りを妨げないようにトループ・ロビー(仮)に足を運んだのだった。素敵な寝顔をずっと眺めていてもよかったけれどね。


 ロビーでしばし一人きりでぼんやりしていると、逢坂姉妹が入ってきた。

 自然と話題は今後の作戦、私たちの動きに関するものになる。


「こっちは元々の保護水準まで持ち直すのが時間の問題なので、この建物とはもう少しでおさらばですね」


 私がそう言うと二人とも同意してくれた。

 きっとあと数日のうちにだ。名残惜しくはならない。今やシアター、それがたとえ研究棟の訓練室であっても恋しく感じる状況である。


「出されるのは、単なる撤収指令ではなく配置換えの指示だと思うわ」

「東部ですね」

「そうよ。まともに休息をとっていないはずの、アクトレスたちの応援に向かわないといけないわね」


 涼音さんがきりっとした顔でそう口にした。大柄な彼女の膝に小柄な芽瑠ちゃんを乗せながら。そして頭を撫でてまでいる。芽瑠さんも満更でない様子だ。


 最初の数日こそ、私たちの前でべたべたする姿を見せなかった姉妹だったが、防衛戦が長引くうちにその距離は気づけばほとんど常にゼロだった。

 ちなみに逢坂姉妹は私たちとは違って、その髪はどちらも黒。涼音さんはストレートのロングヘアで、芽瑠さんはワンレンボブ。髪色もそうだが二人とも顔立ちや仕草に大和撫子の雰囲気がある。


「そうですね……。できることなら、この五人のままで作戦を継続したいです。約二週間して、やっと皆さんの動きが見えてきたと言いますか……って、すみません。生意気なことを」

「胸を張りなさいな、風花ちゃん」

「え?」

「私たちのうちで最年少ながら最も戦術指揮に適性があるわ。そのことはこの期間で実感として知っていること。そうよね、芽瑠」

「うん。ふーかの指示は明確で動きやすい。それでもう少しふーか自身の≪神託≫の使い方が巧みだったら言うことなし」

「こらこら」


 涼音さんが、むにっと芽瑠さんの頬をつねる。よく伸びるなぁ。「いひゃい」って言う芽瑠さんも可愛い。


「前にも話したとおり、私は後衛として、いくつものトループで任務に参加した経験があるわ。それに基づいても、風花ちゃんの状況把握能力とそれに応じた戦術立案能力はとても三か月の新人には思えない。実はこっちで登録する前に他所で任務に当たっていた経験があるのかしら? 秘密裏に」

「あの胡散臭くて有名な博士のもとにいるアクトレスだからありそうって、お姉ちゃんが前に言っていた」

「それ、今はわざわざ言わなくていいの」


 芽瑠さんの、今度はさっきと反対側の頬をつねる涼音さん。「ひゃい」と嬉しそうな顔で応じる芽瑠さん。私は何を見せられているんだ。可愛いからいいけれども。


「そんなことありませんよ。ただ、もしかしたら――――」

「もしかしたら?」


 思い当たる節が二つある。自分の戦場での能力について。


 一つは転生前のゲーム知識。専らそれのおかげで対応できているのだと最近までは考えていた。この指揮能力はある意味で、一種のチートスキルなのだと。

 しかしそれでは説明がつかない「感覚」が増えてきている。ストレンジャーたちの動きが読めるのだ。一から十までではないが、確かに察知できている自分がいる。

 そのことはハルモニアが手に、いや、身体全体に馴染んできている事実と無関係と思えない。


 ようするにこういうことだと推測できる

 ストレンジャーの一部を移植されて生き長らえている私は、その特異性を活用した武器を持たされ、それで戦い続けるうちに奴らに、より近い存在になってきている。だからこそ奴らの動きが予測可能となり、それを念頭にした指揮ができるのだと。これが二つ目。


 とはいえ早計かもしれない。もっと普通のアクトレスとしての成長の線で捉えることもできるはずだ。三つ目の心当たり。たとえば……。


SRスペシャルロールが覚醒しそうなのかもって」


 私は転生のことも細胞移植のことも隠して、涼音さんにそう言った。すると彼女は興味深げにじっと見つめてきてから、微笑んだ。


「その可能性は十分にあると思うわ」

「ふーかはマナクラスが低い分、発現の可能性も低いけどね」

「芽瑠! 次に余計なことを言ったらその口を塞ぐわよ」


 どう塞ぐのか見てみたい気もする。


 こほん、と涼音さんは咳払いを一つ挟んでいっそう生真面目なトーンで話し始める。


「勉強熱心な風花ちゃんだから知っているわよね、イバラヒメ討伐でも活躍した鷹の目隊には、私と同じ【イネヴィタブル】や、クラウディアさんの【エクスサイト】の上位互換とも言えるSRの所持者がいるのを。一人は先の戦いで亡くなってしまったけれど……」

「ええ、いちおうは」


 任務の合間、積極的に端末でシアター所属のアクトレスおよびトループの情報を追っているのだ。もちろん、一番の目的は私たちの戦闘に役立てるためだ。そしてもう一つ挙げるなら、クラウディアさんの古巣である黒百合ノ会のように、なかなか内情を有しているトループがあるかの調査も目的としてある。我ながら、ほんといい趣味している。……その手のゴシップでも追っていないと、肩に力が入ってしかたがない日々なので、一種の自己療法だと開き直っている。


 ちなみに涼音さんのSRである【イネヴィタブル】は文字通り、不可避の遠距離攻撃を可能にする能力で、ガンモードに特化している他のアクトレスが索敵系統以外でほしがるSRの代表ともいえる。

 起こる現象を簡単に説明すると、超高性能の自動追従マナ弾頭を放つというものだ。敏捷性に長けたストレンジャーを相手に行使して相手の動きを鈍らせることで、仕留め切れずとも、前衛アクトレスが攻撃を与える隙を作れる。実際、ここまでの防衛戦の中でそんなふうに使用した場面も少なくない。


「風花ちゃんがSRを覚醒させるなら、そうした索敵系統、あるいは支援系統になるでしょうね。深月さんの【クレセントフレア】のような一定以上のマナの質と量が要求されるSRは……残念ながら現実的ではないわ」

「ええ、わかっています」

「でしょうね。だとしたら、もし今後、六人以上のトループで行動する場合には、前衛ではなく中衛として戦うのを視野に入れておくべきだわ」

「なるほど。司令塔として動くならそのほうが良さそうですね。アドバイス、ありがとうございます」

「どういたしまして。せっかくだからこのエリアでの残りの戦闘で、いろいろ試してみるといいわ。当然、あの二人にも話を通したうえでね」

「ふーか、あの妙な≪神託≫の調整も忘れずにだよ!」

「は、はい」

「メンテナンスは芽瑠がしてくれているでしょう?」

「できることはしているけど、あれはよくわかんないから」


 メカニックを兼ねている芽瑠さんは、ハルモニアに取り付けられている機構の詳細を察しているのだろうか。「雨晴博士のチームが製造したMCS(マナコンバートシステム)の試作機です」と説明した時は「えっ、うっそだぁ」と言われたのを覚えている。

 私の特別なマナあってこそ発揮する機構だとは補足しておいたが、それで納得してくれたのかは怪しい。


 


 任務開始から十六日後、ついにシアターを離れての西部遠征の終了が本部から通達された。保護バリアの修復も九十パーセントに達し、東部戦線も数日中に収束するとのことだった。ゆえに私たち五名は東部への配置ではなくシアターへの帰還が命じられ、クラウディアさんは小躍りして喜んでいた。

 

 そんなこんなでシアターに到着した直後、メノウからの呼び出しがあった。しかも私たち五人全員だ。平然としているのは深月さんぐらいだった。悪い予感しかしない。あの人が私たちを労うためだけに呼ぶわけがない。


 研究室に赴くと、メノウ、枢木さん、そしてもう一人知った顔があった。


「――――未理さん、お久しぶりです」


 鬼灯未理ヒロインがそこにいた。

 心なしか左目の橙色が濃くなっている。その顔つきから、何度も死線を潜り抜けたのがうかがえる。それでいて美人ぶりに磨きがかかっているのだった。そして、話には聞いていたが、着ている制服も変わっている。対イバラヒメ用に工房が開発したという戦闘服だ。なんかマントついているぞ。

 私たちが着ている服が、転生前の現代日本の高校生の制服にもギリギリ見えたのに対して、未理さんが着ているそれはアニメや漫画キャラならではの雰囲気丸出しだ。かえって動きにくいと思う。しかも赤黒ベースの私たちと異なり、白ベースというのも汚れが目立ちそうだ。

 でも美少女の未理さんが着こむと、そういう文句を言うのが馬鹿らしくなる。最高にイケているってやつだ。


 それはそれとして彼女には悪いが、ますますきな臭いな。彼女がいるということは、何かが起ころうとしている。あるいはもう起きているのだ。やっと事態が収まろうとしているこのタイミングで。

 

 座っていた未理さんは立ち上がって私に微笑みかけてくれる。


「うん、久しぶり。ええと……」

「アステリアの鬼灯さんですよね」


 未理さんが私以外の人たち、厳密には深月さんとも面識があるので残りの三名を見やって、自己紹介をしようとしたが、クラウディアさんが先に確認した。


「はい、そのとおりです」

「アイラの仇をとっていただき、ありがとうございました」


 深々と。クラウディアさんは頭を下げた。

 六条アイラ。私とたった数時間だけ一ノ瀬隊で同じだったアクトレス。私は会話一つできないまま死別してしまった。そして彼女はクラウディアさんのルームメイトであった。私はクラウディアさんから多くは聞いていない。わかるのは、たとえトループが違っても二人は確かな友情を育んでいたということだけだ。

 

「例のディザスタークラスのストレンジャーとの戦闘に臨んだアクトレスの一人として、あなたのことを知らない者などいません」


 言葉を探す未理さんにクラウディアさんがそう笑いかける。逢坂姉妹も肯いている。そして私からも遅ればせながらイバラヒメの件を話そうとした、その矢先に深月さんが切り出す。


「問題はなぜここにいるのか、ね。そして私たちもまたなぜ呼ばれたのか。どうにも穏やかじゃない事情がある気配だわ。話して、メノウ」


 その美しい銀髪をそっと手で梳く姿に見とれてしまい、私は口を噤むと、メノウに視線をやった。

 

 メノウは私たちにも椅子に腰かけるよう促す。私たちはそれに従う。

 そしてメノウが枢木さんに合図をすると、大きなディスプレイに画像が映し出される。

 

「バトルスーツを着たアクトレス……?」


 そんな感想を漏らしたのは芽瑠さんだった。

 

 たしかにその画像は一見すると、ごてごてとした金属質の衣装を纏った人間だった。

 体型からすると女性。横顔しかうかがえないがマスクをつけている。どこかの部屋の中で撮られたものではない。宙に浮いている写真。まるで空を移動している姿を遠方から撮影したような。


 よくよく観察すると、それを人間と呼ぶのは間違っている心地になってきた。

 

「ひょっとして人型ストレンジャーなの?」


 その深月さんの台詞で私たちの間に戸惑いと緊張が走る。そしてその直後にメノウが放った言葉が私たちを戦慄させる。


「あたりよ、深月。これは、いえ、このストレンジャーこそが――――イバラヒメよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る