第5話 アンコール

 秋奈さんといっしょに高台から、ひらりと飛び降りる。そして春香さんたち五人が戦闘している方面へとマナを使ってダッシュし、距離を縮めた。

 五十メートルだった間合いが十五メートルほどにもなると、アクトレスたちの戦いぶりも細部まで見えるようになる。彼女たちは近接武器を操り、一メートルかそこらの間合いで戦っている。見聞きするすべて、それに流れる時間だって今の私とは異なりそうだ。

 

 秋奈さんがトンっと私の肩を叩く。


「≪神託オラクル≫はいつでも使えるようにしていてくださいね。標的にならないよう、動きながら援護射撃に移ります。離れずついてきてください」

「は、はいっ!」

「大丈夫です、そうスピードは出しませんから」


 そうして私は秋奈さんについて回りながら、残りのヤヌアールを狩る少女たちを観察した。それに秋奈さんも。彼女はほとんど後衛専門というだけあって、距離が変わってなおその狙撃術は巧みだ。

 フレンドリーファイアなんてありえない。的確に味方のフォローをしている。養成機関で近接戦闘術を学ぶことに比重が置かれていた私としては、こちらも勉強になる戦い方だった。


 ほどなくして春香さんと小夏さんの二人が担当していた個体の動きがなくなる。討伐完了だ。その直後に実花さんたち側の担当だった個体もキュゥーと断末魔の叫びをあげ、倒れた。これにて応援要請任務の達成かな。


 一部の例外的なストレンジャーを除き、その死骸はしばらくそのまま残った後、勝手に溶けていく。どろりとではなくさらりと。

 オトハザでは、他の狩りゲーでよくある現地で敵から直接的に素材を収集するシステムがない。報酬は素材含めてリザルト画面での受け取りだ。今の私からすると、怪物を解体したり、肉骨をはぎ取ったりしなくていいのは助かる。

 

 ちなみに世界各地のシアターと提携している研究機関のひとつでは、死んで間もないストレンジャーの素材を科学技術で保存し、それを加工してあれこれ造っていると聞く。

 もはやお約束だが、そうした研究機関にはきな臭い噂が絶えずあり、必ずしもアクトレスたちの味方ではない。

 事実、四作目では敵対関係となるシナリオもあった。人間同士で争っている場合ではないはずなのにね。


 戦闘が終了すると、自然と春香さんを中心に七人は集まった。


「無鉄砲な新入りでなくてよかったわ」


 小夏さんがその双剣型の≪神託≫を持ったまま腕を器用に組み、肩をすくめた。皆の視線がスッと私に向けられる。


「風花、初めての実戦の空気はどうだった?」


 笑いかけてくる春香さんに私は曖昧な笑みを返すと≪神託≫を握る自分の右腕を見やった。震えは止まっている。そこには今、殺意も恐怖も込められていない。こうして敵の気配が失せ、無傷の女の子たちを前にするとそういった感情は萎える。

 私は意識して≪神託≫をぐっと握り直すと春香さんを見据えた。


「近いうちに戦闘に参加させてください」

「当然だよ」


 即答だった。


「今日から君はうちのトループの一員なんだからさ。戦闘をはじめとして、おしゃべりやお茶会、街での買い物、飲み食いや大浴場での裸の付き合いだって。大切な仲間であり友人として交流していくつもりだよ」

「春香さま! は、ははは裸の付き合いだなんて! 破廉恥ですわ! それはわたくしのような間柄とのみ許される親密な交わりでして……」

「実花は黙っていなさいよ。たかが半年の付き合いで笑わせてくれるわ」

「ふっ。小夏さん、お言葉ですが過ごした時間の長さよりも内容が肝要ですの。わたくしはこれまで春香さまと死線を何度も潜り抜けましてよ」

「それは七園サン以外の一ノ瀬隊のみんながそうじゃないノ?」

「アイラさん、それを言うのは野暮というものです。あっ。冬ちゃんったら、欠伸はダメよ。シアターに帰るまでがストレンジャー退治。警戒を怠らないように」


 和気あいあいとしたやりとりだった。怪物たちを相手に刃を振るったばかりとは思えない。これもまたアクトレスの日常の一部、つまりこれからの私たちの日常の一部なのだと思うと緊張感が和らいだ。


「ああ、そうだ。シアターに報告しないとね。任務は無事に――――っと、どうやらアンコールのようだ」


 春香さんは取り出した携帯端末をさっとしまい、地面に突き刺していたバスターブレイドを引っこ抜いた。その視線は他のメンバーの誰とも合っていない。

 彼女の視線の先、目測四十メートル向こうの鬱蒼とした場所から出てきて、こちらへと近づいてくるのは……。


「あれはオーガラットンの群れね。十体はいますわ」

「ちょうどいいわ、暴れ足りなかったから」


 とくに驚きもせずに言う実花さんに小夏さんも平然と応じる。


 オーガラットンは小型ストレンジャーで、足の長いメカハムスターである。例によって機械っぽい外観で大型犬と比べて二回りも三回りも大きく、動きはそれほど速くない。

 オトハザシリーズには、たしか二作目から雑魚敵として登場していたはずだ。はっきり言って可愛くない。せめて瞳がつぶらだったらいいのに、獰猛な獣そのものをしているのだった。


 ……おかしいな。


「あの、妙じゃないですか。オーガラットンの視覚や嗅覚、それに聴覚だってそれほど高くないはずなのに、どうして私たちに一目散に向かってきているんですか」


 私は七園風花として学んだ知識を頼りに言う。

 奴らはこの距離で私たちを視認できないはずであるし、ヤヌアールと私たちアクトレスとの戦闘を聞きつけるたり嗅ぎ付けるたりもできないはずだ。


「風花の疑問はもっともだね。考えられるとすれば、何かに追い立てられてこっちに来ているっていう線かな」

 

 そんなふうに春香さんが分析している間にも群れはこちらへと向かってきている。


「秋奈、実花! 私の合図で、ガンモードで群れの先頭に射撃を開始! 敵の行進が止まったところに正面から私と小夏で向かう。右側方から冬子、左からはアイラ、お願い。いいね?」


 春香さんの命令に「了解」と声が揃う。私以外の。緩んでいた空気が一気に張りつめて、私はつい≪神託≫を構えていた。そんな私を春香さんが見る。その目が「いけるか?」と訊いている。私は肯いた。


「よし。風花、打ち漏らしが出たら君に任せよう」

「はい!」


 さっきの「近いうち」が「このあとすぐ」になった瞬間だった。


「秋奈は、敵の陣形崩壊後は風花のサポートに徹してくれ。実花は他の子を頼む」

「了解ですわ!」

「ええ、わかりました」

「戦況に変化があればまた指示を出す。作戦開始!」


 号令とほぼ同時に秋奈さんと実花さんが、二十メートル足らずのポイントまで近づいていた群れの先頭へと、マナ弾薬を浴びせる。それによって群れの進行は乱れ、散り散りになる。身も蓋もない話をすれば、このままガンモードだけでもオーガラットンなら撃破していくことは可能だ。

 しかしそこは作戦通りに、春夏コンビが真っ向から突撃していく。同時にアイラさんと冬子さんが動き出していた。


 私は目で数える。処理しなければならない敵の正確な数を。十四体、いや、たった今十二体となった。そして群れが出てきた場所を改めて望む。しかし、茂みの向こう側は見えない。

 

 来た――――アイラさんが相手をしていた一体がその剣から逃れ、私のいる方向へと。秋奈さんがそれを撃ち殺すより先に、私はその個体にほとんど真正面から近づいた。

 不思議と恐れがない。

 七園風花としての意識がそのメカハムスターを獲物として捉えている。前世の世界を物差しにすれば明らかに生命体であるにもかかわらずだ。

 私はその金属質の身に躊躇いなくマナを纏わせた刃を滑らせる。

 そうだ、力いっぱいに突き刺すようにではなく、するりと。相手のに刃が確かに触れたと感じた瞬間にマナを鋭く増幅させて細胞組織を焼き切る、そんなイメージをこれまでの特訓でしてきた。

 クラスDの限られたマナであるからこそ、その使い方は人一倍丹念かつ最大効率を目指さねばならない。

 無論、今はまだ理想だ。やはり模擬戦とは違う。


 胴体部分にまず一撃。そして異様に長く太い後ろ脚を刈り取るように二撃目。バランスを失ったところに、顎の下を撫でるように三手目の斬撃。油断せずに胴体へともう一撃を加えた。

 結果、オーガラットン一体を屠るのに四手かけた。幸い、相手の動きは鈍る一方でしかも攻撃的な態度ではなく逃走に徹していたのもあって、反撃は受けなかった。


 引き続き、警戒にあたる。

 私が一体と戦闘している間にも仲間たちは次々に群れの数を減らしていた。残り五体。既に群れとは呼べない状況だ。

 わざと逃したのか、小夏さんがいる方向から一体がよろよろとこっちへ向かってきた。すぐ近くまで来た時に鋼鉄の牙を剥き出しにして威嚇してくる。そこをどけ、さもなくば噛みつくぞといったふうに。

 

 私は容赦なくその口内にロングブレイドを突き刺し、仕留める。うっ。内部構造が表面より柔らかいので好機と思って刺したのはいいが、引っこ抜くのに少々手間取った。複数の個体を同時に応戦していたらまずかったな。

 



 その後、私が三体目を相手することなくアンコールが終了した。オトハザシリーズでは、討伐数を自慢するキャラもいたが、一ノ瀬隊にそういう人はいないみたい。

 

「支援は不要でしたね」

「……やるじゃん」


 秋奈さんが近寄ってきて微笑みかけてくれ、その背後からひょこっと姿を見せた冬子さんも褒めてくれた。

 

「秋奈の顔から察するに、悪くない戦いぶりだったのね」


 いつの間にか小夏さんも傍に立っていた。いや、小柄だったから見逃したわけじゃない……はず。


「あれ? 小夏だって、戦闘中に風花のほうをチラチラ見ていなかった?」


 耳がいいのか小夏さんの声の通りがよすぎるのか、春香さんが少し離れた場所からこっちに来てそう言った。


「ふんっ。かまをかけようたって、そうはいかないわよ。今のが本当なら春香こそ戦闘中なのに私を見ていたってことになるわ」

「うん、見てたよ。戦闘に支障がない範囲でね。いつもながら綺麗な戦い方だったね。一瞬、見蕩れちゃった。さすがだよ、小夏」

「あ、あんたねぇ!」


 うわ、照れている。そして周りは「またか」って顔している。私も次からはそういう顔をするんだろうな。


 端末を使って春香さんが今度こそシアターへの報告を済ませてから「念のために」と秋奈さんの提案で、オーガラットンが出現した鬱蒼としたエリアに全員で近づく。

 静まり返っており、もうあのメカハムスターが飛び出してきそうになかった。


「帰ろう。奥まで探索するにしても後日だ。実花とアイラはパトロール任務から継続しての行動で、今日は新人もいるからさ。異論はないね?」


 春香さんの言葉に皆が同意し、撤収を始めた。

 

「それにしても、配属初日でまともにストレンジャー討伐だなんて。ほら、あの子に続いてスーパールーキーではありませんこと?」


 何気なく実花さんが、私ではなく春香さんに言う。


「うん? ああ、鬼灯ほおずきさんだっけ。例の新しいトループの」

「春香さん!」


 私は大きな声で彼女を呼んでいた。そのせいで皆が足を止める。でも私自身が一番に驚いていた。その名前に心当たりがあったことに。


「どうしたんだい?」

「えっと……今、鬼灯さんって言いましたよね?」


 じりじりと頭痛がし始める。脳を焦がすような。ズキズキでもガンガンでもなく。


「風花、知り合いなの?」


 私は首を横に振る。

 鬼灯さん。それは七園風花の知り合いではない。

 でも、私はその名前を知っているのだ。

 

 前世で。

 オトハザシリーズ、待望の五作目。私がプレイすることが叶わなかった作品。二十歳の誕生日プレゼントにと思って自前で予約しており、事前情報を入れないようにしていた。

 けれど避けられないこともある。ネットニュースの見出しやウェブ広告の類はついうっかり目に入る……。


 結びつくのは彼方の記憶。刹那、脳裏を駆ける肖像。


「その人、オッドアイじゃありませんか?」


 そう問う私を訝しむ春香さん。彼女に代わって小夏さんが返事してくる。


「やっぱり知っているんじゃん。そうだよ、右目が茶褐色で左目が淡い橙色なのよね、まるで鬼灯みたいに」


 それなら間違いない。その子こそが『オトメティカルハザードⅤ-Tomorrow Braver-』のヒロインだ。

 

 そっか、私は主人公ゲームのヒロインではなかったのか。

 実は髪からして主人公カラーじゃないよねと思っていたけれど。この世界が、私がプレイできなかったオトハザ新作と同一世界だと推定できただけでも進歩なのかな。ただ、その行先はわからない。ヒロインである鬼灯さんと私の運命が交差するか否かわからないのだった。

 

 その時、私の目の前をひらひらと何かが舞い飛んだ。


「――――ガラスの蝶?」


 私以外の誰かがそう口にした。

 それから私たち七人の目の前にその透明なガラスの蝶が一羽、また一羽と飛び交い、景色そのものが変わっていく。無数の蝶が妙に輝きながら優雅に、ふわりふわりと舞っている。私たちのことなど気にせずに。


「なに、コレ……?」 


 空を見上げてそう呟いたのはアイラさんだったと思う。そうして私たちはそれが空、いや、茂みの上方からゆらりと到来したのを知る。


「大型のストレンジャー……なの?」


 冬子さんが言い、秋奈さんの腕に抱き着く。いくら親しくても戦場ではすべきではない所作だ。それは無意識に行われたのだろう。何か頼りになるものに触れていないと正気を失ってしまいそうで。


 それは植物らしき姿をしていた。

 巨大で歪な鋼鉄の果実が蔓と茨に覆われていて、それら一本一本が意思を持つように動いている。ヤヌアールの何倍もの大きさ。果実の神秘的な発光が私の心をかき乱し、精神を不安定にさせる。

 

 こんなの過去作にいなかった。七園風花としての知識にもない。


 異形の怪物が静かにゆらゆらと私たちに近づく。春香さんが叫ぶ。私たちへの指示を出す声だ。逃げろ、と。




 直感した。私たちはここで全員死ぬ。

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