第4話 ストレンジャー
ストレンジャーというのは他のゲームで言うところのモンスターや魔物に相当する語だ。さらにメタ的なことを言えば、開発スタッフ側が他作品との差別化を図って絞り出した呼称であるけれど、ゲーム内設定は別にある。
そのメタリックな外貌の怪物たちの発生初期、とある著名な研究者がメディアの取材に応じた際に「現状で入手できているデータからでは、あれが生き物なのかそうではないのかさえ、はっきりしないが……とにかく
それを受けての命名となっている。
その取材から一カ月もしないうちに、攻撃的なストレンジャーの大群によってヨーロッパの大都市が襲撃されたのを皮切りに、世界各地での爆発的な増加と侵攻が始まり、奴らはただのよそ者というより侵略者、すなわち人類の敵と認知されることとなったのだ。
ストレンジャーの発生から百年余りが経過した今なお奴らがどう生まれたか、どこから来たのか不明だ。人類の輝かしい時代を実感として知る人間はもはや一人もいない。
いちおう四作目で原初のストレンジャーが遥か昔に宇宙から地球に飛来してきた、なんて説と根拠らしきものがストーリーに組み込まれていたが、ぼかされたまま終わったからなぁ。
シリーズを追うごとに種類が増えたり、一部はリストラされたりしているストレンジャーだがそのモデルは陸上生物が多い。機械化されたキメラアニマル。そんなふうに表現していたウェブのゲーム紹介記事を目にした覚えもある。正直、なかには他社の狩りゲーからパク……既存作品へのリスペクトに溢れたデザインもあるのだった。
そんなストレンジャーに関する前世でのプレイヤー知識を思い起こしつつ、私は春香さんたちと共に出撃準備をしていた。
準備と言っても一ノ瀬隊の≪
マナを纏えば防弾・防刃ベストの類はいらないので、アクトレス制服から着替える必要はなかった。むしろ重りになってしまう。
「はぐれても探さないわよ」
保管室から直通の、出撃ゲートをくぐるときに小夏さんが私を見ずにそう言った。
打ち合わせで春香さんは、彼女を私の案内役に任命した。「小夏、お願い」と真剣な表情で頼まれた小夏さんは露骨に嫌そうな顔をしながらも諍いに発展せずに「わかったわ」と返していた。
そうして私たち一ノ瀬隊五名は、脚部にマナを集中させて低い跳躍を繰り返しながら、陸上選手も真っ青な速度で目的地へと向かった。でも、ここまでの速い動きはゲームではできないんだよね。
ゲームではパーティー編成はプレイヤー含めて四人でNPCを三人まで選んで連れていける。プレイヤーの所属トループはどのシリーズ作品でも最終的に十数人になるから「いや、全員で戦いにいけよ」と思うことも多かった。四作目のラスボス戦だと出撃メンバーとして選ばなかった残りも別の相手と戦っている描写あったなぁ。
私は必死で小夏さんの後を追いかける。
しかしまぁ、足を晒したスカートってのはどうなんだ。厳密には履いているストッキングにはその子の個性が見受けられるが、そんなのしげしげと見ている場合ではない。
小夏さんの白ニーソとスカートの間の領域が扇情的だなーとか全然思っていない、断じて。……スカートが激しい動きにも関わらずめくれないのってマナのおかげなんだろうか?
シアターを出てから体感にして五分程度で、高い物理障壁の外側そして超自然的なバリアの効果範囲外に踏み込む。そこからさらに五分して先頭を走っていた春香さんがスピードを徐々に落とす。そして彼女が止まるのに合わせて全員が止まった。
都市の街並み、それに七園風花の記憶を参照して気づいてはいたがここは旧作シリーズの舞台となった街ではない。そして今いる、荒廃したフィールドも旧作からの使い回しではなかった。
倒壊した街と森が混ざり合ったような地形だった。さっきまでいたシアターのある都市部とはあまりに違う光景。
日々のパトロールの成果なのか、あちらこちらにうじゃうじゃとストレンジャーたちがいる環境でないようだけれど、陰からのそりといつ現れてもおかしくない雰囲気があった。
「新人、顔が引きつっているわよ」
やっと私のことを見たかと思えば、そんなことを言う小夏さんだった。心配している素振りはない。でも、この手のキャラはけっこう面倒見がいいと相場が決まっているのだ。なんて、メタ読みするのはやめておこうかな。
「このあたりよね、二人が待機しているポイントは」
私が何か言い返す前に小夏さんがすたすたと歩き、春香さんの隣に立つ。
「ああ、こっちみたいだ。各自、武器を構えてついてきて」
各自と春香さんは言ったものの、実際には臨戦態勢をとれていないのは私だけだった。うう、急に緊張してきたぞ。
それから少し歩いた先の物陰で例の二人と合流を果たす。そこで私と彼女たちそれぞれの紹介が簡単になされた。
一人が
春香さんを見つけるや否や「春香さま!」と歓声を上げて抱き着こうとしたのを小夏さんがその小さな体で止めていた。目が恋する乙女になっているが、春香さんは慣れっ子なのか引いている様子もない。
もう一人は
敬語口調で、イントネーションに若干の異国風味があった。出身はイングランドなのだという。
オトハザシリーズでは、ストレンジャーによる被害がヨーロッパでは他地域よりも顕著である。アイラさんの場合は八歳の頃に日本に来た後で、アクトレスの才能に覚醒したそうだ。
これでいよいよ一ノ瀬隊の六人、いや私を入れて七人が揃ったのだった。
件の中型ストレンジャー三体が視認できる地点まで七人で移動した。そこから前衛と後衛とに分かれて討伐作戦を決行する段取りだ。
小型の群れも今のところおらず、目標の三体は広場をのそのそと歩き回っていた。狩ってくださいと言わんばかりだ。
他の五人が見つからないように敵へと接近する中、秋奈さんと私だけ五十メートル離れた高台で身を隠した。そこが射撃ポイントであり、私にとっての見学場所だった。
「さて、と。それでは風花さん、あのストレンジャーがどう呼ばれているかは知っていますか」
傍にいる秋奈さんが私に訊く。
彼女の持つ≪神託≫はガンモード、その中でも長距離射撃に長けたタイプに特化しており近接戦闘の機会は少ないらしい。
地形によってはスナイパーライフルのような通常武器と同様に、より長距離の射撃を行うこともあるが、対ストレンジャー弾薬の有効射程というのは得てして短い。ゲーム性の都合もあるだろう。遠距離射撃限定の狩りゲーに爽快感はあまりなさそうだから。
「ええっと……ヤヌアールですよね」
「いい視力ですね」
「それほどでも」
たかが五十メートルの距離ならアクトレスであれば特異なスキルなしでも既知の中型ストレンジャーは識別可能だ。養成機関で知識を叩きこまれている。
ヤヌアールは、言ってしまえば大きなメカイタチである。遠目からだとギリギリ可愛くも見えるが、近づいたらぜったい可愛くないやつ。フェレットやオコジョって小さいから可愛いんだよね。
個人的にカワウソは好きだぞ。水族豊富な動物園で観た。
旧作には登場していないヤヌアールだが、七園風花として映像資料を閲覧した記憶がしっかりある。この地域では珍しくないストレンジャーだ。
全長八メートルから九メートルでライオンだろうがクマだろうが逃げ出す怪物。小型のストレンジャーでも全長二メートルを下回ることは稀なので、ストレンジャーたちが世界のバランスをぶち壊したのは言うまでもない。そして大型ともなればちょっとしたビルだという話だ。会うにはまだ心の準備ができていないなぁ。
ちなみにヤヌアールというのはドイツ語で一月のことを指す。記憶によれば「命名は、最初の個体がベルギーで一月に発見されたため」と資料にあった。
……理由になっているかな、それ。オトハザシリーズのストレンジャーの名前のセンスは、お世辞にもいいとは言えないから期待しないでおこう。
携帯端末から春香さんの作戦開始直前の最終確認がなされ、秋奈さん、そして遅れて私も応じる。
作戦はこうだ。
まず私たちと合流前に実花さんとアイラさんがいくらかダメージを与えた個体を、真っ先に処理する。
そうするべく、他の二体を小夏さんと、秋奈さんの狙撃で足止めする。小夏さんの≪神託≫はデュアルブレイドタイプ。ようは双剣で、手数を売りにしている。援護射撃があるとはいえ、中型二体の囮役を小夏さんが担うのを誰も反対しないことから、小夏さんの敏捷性や回避能力の高さがうかがえる。
一体目を討伐後、残った二体は、春香さんと小夏さんの二人と残り三人の二チームに分かれて戦闘予定だ。秋奈さんは戦況に応じて支援と私への解説。
実質的に後衛は秋奈さん一人で、私の見学以外の役割は秋奈さんの周辺に新手が近づいてきたらすぐに知らせるというものだった。
春香さんの合図により、作戦が開始された。
さっそく小夏さんが二体を一気に引きつける。そしてそこに秋奈さんがうまく射撃を繰り返し、手負いのヤヌアールとの連携を完全に分断する。
春香さん率いる前衛部隊はターゲットを取り囲むと、素早い斬撃を繰り出す。そのヒットアンドアウェイが洗練されているのが遠くからでもわかった。
「冬ちゃんたちの動き、どうですか」
余裕があるのか秋奈さんが射撃しつつ、私に話しかけてくる。
「ヤヌアールを翻弄、いえ、圧倒していますね。あれなら三分しないうちに討伐できそうかと」
「冬ちゃんはああ見えて、連携が得意な子なんです。普段はマイペースで空気を読めないことも時折ありますが、戦場では皆の呼吸に合わせて動くのが隊のなかでも上手なんですよ」
急にのろけだしたぞ。
「えっと、冬子さんや私と同じく、実花さんとアイラさんもロングブレイド使いなんですね」
「ええ。でも実花さんはガンモードの扱いも得意ですから後衛に回るフォーメーションである場合も多いんです。今回は一ノ瀬隊長と行動を同じくするのもあって、ハイテンションでガンガン斬りつけているでしょう?」
「ご明察です。そして春香さんは……バスターブレイド使いですね」
攻守を兼ね備えた大剣型の装備だ。
重量があり、並のマナクラスでは長時間取り回すことができない。ここから見る限り、春香さんは他のロングブレイド使いと同等、ううん、それよりも素早く動き回っている。パワーにスピードが加わり、その一撃は敵にとってはかなりの脅威だ。
「戦闘技術だけで隊長に選ばれたわけではありませんが、一ノ瀬隊長は私たちの中で頭一つ分どころか二つも三つも抜けている方です」
そう口にした秋奈さんは、冬子さんのことを話すときの声色とはまた異なる、憧憬がうかがえるものだった。初日だけれど、だいたいの人間関係が見えてきたかも。
あとはそうだな、アイラさんが誰にどんな矢印を向けているか気になるところ……って、そんなことは今はいい。
私は視線を小夏さん側に移す。
「小夏さんもすごいですね。危険な役回りなのに、まるで遊んでいるみたい」
無論、遊ばれているのはヤヌアールだ。
小夏さんの動きは見ていて少しも危ない感じがしない。二体を相手に回避するのみではなくすれ違いざまに斬撃を浴びせている。一人きりでも時間さえかければ討伐できると信じさせる戦いぶりだ。
ふと、ガタガタと音が鳴っているのに気づく。なんだ、どうした。
えっ、私のロングブレイドが震えている? そうではない、これは私がうずうずしているんだ。七園風花の意識が奴らとの戦闘を望んでいる。それが生きがいだと存在意義だと私に訴えかけているのだ。鎮まれ、私の右腕!
四人のアクトレスに攻められ続け、ふらふらになったヤヌアールに春香さんの大技が直撃し、ヤヌアールは倒れ込むと、ほどなくして完全に静止した。それを確認すると、すぐさま彼女たちは小夏さんのもとへと走る。
「春香さんたちがヤヌアールを仕留めました!」
「フェイズⅡに移行です。風花さん、もっと近寄ってみますか?」
「……いいんですか」
「戦闘に乱入しないと約束してもらえるなら、かまいませんよ」
ストレンジャーに近づけば近づくほどに、私のこの闘争心は制御が利かなくなりそうだ。それを秋奈さんは理解している様子だった。すぐそばにいる私がロングブレイドをこれでもかと強く握りしめて震わせていることに気づかぬわけがない。そのうえで接近を提案している。
怖い人だなと思った。もしも私が乱入しそうになったら、背後から、死なない程度の出力でマナを撃ってくるのだろう。彼女なりの「優しさ」をもって。
「約束します。先輩たちの戦いを、もっと間近で見たいですから」
私のその言葉に、秋奈さんは射撃を中断し、きちんと私へと向き直って「では、参りましょう」とどこか楽しげに口にするのだった。
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