第2話 トループ

 その部屋はオーディションを行った空間と比べるのが馬鹿らしくなるぐらい、色があり、生活感があり、可愛さがあった。

 喩えるなら高校の女子部員しかいない文化部の部室兼溜まり場といった雰囲気。ついでに小中高の普通教室を基準にするならその半分ぐらいの広さだ。

 日めくりカレンダーは四月七日を、アンティークの柱時計は午後二時前を示している。


 教官が私に向かうよう伝えたここが、私が配属された討伐チームの控え室であるらしかった。オトハザシリーズの名称に従って言えば、トループ・ロビーだ。トループというのは一座や一団、一行を意味しており、アクトレスたち何人かで構成されたチームを指している。ファンの間では「○○部隊」や「××一座」と呼ばれることも多い。


「あなたが私たち一ノ瀬隊の新人さんってことですよね。ええと、七園風花さん……で合っていますか?」


 私を迎え入れた少女が私の分の紅茶を用意しながら確認してくる。私は背もたれつきの長いソファに腰掛けて眺めていた。入って早々に座るのを勧められたそれはふかふかで素晴らしい座り心地だ。部屋の中には他にも肘掛けと足のついたソファもある。それらの手前に置かれた長方形のローテーブル上には白いクロスが敷かれ、その上にティーカップと菓子類が置かれていて、お茶会途中のようだった。


「はい、そのとおりです。えっと」

「私は三澤秋奈みざわあきなです。ほら、冬ちゃんも挨拶」


 秋奈さんは、私と距離を置いてソファに座っている少女にそう促した。その子は私より先に座っていたので、その真横に座ろうと思えばできたのだけれど、どうにもびくびくとした態度をとられたので、よしておいたのだ。


四倉冬子よつくらふゆこ……だよ」

「ごめんなさい、この子ったら人見知りで」

「むっ。秋奈ったらまたお姉さんぶっている。私と同い年なのに」

「はいはい。さぁ、どうぞ。お口に合えばよろしいのですが」


 そう言って秋奈さんは、紅茶が注がれて湯気の立つカップをソーサーに乗せて渡してくる。私はそれを慎重に受け取った。


 三澤と四倉、それに一ノ瀬隊に七園の私。数字だらけだ。どうにもできすぎている。そう思いながら私は改めて二人を見やった。今、部屋には私を合わせて三人しかいない。


 秋奈さんは黒髪の三つ編みおさげをしているが、メタ的なことを言うと三澤だから三つ編みなのだろうか。髪以上に体型が目を引く。胸部が豊かにもほどがあるのだ。足元を見下ろすのが苦労する大きさ。そのくせ腰回りは細い。

 包容力のあるお姉さん枠といったところかな。今や私にとっての現実に生きる人間を、そんなふうにタイプ分けしたキャラとして見るのはいかがなものかと思うけれど。

 

 対して、冬子さんは藍色のおかっぱ頭。見た目から受ける印象は内気な文学少女。秋奈さんが私とそう変わらない背丈である一方で冬子さんは一回り小さい。二人とも、私が着ているのと同じアクトレス制服を纏っているが、秋奈さんがきっちりかっちりしているのと比べると冬子さんは少々だらしない。こちらは内向的な妹枠って感じだ。

 

 二人とも既存シリーズキャラではないのは確かだった。

 秋と冬か。ふむ。この二人がカップリングとして成立しているのだと、私の直感が告げている。

 ゆるふわお姉さん系キャラとうじうじ妹系キャラといった取り合わせ。それでいて同い年ってのもポイントだ。

 大抵は日常生活でお姉さん側が妹側をフォローするのだが、いざという時は妹側が強かにお姉さんをリードしたり励ましたりする。そんな妹側の成長を嬉しく思いつつも、ちょっぴり寂しく感じるお姉さんみたいなやつね。興奮してきたな。


「あの、七園さん。どうかしました?」

「なんかニヤニヤしている」

「――――はっ! ち、ちがうんです。着任してすぐにこうもリラックスできるとは思っていなかったので。お茶にお菓子だなんて、驚きです」


 私は持ったままで口をつけていなかったカップから一口、紅茶を飲む。あ、美味しい。春らしい味わいだ。


「そうでしたか。話に聞くかぎり、ここから最寄りの養成機関での暮らしぶりはなかなかに厳しいものだとか」

「ええ。来る日も来る日も訓練と座学に明け暮れていました」

「私と秋奈が通っていたところも、けっこうしんどかったよね」

「ふふ、そうね。でも冬ちゃんが傍にいてくれたから頑張れたわ」

「……ばか。今言わなくてもいいでしょ」


 冬子さんがぷいっと顔を背ける。照れているようだ。

 二人は同郷で私とは別の養成機関での生活を経て、アクトレスとなったそうである。私より一つ年上の十六歳。


 候補生から正規のアクトレス登録までは所属する養成機関の方針と当人の素質に依るが、平均で三年かかる。

 才能に富んでいると良くも悪くも登録は早まる。一年足らずでアクトレスとなった事例があるとも聞く。場合によってはほとんど訓練なしで超常兵器たる≪神託オラクル≫を握るのを強いられる世界だ。

 

 翻って私がアクトレスになるのに五年かかった原因は、保有マナの質と量がクラスD、つまり五段階評価において下から二番目のものであるのが大きい。

 クラスによって養成機関でのカリキュラムが異なり、たとえばクラスAの生徒とはろくに接点を持たずに過ごした。

 そもそも毎年決まった数が入学してくる、学校のような機関ではない。私の同期は数人だった。ストレンジャーの数に対してアクトレス余りが起こることはまずないのだ。


 昨日までの七園風花の性格を思い返してみる。ストレンジャーへの敵対心は人一倍あるが実力は伴わず、そのもどかしさがこじれて社交性を低めるという結果に作用してしまっていた。ようするに、ろくに友人がいない。


 そんな彼女、いや、私は最終的に「悪くない」成績を修めて最終試験をクリアし、今日ついに制御輪を授かったのだった。


「ところで一ノ瀬隊は七園さん以外は別のシアターからの編入生で構成されているんです。ご存知でしたか?」


 秋奈さんが私の隣、冬子さんとの間を埋めるように腰掛けて言う。


「いえ、初耳です」

「誤解を恐れずに言えば、はぐれ者の寄せ集めでした。結成当初は。それを一ノ瀬隊長がまとめあげてくださり、今ではこのシアター内でいい意味で名の知られているトループなんですよ」


 そう話す秋奈さんの表情からも一ノ瀬隊長への信頼が見て取れた。


「春香さんのこと、一ノ瀬隊長だなんて言うの秋奈しかいないけどね」

「敬意を表してのことよ。えっと、そのうち隊長たちもここに来るはずです」


 どうやら私は、秋奈さんたち側に前もって伝えられていた到着予定時刻より二、三十分早く着いてしまったらしい。

 それにしても一ノ瀬隊長の名前が春香ということは、残りの夏担当の子もいるに違いない。


「……歓迎パーティーをする提案もあったんだけど」

「冬子、余計なことを言わなくていいのよ」


 そう口にした秋奈さんの、冬子さんへの目配せに意味深長なものを感じ取った私はおそるおそるもストレートに訊ねる。


「もしかして何かわけありですか? 歓迎できない事情が」

「いいえ、そうじゃないんです。ただ、その……事前の通達では、あまり歓迎会を好まない人柄だというのを聞いていましたから」


 端的に言って協調性を欠いたタイプだと、報告されていたのだろう。ひょっとすると、もっと悪い表現かもしれない。

 そしてこのことが私をこの一ノ瀬隊に預けた理由に繋がっていると推察できた。

 全員が出身地、換言すれば育った環境が異なるトループ。それをまとめあげた一ノ瀬隊長の腕を上層部が信用しての配属というわけだ。それは見方を変えれば、管理側が厄介者である私をうまく処理できそうな人材にあてがったとも考えられる。


「あのですね、七園さん」


 私がうっかり黙って考え込んでいると秋奈さんが生真面目な面持ちで声をかけてきた。冬子さんは膝の上で拳をぎゅっとして緊張した表情で見守る姿勢をとった。


「この控え室を見てわかるとおり、一ノ瀬隊は訓練や戦闘時以外はなるべく普通の女の子でいようと、みんなでくつろいだりおしゃべりを楽しんだりというのを心掛けているトループです。いつ戦闘で命を失うかわからないからこそ、日常を大切にしたい、笑顔で過ごしたい気持ちがあるんです」


 ああ、それは確かにオトハザシリーズのコンセプトのうちの一つだとも言えるよね。登場人物をただ美少女にして殺伐な世界設定で異形の怪物を狩らせるだけではなく、きちんと日常描写をする。

 現実世界に近しい少女たちの牧歌的な交流を描くことに意味がある。そして今の私にとってはこの世界が現実だ。


「もしかしたら七園さんにとっては、普段の私たちに緊張感がなく戦場に立つアクトレスらしくないと思うことが今後あるかもしれないです」

「たくさんね」

 

 ぼそっと冬子さんが補足する。


「ですが、そんな私たちを簡単に否定や拒絶してほしくないんです。結成して半年、私にとって一ノ瀬隊はもう仲間以上のものです。もしもあなたがいたずらに輪を乱すことがあれば、私は……」


 秋奈さんは私の瞳を覗き込んだまま言葉を続けなかった。暗に「ただではおかない」というのが伝わってくる。そのふくよかな胸で押しつぶされるぐらいであればいいが、流血沙汰も引き起こしかねない目つきだった。

 おっとりお姉さん枠かと思いきや、かなり重そうな子だ。到着予定時刻よりも前にここにいたのは、冬子さんとのんびりする目的のみではなく私の人柄を一番早くに把握したうえで、ぐさりと釘を刺したかったからだと邪推さえする。


「わ、わかりました。私は……皆さんの気持ちを蔑ろになんてしません。ぜったい。話し合い、お互いに理解を深め合います。今、そうしているように。ですよね?」


 私の言葉に秋奈さんの表情が緩む。冬子さんからは安堵の溜息が漏れるのがわかった。


「改めてよろしくお願いしますね、七園さん。ほら、冬ちゃんも」

「……よろしく」

「ええ、よろしくお願いします。お二方とも、私のことは風花でかまいませんよ」

「そう? では、風花さん。みなさんが来るまで、何かシアターのことで質問があれば私が――――」


 さっきとうってかわって秋奈さんがにこにことして質疑応答しようとしたとき、ノックなしでドアが開いた。


「やあ、秋奈に冬子。そして……君が七園風花かな?」


 その少女はドアを閉めて、つかつかと部屋に入って私たちに近づいてそう言った。

 少女と形容したがその顔立ちは大人びていて、凛々しくもある。背丈は私たち三人よりも高くて170センチ余りあった。

 赤い薔薇を思わせる色の髪をワンサイドアップにしており、おろされている髪は肩甲骨にかかる長さはある。オレンジ色の瞳が私をしかと捉えていた。

 

 情熱的なクールビューティとでも言えばいいだろうか。立ち上がろうとする私を彼女が制止する。 


「座ったままでかまわないよ。私は一ノ瀬春香。今日付けで君が配属となったトループである、一ノ瀬隊の隊長をさせてもらっている」


 自信を感じる声だ。団員たちに支えられてなんとか様になっているタイプのリーダーではない。団員たちが協力したい、ついていきたいと思うタイプのリーダーだ、きっと。


「は、はい。七園風花です。あの、その荷物ってもしかして?」


 春香さんは大きな荷物を軽々と背負うようにして部屋に入ってきていた。その形状たるや、まるで棺だ。

 私はそうした入れ物に何が納められているかを知っている。七園風花としても、前世のオトハザファンとしても。


「ああ、君専用の≪神託オラクル≫さ」


 春香さんがにやりとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る