百合チック狩りゲー世界で斜に構えた乙女の祈りは通じますか
よなが
第1話 オーディション
なんで首輪つけているの? 彼氏の趣味?
そんなことを大学生になってから新しくできた友達相手に、冗談半分で口にしたら半殺しにされたのを思い出した。彼女がつけていたお洒落なチョーカーが誰の趣味だったか今も知らない。
それはさておき、思い出したタイミングとシチュエーションが肝心。きっかけは首輪。うん。センス皆無のメタリックな首輪を自らつけて、記憶が一気に甦ったのだった。外から頭にどーっと流れ込んできたような。そんな記憶の激流を受けて目が眩み、耳鳴りがした。
呼吸を整える。自分が立っているのは無機質な空間だ。灰色の壁に囲まれた円形の部屋。照明はやけに明るく、広さは目測で直径七、八メートルといったところ。天井はそこそこ高くて四メートルはありそうだ。部屋の中央に私の胸元ぐらいの高さの台座が置かれており、首輪はそこに仰々しく鎮座していたのだった。
これ、オーディションだ。
それは俗称で正式にはアクトレス・エントリーという名称の手続き。儀式と言った方が適切かもしれない。私の首をほどよく締め付けていた輪っかがしだいに薄く広がり、厚めの包帯程度になった。これにてアクトレスとして登録完了。今のところ違和感しかない。
アクトレス、それは女優という意味だがここでは違う。つまり『オトメティカルハザード』シリーズの世界では。
異世界転生を果たしたのだと察した。私の大好きなゲームの世界に。私はそれを受け入れる。限りなくリアルに近い夢を見ているのとは違う感覚があったから。間違いなく自分がここで生きているというのが。
それにこの世界の
年齢は十五歳、身長160センチちょっとで体重50キログラム前後。胸囲や腹囲含めてスタイルは年齢相応の平均値と思われる。髪に触れてみる。さらさらだ。肩にギリギリかからない、ミディアムボブ。鏡はないがその色が暗めの翡翠色をしているのを知っている。ようはグリーン系なのだがこれは地毛だ。ゲーム世界あるあるだよね。
着ている服はピンクの病衣だった。入院時に着込むような。もっとも、前世ではありがたいことに健康そのものだったから着た試しがなかったけれど。
前世での死の瞬間は思い出せない。ひょっとすると死んでいないのかもしれない。何者かによって身体を丸ごと作り変えられ、別の世界に連れてこられてこの時まで忘却していた可能性もある。でもそれって死と同義なのでは。
ううーん……前世での一番最後の記憶はどうだろう。ええと、二十歳の誕生日がちょうど発売日であるオトハザ新作を心待ちにしていた。シリーズ五作目にあたる『オトメティカルハザードⅤ-Tommorow Braver-』だ。
情報を徹底的に制限してまっさらな気持ちでプレイしようと思っていた。そのほうが楽しめるはずだって。でも……その日を迎える前で記憶は途切れている。
なるほど、こうなってくると私の未練が、気まぐれな神様に通じでもして、この世界への転生が叶ったという推測もできる。しかし残念ながらそれを確かめるすべは今のところない。これからだってあるかどうか。
「バイタル正常、その他異常なし。七園風花、退出しなさい」
壁に取り付けられているスピーカーから機械的な声がする。あくまで機械的であって機械ではない。今日の私一人のアクトレス・エントリーを取り仕切っている教官の声だった。
深呼吸をしてから回れ右をする。入ってきたドアのロックが外れる音がした。そして近づくと自動でドアがスライドする。その先にあったのもまた無機質な部屋であったが殺風景ではない。エントリーを滞りなく、何のトラブルもなく済ませるための機材とスタッフがいる。
「妙だな」
私よりも背の高い四十代前半と思しき女性が私の顔を見るなりそう言う。彼女こそが教官だ。曰く、これまでに三桁に及ぶアクトレス候補生の面倒を見てきたのだとか。研究者と軍人の中間のような恰好をしている。
「入室前、その瞳は決意に満ち溢れていたが、今では戸惑っている顔だ。まさか今になって怖気づいたというのか」
教官はいつもどおり無表情にそして冷ややかにそう口にした。私はかぶりを振って、なるべく落ち着いた調子で彼女に言う。
「確認させてください」
「確認?」
「はい。すべての基礎訓練をこなし、しかるべき課題を修めて、今日ついにこの制御輪を与えられました。これで私は一人の公認アクトレス。つまりはストレンジャーたちに対抗する人類の希望として認められた。……そうですよね?」
教官は鼻で笑う。美人だと様になるな。
「今のお前は半人前どころかひよっこだ。武器も得ていない。とはいえ、最終的な成績は悪くないな。実戦投入が近いことは覚悟しておけよ。明日にだってあり得る」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「ふん。先ほどのは勘違いだったようだ。お前は使命をわかっている」
早くに両親を亡くして施設で育ち、十歳でアクトレス候補生となり五年の訓練を積んできた。そんな七園風花としての記憶に沿って言葉を交わすのを意識した結果だった。正直、まだ困惑の最中にある。
それでもここでパニックになっても状況が悪化するだけだ。いや――――アクトレスとなって命がけで怪物たちと戦う人生から逸れる最後のチャンスをみすみす逃したとも言える?
けれど私の中の私、つまり両親の仇であるストレンジャーに対する風花の熾烈な感情は抑えられないばかりか、すっかり私とシンクロしている。
小さな更衣スペースに用意されていた着替えは学校制服のようだったが、記憶はそれをアクトレス制服として認識できていた。
白のブラウスに、ダークカラーのブレザー、下は淡い赤と黒のチェック柄のスカート。リボンやソックス、靴まで一式揃っておりサイズ感もぴったりだ。
鏡はないけれど、教官の「よし」という一言で着こなしに問題ないのがわかる。
不意に教官が私に右手を差し出してきた。初めてのことだ。私はそれを軽く握った。彼女は痛いほどに強く握ってきた。そして小声で「生きろ。それもまた使命だ」と言い、手を離した。そしてスマホと酷似した携帯端末を私にくれて、次の行先を伝えてくる。ああ、これで彼女とはお別れなのだと悟ると、感慨深くなり目頭が熱くなった。
「今までありがとうございました!」
私はほとんど衝動的にそう言い、教官に対して頭を下げていた。顔をあげた私を彼女は見据え、そして微笑むと頷いた。記憶にあるかぎり、それが彼女の初めての微笑みだった。
そうして私は端末上のマップを頼りに一人で、指定場所へと足を進める。これまでの七園風花としての記憶をたどりながら。
すると足取りは重さを増していった。大好きなゲームシリーズの世界に転生したが、そのキャラクターの一人になって命を張りたいと考えたことなどなかった。
改めてこの世界について整理しておいたほうがいいだろう。
『オトメティカルハザード』は、超人的な身体能力に目覚めた少女たちが、人類の敵であるストレンジャーと呼ばれる金属質の怪物と戦うコンシューマーゲームだ。
シリーズ一作目のみレベル制があり世界を旅するアクションRPGといった趣であったが二作目からは拠点でクエストを受注してマップへ向かって戦闘する形式のハンティングアクションゲームとなっている。
競合会社が力を入れている同ジャンル人気シリーズに対抗してのジャンル替えだと言われているのだった。オトハザは三作目からメディアミックス展開しており、コミカライズやアニメ化、実写舞台化を果たしている。
ちなみに国内トップの大手ゲーム会社が開発しているオトハザであるが、そのゲーム会社の主力シリーズは別にある。
両者の開発スタッフは丸かぶりこそしていないが、中心となる人材が共通しており、なかでもプロデューサーのS氏の影響が大きい。
オトハザシリーズ一作目の開発経緯としてS氏は対談でこう話している。「可愛い女の子たちが戦って、女の子同士でイチャイチャする。それでいいじゃないですか。いえ、それがいいんです。それをやりたかったんです。それだけ」と。
その話は「でも周囲が許してくれなくて……」と続き、S氏が主力シリーズのプロデューサーを実は渋々務めていたことが明かされたのだった。
そうは言ってもかなりの敏腕プロデューサーで、いるといないとでは他の役職、チーム全体の動きに歴然たる差があるのが事実だという。
前述の対談記事発表後、社内外で不評を買ったS氏は一度、主力シリーズ作品の開発チームをおろされたのだが、そうしてできた次の作品はシリーズの汚点として評価を下されている。ネットで今も事あるごとにこき下ろされているのだった。
その次回作はS氏が復帰し主導したのだが、まさに起死回生の一作となった。そのことでS氏に対して同僚たちやファンは思った。好きなようにやらせよう、と。
そんなオトハザの特徴について。
登場人物の大半が女性。戦うのは専ら十代の女子。これは対ストレンジャー装備である≪
そして、オトハザは一作目からして、少女たちのただのじゃれ合いではなくそれ以上の感情を示唆、時には直接的に描写するシナリオが少なからずある。
いわゆるライト百合ゲーとしても成立しているのだ。それが一部のゲーマーが当シリーズを忌避する大きな理由となっているのも確かだった。
かく言う私は小学六年生の頃に、ゲーム好きの友達の家でその子のお兄ちゃんがシリーズ二作目をプレイしていたのを見たのがオトハザとの出会いだ。
本格的にはまったのは高校生になってからでシリーズ三作目と四作目をこれでもかとやり込み、アニメを視聴し、漫画も読破、舞台は一度だけ観に行った。
S氏とそして多くのプレイヤーたちと同様に私自身は同性愛者ではなかった。
とびっきり可愛い二次元の女の子たちが戯れているのを第三者として見るのがただ好きなだけ。
このことで高校三年生のときに一悶着あったのだが……思い出さなくてもいいだろう。
そうだ、ゲームの沿革や個人の感傷よりも世界設定のほうが今は大切だ。
自分が歩いているここは、荒廃した世界の各地に点在する対ストレンジャー拠点、通称シアターの内部だ。
昨日まで私はアクトレス養成スクールで暮らしていたが今日からはこのシアター暮らしとなる。
なお、世界が荒廃していると言っても、記憶を参照するに私が生きていた令和の日本と比べて都市機能にそこまで大きな差はないようだ。電気や水道が普通に使用でき、電車等の交通網も部分的に生きている。
しかし世界の一部は既に奴らによって陥落しており、まさしく荒野になっているのも事実だ。
ストレンジャーたちが残存都市への侵略に消極的であるのは都市部には対ストレンジャー用の広範囲バリアが展開されているからで、早い話、この手のゲームにありがちな設定だった。今日を生き残れるかわからないサバイバルな状況に置かれていないのは幸いだ。
そんなこんなとオトハザシリーズの記憶を整理していると、目的の部屋の前に到着した。シアター内は広いが、携帯端末のガイド機能のおかげで迷わなかった。
まぁ、すれ違った人たちのほとんど全員が美少女であるのが、なんとなく居心地が悪かったけれど。そして私もまたそうであるのだと考えるといっそう複雑な心境だ。
凡庸な見かけのせいにするのもあれだが、前世では結局、恋愛らしい恋愛はできなかったな。
ドアをノックするとすぐに「はい」と女性の声がして誰かが近づいてくる足音がした。そして私が名乗りを上げる前にドアがゆっくりと開かれた。
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