第17話 アップグレード

 私はオーガラットンを切り伏せながら、出発前の研究室でメノウから説明されたハルモニアのアップグレードについて思い出していた。

 

 新たに取り付けられたパーツはMCS(マナコンバートシステム)の亜種だった。MCSというのは、教本では「ストレンジャーたちが発する、アクトレスとは異なる性質を持つマナをアクトレスが扱うそれに近しいものへと変換させる技術。実現へ向けて研究が進められている」としかない機構である。ようするに、できたらいいねの段階、机上の空論と言えるものであった。


 生きたままのストレンジャーを使った研究を通じてなお、そのマナを対ストレンジャー武装に転用するのは難しく、エネルギーとして何らかの形で保存すること自体ままならない。もちろん、私が生き証人であるように、絶対に不可能ということはなくて専用の機器をスペシャリストが扱えばその体細胞を良好な状態で保管する技術は存在している。

 

 では今回、ハルモニアに付されたパーツによりどういったことができるか。それはストレンジャーのマナの一部をハルモニアを介して使用者七園風花のマナに変換することだった。

 ここだけ聞くとまさしくMCSの実現、ストレンジャーからマナを吸収して自分のものにして戦うマジヤバイ技術の完成だが、真相は違う。


 まず私以外のアクトレスは変換不可能である。これはハルモニアとの契約を私がしているから、なんていう単純な理由ではない。ストレンジャー由来の細胞をその身に宿していないとできないのだ。なるほど、それなら移植手術をアクトレスに施し、次世代の《神託》にはこのMCSを搭載しよう、そんな考えもあるかもしれない。

 それが人道的かどうかはさておき、適合者となり得る確率はごくごく僅かでしかなく、深刻な拒絶反応や死亡につながるリスクと釣り合わないのが現状である。

 こうしたアクトレス側の特異性を理由に、新パーツはMCSの亜種でしかないと結論付けられるのだが、実はさらに課題がある。


 変換効率が極めて低い。

  

 たとえば小型ストレンジャーを一体倒すために消費するマナを100としたとき、それから吸収して変換し得るマナは1に届くかどうかなのだという。

 あえてRPGのパッシブスキルをもじって言うなら「与えたダメージの1%、HPを回復する」や「戦闘中、消費MPを1%軽減する」がイメージとして近い。

 

 メノウ曰く、私自身の成長とさらなるバージョンアップで、変換効率の上昇は見込めるらしいが……。

 最終的にストレンジャーそのものになるなんてオチ、嫌だぞ。

 

 


 それは私たちが二手に別れて難なくゲートを破壊し、小型ストレンジャーの群れも大半を倒し終えた時だった。


「あれは―――!」


 物陰に隠れている残存ストレンジャーを見つけ出すために、クラウディアさんが彼女のSRである【エクスサイト】を再度使った時に、戸惑いの声をあげた。


「どうかしましたか」

 

 彼女に近寄って話しかけられる程度には戦場が落ち着きつつあった。

 私の場合、マナの自然回復を目的として一休み入れておきたいというのもある。一方で相も変わらずブンブンと鎌を振るって残党の掃討を続けている深月さんだ。


「ここから三百メートル南、大型ストレンジャーと思しき反応があります」

「それってイバラヒメとは別の?」

「もちろんです」


 イバラヒメがいる地点はクラウディアさんのSRでも見ることはできない距離であるようだ。それぐらい離れているからこそ、私も取り乱すことなく小型ストレンジャーを狩れたわけだが。


「……! そういえば他のアクトレスたちの合流が予想より遅いですね。深月さんが大活躍してくれたにしても、そろそろ来てもおかしくないはず」

 

 私は端末を確認し、群れの掃討開始前に合流が見込まれたアクトレスたちの反応を見やる。四名だ。動きがほとんどない。つまりその地点に留まっている。ということは……。


「私たちの後にシアターを出撃したトループがおそらく、大型ストレンジャーと遭遇して今も戦闘中だと考えられますね」

「同意見です」


 肯いたクラウディアさんがSRの使用をやめ、軽く目元を指で揉む。

 

「救援しに行きましょう!」

「ですが七園さん、マナの残りは大丈夫ですか?」

「深月さんとクラウディアさんのおかげで楽できましたから」


 それに、ハルモニアのマナコンバートも。微々たるものだがないよりマシだ。


「でも、貴女は大型ストレンジャーとやり合うのは初めてよね」


 残党を片づけ終えた深月さんが颯爽と私の隣に現れて、自然と会話に入った。たしかにあの時のイバラヒメとは戦闘したとは言えない状況だったからカウントには含まれないだろう。


「誰が戦っているかわからないけれど、まともなトループなら大型ストレンジャーの一体ぐらい討伐できるはずよ。私たちはこの周辺で別の群れや、大型の発生に備える選択もあるわ」


 制御輪のシグナルでの個々の識別はシステム管理課しか行えない。プライバシー保護の観点からの措置である。

 もしもシアターの人気のない一室で二人のアクトレス反応が長時間留まっていたとき、個人が特定できたら当事者は困るだろうなぁ。いや、そんな邪な考えを誰もが持つわけではないか。というか、システム管理課には位置情報が筒抜けなのだから、連中からすると誰と誰がそういう間柄なのかって把握しやすいわけだよね。いやいや、べつにそんな、黒百合ノ会の例の十五人目みたいに爛れた関係を持ち込むような子ばかりではないって。こんな時に何を考えているんだ、私は。


「風花? 何か策があるの?」

「え? ああ、いえ、その……とりあえず戦況をこの目で見ないことには。救援が不要であればそれでかまいません。逆だったときに後悔したくないので早く合流しましょう」

「それはもっともね。いいわ、救援に向かいましょう」

「えっと、黒鉄さん。移動前に一つだけいいですか。これも作戦前に確認しておくべきだったことの一つなのですが」


 クラウディアさんが申し訳なさそうに言い、私たちは黙って肯定を示し、続きを待った。


「黒鉄さんは現在、SRの使用をできない状態にあると認識しても?」

「いいえ。メノウから緊急時の使用の許可を得ているわ」

「わかりました。それだけです」


 クラウディアさんの意図は汲み取れた。

 もしも救援しに行った先で窮地に立たされた時、深月さんがそのSRを発動して戦況を覆すことができるか否かを確認しておきたかったのだろう。私の消耗を気にかけている彼女のことだ、苦戦が強いられるかどうかは明瞭にしておきたい気持ちもあるはず。そしていざというときの切り札があるのを知れば、不安も減るというものだ。


 深月さんのSRに関しては私も知っているけれど、それはプロフィール上の記録と私が候補生であった頃の噂で、今なおその発動を直に見たことがない。【クレセントフレア】というのがSRの名称で、瞬間的に出力できるマナの総量を何倍にも増大させることでどんな堅固な装甲をも切り裂く、いわゆる一撃必殺型に分類されるSRだ。往々にして燃費が悪いやつ。名づけは彼女の操る《神託》が大鎌であり、その形状や斬撃の軌跡を三日月に喩えてだろう。

 ちなみに、含まれているフレアという語はオトハザシリーズで代々、設定上で高ステータスのキャラが有するSRに付されてきたものでもある。


 さっきの深月さん自身の台詞を裏返せば、メノウは緊急時以外はSRの使用を禁じているのだ。そこには深月さんがトループを追放されるきっかけとなった出来事が絡んでいるのは推察できる。というのもマナ総量が非常に多い彼女がマナ切れになるまで戦い続けたということは、そこにはきっと【クレセントフレア】の複数回の発動があったのだと考えるのが妥当だからだ。

 クラウディアさんは【エクスサイト】の使用で眼に疲労を感じるのだろうが、深月さんの場合は全身に多大な負荷がかかるのだと容易に察しがつく。迂闊に使用させたくない能力だ。

 

「貴女は余計な心配しなくていいわよ」


 さらりとそんなことを私に言う深月さん。私、そんなに顔に出やすいのか。


「余計って……」

「独りのときに散々考えたわ。あの日のことをね。そして貴女との日々でまた一つ成長できた。無鉄砲な戦い方しかできない私はもういないの」


 深月さんが私に手を伸ばし、そして戦闘で乱れた襟元を正してくれた。「タイが曲がっていてよ」に近いシーンだ、これ! って、私が当事者になると思ったより恥ずかしいな。


「無理はしないわ」

「でも……」

「するとしたら大切な友人である貴女を守るときぐらいよ」

「っ! そ、そうですか」


 気の利いた返しできなくてめげるが、相手が美人過ぎるのが悪い。

 

「……? 風花、顔が赤いわよ」

「ふふ。黒鉄さん、それを口にするのは無粋というものですよ。さぁ、行きましょう」


 クラウディアさんがにこにこして言い、戦場とは思えない甘ったるい空気を振り切って、私たちは戦力不明の大型ストレンジャーおよびトループのもとへと移動をし始めた。




 目標地点に近づき、件の大型ストレンジャーが視認できた。そして交戦中のアクトレスたちも。知らない子たちだ。


「なんて迫力なの……」


 目測十メートル超の巨体に思わず感嘆の声を漏らしてしまう。オーガラットンはもちろん、ヤヌアールもホットブレスも逃げ出すレベルだ。

 その大型ストレンジャーを私は知っている。通称クソデカカマキリでプレイヤーから忌み嫌われているガジリオンティスだ。一部からは、昆虫タイプを実装するなと散々に非難され、虫が苦手な私もその一人だった。

 カマキリが英語でマンティス、何を思ったのか開発スタッフはこれを「万ティス」と捉えて、それじゃ足りないからガジリオン(何億兆、不確定な膨大な数の意)に付け替えたのだった。なお、かじりついてくるモーションはない。口、小さいし。それでも私たちなら丸飲みできるサイズではある。

 

 メインウェポンであるその鎌部分は、一振りで一軒家を粉砕できる代物だ。

 深月さんの持つフェイタルサイスでもさすがに敵わないであろう巨大なもので、その振り下ろし攻撃はギロチンと呼ばれている。ゲームでは即死攻撃という判定はなかったが、現実としては避けられなければ……。


 弱点部位である頭部の位置が他の大型ストレンジャーと比べても高い位置にあるため、ガンモードで攻めるか、地についている脚部分にダメージを蓄積させて倒れ込ませてから集中的に攻撃するかだ。


「あの鎌をこっちに振り回されたら厄介です、三人で死角から一斉攻撃といきましょう!」

「了解。風花に合わせるわ」

「それじゃ私は二人が狙ったところに砲撃をお見舞いします!」


 狙うとすれば、手のように使っている前足二本は論外として、やはり四本のいずれか。そのうちで先に戦闘していたアクトレスたちが傷をつけているのは……左の中足。ここを三人で攻め落とす!


 私たちはなるべく真後ろから接近する。ストレンジャーにどれだけ蟷螂の特性がそのまま反映されているかは怪しいが、その複眼による視野はかなり広いと見ていいだろう。


 切っ先にマナを集中させたハルモニアを足に突き刺す! 浅い―――弾かれてしまった、そこに深月さんのニーズヘッグの横薙ぎがヒットする。斬撃の練度が私のとは比べ物にならない。深く切り傷ができるも、まだバランスは保たれたままだ。


「ちゃんと避けてくださいね!」


 後方からクラウディアさんの声がして、私と深月さんはその場を離れる。直後、カノンスピアによる高出力砲が直撃したことで破裂音と共に左の中足の破壊が達成される。けれども想定していたよりもガジリオンティスの体勢は崩れない。支柱が一本、壊れた程度ではまだ倒れないわけね。


 このまま胴体の脇に陣取っていれば鎌は振り下ろされないが、巨体の方向転換には巻き込まれてしまう。そこから鎌攻撃を喰らうのはあまりに悲惨だ。

 先にいたトループと挟撃できている今の陣形であるうちにできるだけダメージを与えたい、しかしどうすれば?


 数秒に満たない思考、それを裂いたのは深月さんの声だった。


「風花! 私をで打ち上げなさい!」

「はい!?」


 打ち上げるってなんだ。花火か。それとも事業終わりの宴のこと、ってそんなことよりも深月さんが示したのは私のハルモニアのことだよね? え、なんでこっちに突進してくるの!?


「ええい、ままよ!」


 私は深月さんが文字通り飛びかかってきたタイミングでハルモニアを振り上げる。その切っ先にマナを纏わせる必要はない。


「《神託》を踏み台にしたぁ!?」


 クラウディアさんがリアクションを担当する……!

 マナを纏った足で深月さんが私のハルモニアを踏み台に、跳躍する。そして向かう先はガジリオンティスの首。


「あれは―――っ!?」

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