第18話 フレア

 金色の輝き。月光を形容するにはあまりに眩く、力強い。

 それは深月さんがガジリオンティスの首元に振るおうとしている、ニーズヘッグの刃の光だった。安全な場所ではないのに私の意識はその光と、それに照らされる銀の髪、そして凛々しい顔つきに向けられていた。


「あれが【クレセントフレア】――――!」


 私がそう言い切るのとほぼ同時に黄金に光り輝く刃がその巨大な首に斬り込まれ、そして途中で止まることなく振り切られた。

 

 ガジリオンティスの首が落ちる……! 

 

 瞬間、私は七園風花としての記憶を思い起こしていた。ストレンジャー、中でも大型種は特に通常の生物と同等に扱ってはならない。それらはただ図体が大きくなっただけではないのだと。そこらの虫でも手足の一本や二本もげても動く。首を落としたってすぐにその生命活動は止まらない。それがストレンジャーであればなおさらだと。


 気をつけて!」


 私はクラウディアさんに向かって叫ぶ。

 果たして首から上が切り落とされたガジリオンテイスが、鎌のついた前足二本をだらんとさせ、その鎌を地につけたかと思えば、勢いよく身を半回転させてくる。


 左回転、それは私とクラウディアさんにとって正面からやってくる巨大な鎌を防ぐか避けるかしないといけない状況を作り出す。

 

 いや、避けられはしない。そうするには大きすぎる!

 ハルモニアを構える。衝撃に備えるのだ。あの時、イバラヒメと対峙したときとは違う。反射的ではない。しっかりと。こんなところで死んでたまるか。これぐらいの攻撃、受け切ってみせる!


 ここで私がやられたら深月さんの活躍が水の泡ではないか。

 当の彼女は視界の隅でガジリオンティスの背面に着地しているのがわかった。


「がはぁっ――!」

 

 奥歯を食いしばっていたのに情けない声が漏れる。

 宙に浮いている。鎌をぶち当てられた衝撃で、私はハルモニアごと吹き飛ばされたのだった。どうする? 受け身。そうだ、受け身だ。着地の際にマナを上手に展開させることができれば、打撲程度で済むはずだ。クラウディアさんがどうなったかを考える余裕はなかった。


 滞空時間がどれだけだったかはわからない。しかし自分が思っていたよりも短かったのは間違いない。なぜなら……。


「み、深月さん!?」


 吹き飛ばされた私を深月さんが空中で抱きしめて、無事に着地を済ませたからだ。

 SRを打ち終えた直後だというのに、そのマナはそうする十分な量があるみたいだった。空中での救援って、漫画やアニメでよく見るけれど、本当にできるのすごいな。あのほんの一瞬で私を助けにガジリオンティスから跳躍するのを選択した深月さんに感服と感謝だ。


「怪我はない?」

「な、なんとか。ありがとうございます」

「礼はいいわ。まだ終わっていないようね」

 

 深月さんの視線を追う。首から上を失った巨体が暴れている。怖っ。

 先にいたアクトレスたちが距離をとりつつ、ガンモードで射撃を続けて、注意を引き付けてくれているのが見えた。


「ふぅ。間一髪でした。七園さんの注意喚起がなければどうなっていたことか」


 幸いなことにクラウディアさんも無事だった。私と違って吹き飛ばされなかったが、地面の軌跡を見るにかなりの衝撃だったのは同じのようだ。


「シールドに加えて、ゼロ距離バーストでどうにかなりました。でもシールドはこの戦いではもう使えませんね」


 そう言って、みせてくれたスモールシルードは割れている。マナ伝導システムが破壊されていてはただのちょっと重くて大きな鍋蓋と変わらない。


「それよりも黒鉄さん、さっきのあれが例のSRですよね」

「作戦予定外の救援任務で大型ストレンジャーを相手にする。立派な緊急事態よね?」


 だから使って当然よと言たげな深月さんだった。


「立派かどうかはさておき、きっと七園さんとしてはタイミングを話し合ったうえで発動してほしかったでしょうね。もしもあの時、油断していたら私と七園さんは鎌の餌食でしたから」

「あの状況で風花は油断しないわ。この一カ月で知っているもの」

「その言葉……私たちがこうしてぴんぴんしていなくても口にできたのなら大したものですね」

「まぁまぁ、クラウディアさん。私は、クラウディアさんなら防御できると信じていましたよ?」


 嘘も方便というやつだ。

 たしかに深月さんのあの無計画の独断行動に等しいSR発動は危険の伴うものだった。とはいえ結果として、相手の戦力を大きく削ぐことができ、私も宙で抱きかかえられてさながらヒロイン気分を味わえたし、結果オーライといこう。戦場では絶対の作戦はない。反省会は奴の息の根を完全に止めてからだ。


「それで七園さん。どう思いますか、敵の動向。今すぐに首の再生こそしないにしても、ものの数分で停止しそうにも見えないです。あのまま首無しガジリオンティスとして生きるのでは?」

「放置したらあるいは。いずれは再生もあり得ますね。プラントまで逃げられると、むしろパワーアップしてリターンマッチといった具合です」

「穏やかじゃないわね」

「あのアクトレスたちと合流して作戦を立て直すのも一つの手でしょうか。それとも黒鉄さんにもう一度、あれを使ってもらうか」

「風花の考えに従うわ」


 暗にクラウディアさんではなく、というふうに深月さんは言って私を見た。クラウディアさんは文句を言わずに同様に私へと視線をよこす。


「ええと、いつ保護区内に侵入されてもおかしくないような切迫した場面ならともかく、射撃で逃がさずにできているのであれば温存といきましょう。隙を見て残っている足を叩き、機動力を落とします。あとは鎌が当たらない位置から急所を撃ち続けれ討伐は可能です。っと、その前に端末で周辺エリアのチェックをしておかないとですね」


 戦闘を再開してからではできにくいことだ。観測課から近くの地点でのストレンジャーの出現情報があれば、対応するか一度撤退するかを決めないといけない。


「八分前、イバラヒメとの交戦のために三トループ計二十名が出撃。セクメト、鷹ノ目隊、アステリアね」


 深月さんが読み上げる。


「風花、この周辺には新手の出現は今のところないわ。さっさとカマキリをやって、帰隊するわよ。いいわね?」

「……はい、わかっています」


 心配だからという理由で見物しに行くことが許される相手ではない。

 ヒロインである鬼灯さんの生存は信じられるが、それ以外はたとえ武神であっても……いや、やめておこう。そんな悪い想像はするものではない。状況確認は済ませた。手負いの怪物を仕留めることに集中すべきだ。




 別トループとの協力の甲斐あって、ガジリオンティスの討伐を成し遂げた私たち三名は警戒をしつつ、シアターへと帰還した。司令部への報告は深月さんがしてくれていた。メノウや枢木さんは忙しいらしく今は話せそうにない。報告書は明日でいいだろう。

 

 イバラヒメとの交戦、どうなっているんだろうか。


 シャワールームを出ると、クラウディアさんが待っていてくれて私にペットボトルのスポーツドリンクを渡してきた。もう二本を腕に抱えているのを見ると、彼女自身と深月さんの分もあるのだろう。

 深月さんはシャワー長いからなぁ。いっそ身体を洗うのを手伝いにいくとはいうのはどうだろう。今の深月さんなら「どうしてもしたいというならいいわよ」と少し恥じらいながらも受け入れてくれるのでは? 


「七園さん、思ったより平気そうですね」

「へ? あ、えっと、そんなこともないですよ?」


 現実逃避で妄想に軽く浸っただけだ。私たち二人はシャワールームを出てすぐ近くの談話スペースで円形のソファに腰掛けた。


「あの、クラウディアさん。セクメトと鷹ノ目隊ってどんなトループかご存知ですか?」


 先の戦闘についての分析は、するにしても深月さんが来てからだ。今のうちにクラウディアさんに聞けることは聞いておこう。


「言わずもがなどちらも優秀なアクトレスの揃っているトループですよ。大型ストレンジャーとの戦闘経験も豊富で、内輪揉め以前の黒百合ノ会であってもいくつかの面では敵わない、当シアターのトップクラスのトループですね」

「アステリアの周防さんみたいな人がたくさんいるってことですか」

「いくらなんでもそれはないですよ。セクメトは八人全員が近接戦闘もガンモードでの戦闘にも長けたアクトレスで、その連携のとれた戦術のうちでもフォーメーション・オベリスクは有名です。SR含め、彼女たちの戦闘技術あっての陣形なのでおいそれとは並のアクトレスが取り入れられないのが疵ではありますが」


 オベリスクっていうと、塔みたいな記念碑のことではなかったか。どんなフォーメーションなのだろう。遠近両方が得意なのであれば、その《神託》はブレイド系、つまりはバスターブレイドやロングブレイドなのだと察しはつくけれど。


「鷹ノ目隊のほうは、名前からして遠距離特化のトループなんですか?」

「そうです。広範囲索敵や必中射撃、それにどんな装甲をも貫通する高威力マナブレッドを実現できるSRを所持しているメンバーで構成されていて、ガンモードのスペシャリストたちとして有名です」

「へぇ……。ちなみにアステリアに入った元・黒百合ノ会の人っていうのは――――っと、じ、地震?」


 ぐらぐらと数秒大きく揺れたかと思うと、鎮まった。前世が地震大国在住であったので、これぐらいの揺れであれば慣れているとは言え、それを凶兆と捉えるのは当たり前だ。

 そしてそれは兆しではなく既に起きてしまったこととして、すぐに私たちの知るところになるのだった。


「七園さん、あれを見てください!」


 窓の外を指差してクラウディアさんが言う。方位を確かめずとも、東部だと直感した。イバラヒメがいる方角。鬼灯さんたちヒロインパーティーが戦闘しているはずの地点。


「あの光は一体……」


 クラウディアさんが呆けた顔をする。

 遠くに望めるのは美しい光の柱だった。ゆえにそれは異様に恐ろしくもあった。やがて空高くまで届きそうなほどの光の柱は収束し、光は失せた。


 嫌な胸騒ぎがする。リアルでこんなのあるんだと驚くぐらい強烈な嫌な予感だ。


「今のはイバラヒメの討伐が完了したということでしょうか。でも、あんな光……」

「クラウディアさん! 深月さんがきたら私はメノウのもとへ向かったと言ってください!」

「あっ、待ってください! 七園さん!」


 背中にクラウディアさんの声を聞きつつも、振り返ることなく私は駆け出していた。


 走りだして一分しないうちに端末が鳴りだした。アラート音? 不安をかきたてる音の並びだ。私の端末だけではないのが周囲からする同じ音でわかる。全アクトレスの端末からそれが鳴っているのだ。

 

 端末を手に取り、画面を見る。


「これって……!?」

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