第16話 スイーパー
深月さんから出撃と言われた時、私が一瞬思ったのはイバラヒメとの再戦だった。しかしどうもそうではないみたいだ。深月さんが「大掃除よ」と続けて口にしたから。
「端末にメノウが詳細を送るらしいわ」
「……ええ、今きましたね」
シアター北東部にてオーガラットン他、小型ストレンジャーの大群が観測、シアター側へと移動しているとのこと。イバラヒメの高濃度マナの影響範囲外へと出るための集団移動だと思われる。
その掃討に私たちの手を借りたいという話のようだ。
メノウから端末に送られてきた文面には、ハルモニアのアップグレードパーツの取り付けはあと五分もすれば完了する旨も付されていた。あずけてからまだ一時間足らずなのに。戦闘データに基づいてと話していたから思いつきでの行動でない分、すべての工程が滞りなくなされたゆえの速度だろうか。
いずれにせよ、いきなり実戦投入だなんて危険性はないのか。そういうテストなしにすぐさま実戦ってまるで主人公だ。
「待ってください。そうした話は司令部から何も……」
私が深月さんと端末を操作しつつ口頭でいくつか確認していると、クラウディアさんが顔をしかめた。
「司令部はまだイバラヒメの偵察・討伐隊の編成を行っている最中のようね。観測課からの報告を受けてメノウたち別の指令系統が判断して、いくつかの待機トループに要請を出しているわ」
背景を考慮するに、イバラヒメと小型ストレンジャーたちの群れの接触の可能性はない。むしろ遠ざかっていく一方のはずだ。すなわちこの大掃討任務は数が多いだけで危険度は低いと推定されている。
人手がいる、だからメノウは私たちデュオにも声をかけたのだろう。そこにはハルモニアの試運転(という名の実戦)も算段としてあるに違いない。
「トループ無所属のアクトレスまで積極的に要請を出すような緊急事態ではないようね。かく言う私たちもトループではないけれどメノウの管轄下ではあるのだから、こうして早くに連絡があった」
「それじゃ……」
私はどうすれば、とクラウディアさんの顔に書いてある。思い切ってここで彼女に私たちが協力を頼むのも一つの手かな?
しかし深月さんは既に席を立ち、グラスを片づけ終わったところだった。ハルモニアとついでにメンテナンス中のニーズヘッグがある、メノウの研究室にいつでも行く準備ができている。なんだったら、止まったままの私に冷たい視線を送っているではないか。
「私も同行させてください。足手纏いにはなりません」
きりっとした面持ちでクラウディアさんが、深月さんに向かって言う。それはまぁ、私よりは深月さんにだよね。
「五分後、《
その深月さんの声に私とクラウディアさんの「え?」の声が揃う。絵に描いたような口論や、そうでなくても会話の応酬があるかと思いきや、深月さんは早足で移動し始めた。私は慌ててその背を追う、っとその前に一度クラウディアさんを振り返る。
「研究室の場所、知っていますよね?」
私がそう訊くと彼女は肯いた。
深月さんに追いついた私だが、それを確認した深月さんは移動速度をぐんっと上昇させる。廊下は走らないと書かれた貼り紙はここにはない。これ、廊下の角でぶつかったら運命の出逢いどころか、ちょっとした交通事故だぞ。
「私たちが決めることではないから」
研究室前に到着してから深月さんが言う。それがさっきのカフェテリアでの対応の理由だとわかったのは息を整えてからだった。
午後二時十七分。
私と深月さん、そしてクラウディアさんの三人は出撃ゲートを抜け、まずはバリア保護区と非保護区の境界部までマナを使って移動し始めた。
病室で目覚めてからの戦闘は専ら枢木さんやメノウの同行があったから、こうしてアクトレスだけでの目的地への移動はあの日以来だった。小夏さんや他の一ノ瀬隊の人たちの背中を思い出す。非情にもその光景はどんどん霞んでいく。彼女たちの死の瞬間と違って。
ほどなくして境界部に到着し、都市防衛隊に一声かけてから保護区の外へと出た。今のところ、小型ストレンジャーの群れは一キロ圏内には姿がないとのことで、数キロの余裕がある。
この分であれば余程、長期戦かつ混戦にならない限りは打ち漏らしたストレンジャーたちが都市部に侵入だなんて事態にはならないだろう。仮になったとしても小型ストレンジャーであれば防衛隊の装備でも時間をかければ倒せるけれど、非戦闘員に危険が及ぶ可能性はゼロにするのが理想的だ。
「博士に頼まれたとおり、私は七園さんのサポートに入ります。かまいませんよね、深月さん」
「改まって言うことでもないわね。元トップクラスのトループ所属のアクトレスであれば、心配は無用でしょう」
出発前の研究室にて、クラウディアさんはメノウから私のハルモニア運用をできる範囲で観察してその報告書の作成を依頼された。私自身が作成するものとは別だ。
それを本作戦参加の交換条件を受け取ったクラウディアさんは快諾したが、私の見立てではメノウは端からクラウディアさんの参戦を止めるつもりも推奨するつもりもなかったふうだった。都合のいいアクトレスがのこのこやってきたから利用したというだけ。
深月さんは報告書の作成などの事務仕事って不得手だからなぁ。
私たちは《神託》を展開して臨戦態勢をとると、群れの進行想定地点へと進み始めた。
「クラウディアさんの《神託》って……カノンスピアですよね?」
「はい。ヴァイスアハト社のウラヌスモデルです。意外でしたか」
「そうですね、カノンスピアって深月さんのフェイタルサイスとは別方向に、尖った性能を持つイメージなので。クラウディアさんは堅実そうだからロングブレイドなのかなって思っていました」
「ふふふ、保守的とはよく言われますね。実際、黒百合ノ会の中でも立場としてはそうでしたが……戦闘スタイルは別です。シルード持ちな分、機動力は低めですが、カノンスピアでしかできない戦術は、はまると癖になるんです」
カノンスピアというのは別名を砲術槍と言い、近中距離で活躍する《神託》だ。ガンモードはなく一体型だ。スモールタイプからラージタイプのいずれからのシールドとセットで、どしっと構えて戦線維持するスタンスが主流。シールドを装備しないスタンスをとっているカノンスピア使いもいると聞く。
見たところ、クラウディアさんが装備しているのはスモールタイプのシールド。そもそもが、砲術を可能にしている機構が通常の《神託》と異なり、そのまま敵の攻撃を受け流すのに不向きで衝撃に弱い構造を有しているゆえの盾持ちである。カノンスピアの中距離砲撃は並の《神託》のガンモードによる射撃の何倍もの威力がある。
かつ、その槍術は極めることができればロングブレイドでは与えられない種類のダメージを敵に与えることができるのだった。
オトハザとしては四作目になって初登場した武器種だけれど、設定的にも歴史の浅い《神託》だ。大きな変形を伴うモード移行がないと同時に、旧世代のシングルタスクタイプとも別なこともあって、新世代のスタンダードとみるシアターもあるのだとか。見た目のデザインがいいので、プレイヤー側の支持者も多い。DPS、すなわち秒間火力を算出すると多くの場合、ロングブレイドに軍配が上がるもご愛嬌。
ちなみにクラウディアさんはウラヌスモデルと口にしたが、私の記憶が確かならそれは四作目では最高レア一歩手前の段階の装備だったはずだ。ネイビーをメインに、クラウディアさん自身の髪色に似た黄味の混ざった赤色がアクセントになっている。
保護区外に入って数分後。
道幅こそ広いが凸凹とした地形にて会敵する。一部、半壊した建物のせいもあって見通しの悪いポイントがある。
「群れを発見。これより作戦を開始」
深月さんが端末にて報告を行い、私たち三人で戦闘を始める。
視認できている小型ストレンジャーのほとんどがオーガラットン。うわぁ、二十体はくだらないぞ。イバラヒメから十分に距離を置いたせいか、群れはこの場所に一時的に身を留めているようだが、雑魚敵でもこうも多いと制圧には時間がかかりそう。
端末上に、私たちと作戦を共にすると思われる他のアクトレスたちの反応があり、そう遠くない地点を移動している。数分後には合流してくれそうだ。こうしたことを把握するため、制御輪が送受信しているシグナルの一部はシアターのシステム管理課だけではなくアクトレス間でも共有されているのだ。
「この状況、ゲートが発生していると考えるべきね。数を減らしながら発生ポイントにたどり着かないといけないわ」
ゲート、それは小型ストレンジャーの無限リスポーン装置としてゲームでも存在したものだ。ただしシリーズによっては形状が違ったり、世界設定に組み込まれていなかったりする。
七園風花としてかつて読んだ本を参考にすると、この世界におけるゲートはまず小型ストレンジャーの群れが発生し、そのことで一定範囲におけるマナ濃度が乱れてゲートが開くという仕組みらしい。
ようは小規模な群れを大群に押し上げる装置だ。ストレンジャーの数を減らしていけば自然と閉じるが、ゲートそのものを攻撃して無理やり閉じることも可能。ただ、ストレンジャーの数が依然として多い場合は、時間をおいて別のところでまた開いてしまう。
「そういうことなら、私にお任せください」
踏み出そうとした深月さんだったが、クラウディアさんの声で一旦止まる。怪訝そうな顔をする深月さんだったが、クラウディアさんは笑顔だ。
「私のSRは【エクスサイト】です。索敵系統のSRの中でもストレンジャーを対象とした広域感知を得意とする能力で、ゲートも感知可能です」
「それ、作戦前に共有しておきなさいよ」
深月さん、正論でぶった切るなぁ。
「と、とにかく! すぐにゲートの位置を見ますから」
そう言ったクラウディアさんの両目が淡く発光する。
ほとんどのSRは発動時にマナの特性変化があり、それが可視化される。視覚拡張の一種とも言える【エクスサイト】の場合は眼にそれが現れるわけだ。フィクションではよくある設定だが、こうして実際に目元が光っているとちょっと引くな。
「あそこです! それとあそこにも!」
クラウディアさんが指で示した場所は二つ。思いのほか、離れている。しかも片方は建物の二階部分だった。機動力を考えれば、深月さんに任せるのがいいだろう。建物は損壊している箇所があるので、マナを使ってジャンプすれば地上からそのまま
二階へと突入も可能だ。
「深月さん、二階部分にあるゲートの破壊をお願いできますか。私とクラウディアさんで地上にあるゲートを叩きにいきます」
「デュオのコンビネーションとは言い難いわね」
「今は三人なので」
「わかったわ。さっさと潰して、敵を蹴散らしながら二人と合流する。それでいい?」
「ええ、お願いします」
そうして深月さんが駆け出す。群れに真っ向から突撃するが、次の瞬間にはその大鎌がオーガラットンたちのメタリックな胴体を真っ二つにしている。
これ、深月さん一人でもいいのでは……?
「行きましょう、クラウディアさん。砲撃で数を減らしてくれれば、私が打ち漏らしを討ちます。背中は任せてください。それとも私が先を行きましょうか」
「いいえ、七園さんの言うとおりにします。本作戦の指揮権はあなたに委ねると決めていましたから。お手並み拝見です」
そうかしこまって言われると緊張するぞ。
さて、何事もなく終わればいいのだけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます