第15話 クラウディア
イバラヒメの再出現によってシアター内外に緊張感が走る中、安穏としているカフェテリアで私と深月さんに一人のアクトレスが話しかけてきた。
一ノ瀬隊に所属していた六条アイラさんのルームメイトであったと自称する美少女、クラウディア・ヴァイトリングさんである。
彼女は私たち二人に突然、トループの結成を提案してきたのだが……。
「無理な話ね」
深月さんは即答すると、半分ほど残っているアイスティーをまた一口飲んだ。
「雨晴博士になら既に話を通してあります」
微笑みを一ミリも崩さぬままでクラウディアさんはそう言った。
深月さんが眉をピクリとさせる。断ったのは個人的感情からではなくメノウから言いつけられていたのだろう。そもそもが、深月さんはトループで問題を起こしたことでメノウの研究室預かりになっているアクトレスなのである。ほいほいと受け入れられる提案ではないし、誘ってくるアクトレスもいないはずなのだ。
「……と言っても、博士はお二人ともが乗り気であれば検討してもいいわよ、というご返答でしたが」
「ねぇ、それって遠回しに断られたのではなくて? そう思うでしょう、風花」
「え? あ、はい。私たちを特定のトループに入れる話は博士からは聞いていません。ヴァイトリングさんからの打診は初耳です」
「クラウディアでかまいませんよ、七園さん。ところで私が今どのような立場にあるかお二人はきっとご存知ないですよね?」
私と深月さんは顔を見合わせる。ほんの数秒。
「それはつまり――――貴女もまたメノウに関心を持たれるようなイレギュラーなアクトレスってことかしら」
「いいえ、そういうわけではないですね」
確信めいた声色で訊ねた深月さんだったが、空振りだったようだ。
クラウディア・ヴァイトリング……どこかでその名前を見た気がする。クラウディアさんその人ではなく彼女のプロフィールを。
ええと、だとしたら端末でってことだよね。何も私はシアター所属のアクトレスを隅から隅まで記憶していることはなくて、だから何か理由があって彼女の名前を……。
「あっ」
「どうしたの」
「クラウディアさんって、あの黒百合ノ会の?」
私たちの所属するシアターの中でもトップトループの一つと言える黒百合ノ会。元々は過去に存在した、後方支援部と密な関係にあり実質的なシアター執行部として権力を握っていた白百合ノ会というトループ連合に、対抗するために立ち上げられたトループであるはずだ。
それから四半世紀余り経った今では、白百合ノ会は解体され、黒百合ノ会もまた実力のあるトループの一つでしかない。
しかし、そういった歴史的経緯があるゆえに私が知っているのではない。
「たしか最近になって、内輪揉めがあって一部メンバーが離脱したって……」
そうだ、その一部のメンバーが鬼灯さんのいるアステリアに入ったと聞いたのだ。
「なるほど。貴女はメンバーの補充として、私たちに声をかけたのね」
深月さんはまたしても自信ありげにそう口にしたが、クラウディアさんは首を横に振った。おいたわしや、深月さん。
「私は抜けた側のメンバーです。七園さんは把握しているかもしれませんが、黒百合ノ会は例外的に十一人以上の編成が認可されていたトループです。騒動直前には十五人ものメンバーを抱えていました」
それは知らなかった。十五人全員で出撃となると、私の知るオトハザとは明らかに戦術・戦略何もかもが違ってくるな。
「しかし今では九人です。離脱したメンバー六人でトループを、という話も一旦はありましたがリーダーとなる人材に欠けていたため、結局は……」
初めて言葉を濁すクラウディアさんだった。
そこに深月さんは「何が原因だったの?」とストレートにうかがう。怖いものなしだな、この人。頼れるお姉様だなぁ。
「それは、その……。七園さんは何も噂を聞いていませんか」
「私ですか? いえ、まったく」
妙だな。さっきまで見事なまでの微笑みを張り付けていたクラウディアさんの動揺が表情にも出ている。ちょっと可愛い。待て。もしかしてそれが狙いだろうか。この短時間でのギャップ萌えを……ちがうか。
深月さんがじぃっと見つめ続けるのに押されて、クラウディアさんは咳払いをしてから話す。
「理由のすべてではありませんが、騒動の一因はメンバー間の……痴情のもつれにあるんです」
「痴情のもつれ?」
「十五人目のメンバーを過剰に可愛がる先輩方の対立がそのままトループ全体に波及したんです」
「過剰に可愛がる?」
深月さんは納得がいかない様子で、黒百合ノ会の件をどんどん掘り下げようとする。
よせばいいのに。と思いつつ、私も気になっているので止めない。
「……その子が複数の先輩と、その……性的な関係を持ったのがまずかったんです」
ひゃあー。
アクトレストループ界隈にもサークルクラッシャーは存在したわけか。まぁ、ほら、命がけで戦っている分、そういう方向にも欲求が募るのかな?
それはさておき、深月さんが目をぱちくりとさせている。あ、これ、わかっていないやつだ。私はさすがにこれ以上はと思い、深月さんが何かとんでもないことを訊く前に口を挟むことにした。
「黒百合ノ会の事情はおおよそわかりました。それでどうしてクラウディアさんは私たちとトループを? 私は……知ってのとおり、アイラさんを守れませんでしたし、むしろ見殺しにしてしまった人間と言われてもしかたないです」
「風花、それは――――」
「驕らないでください」
「え?」
「当時、正規アクトレス一日目だったあなたがアイラたちを守る守らない云々を言える立場ではなかったのはご自身がわかっているでしょうに。せめて……あの子の犠牲が無駄ではなかったと信じさせてください」
最初の何倍もの圧をもってクラウディアさんが私を見据えて言う。
「すみません、失言でした」
深々と私は頭を下げて謝る。
沈黙が重く沈み込まないうちに深月さんが話を元に戻してくれた。
「トループの件だけれど、風花には入団を希望しているトループが既にあるの。だから、貴女の申し出は受けられないと思うわ」
鬼灯さんとのやりとりを深月さんに話したのはつい最近だった。
「そうなのですか?」
「は、はい。アステリアに所属している人と個人的な関わりがあって。えっと、黒百合ノ会の離脱メンバーも二人、そこに入ったそうですね」
「アステリア……。そうですか、七園さんもあの武神のもとに」
「武神?」
穏やかじゃない呼称が出てきた。誰のことだ、それは。
「知らないんですか? アステリアの隊長を務める
私は深月さんに目配せする。意外なことに深月さんは「知っていたわよ」と口にした。トループにいた頃であっても他トループにほとんど関心がなかったと前に話していた深月さんでも把握しているアクトレスか。
「いろいろ例外っていうのは?」
「彼女は、トループ推奨の当シアターで長らく積極的なソロ活動を看過されてきた唯一と言っていいアクトレスです。独り静かに過ごしたいという本人の要望もあってシアター外にはその情報はあまり漏れずにいたというのも事実ですね。シアター内部であっても公開されている情報が少ないですから。一部ではシアターの秘密兵器、劇団長の懐刀なんて呼ばれ方もされている人ですよ」
どうりで端末でそのプロフィールを閲覧した記憶がないわけだ。
そして秘密兵器にしてはアクトレスたちでの知名度はあるみたいだ。それにしてもどうしてそんな人が鬼灯さんたちとトループを?
「強い人なんですね」
「嘘か本当か、大型ストレンジャー六体を同時に一人きりで討伐したっていう逸話がある程度には」
とんだ化け物である。
つまりは今作の最強キャラ枠か。オトハザ過去作においても、主人公の師匠ポジションや指揮官役でそういうアクトレスは登場していたなぁ。
私が感心しているとクラウディアさんが苦笑する。
「今は周防さんのことはいいんです。……黒鉄さん、あなたはどうなんですか」
「どうとは?」
「私はお二人が受注した任務の報告データを閲覧して、ぜひにと思ってこうしてお誘いにきたのです。どうもデータの一部は雨晴研究室の極秘扱いになっているようですが、しかしそれでもこのままデュオで活動を続けるだけなのはもったいないと思いうんです。実際問題、七園さんのアステリアへの配属申請が通った後、黒鉄さんはどうするんです?」
私は深月さんがどう答えるかがなんとなく察することができた。果たして彼女はそのとおりの返答をクラウディアさんによこす。
「どうもしないわ」
「えっ」
「アクトレス事情に私より何倍も詳しい貴女が知らないわけないでしょう? 私がどうしてメノウのもとにいるのか。私にトループは向いていない。かと言って、風花がいなくなった後で貴女とデュオと組むと言うのも……乗り気しないわね」
アイスティーの入ったグラスが空になる。それに対して、クラウディアさんはいつまでもドーナツにもドリンクにも手をつけていなかった。ドーナツが三個あるのは、彼女が甘いもの好きという理由ではないと思う。
「いいですか? もしも報告データから黒鉄さんがデュオを組んでいる七園さんを蔑ろにしているのが、軽んじて好き勝手動いているのがわかったのであれば私はこうやってお誘いすることはありませんでした」
微笑みを崩して、真剣な顔つきのクラウディアさんだ。
「ですが、逆なんです。あなたたち二人は任務をしていくごとに、その連携に磨きをかけている。そこに私は可能性を見出しました。黒百合ノ会やアステリアに匹敵するレベルのトループを構築する上で最適な人材になるのだと」
「もしかして貴女は古巣に仕返ししてやりたいの? そんな動機での共闘は嫌よ」
「違います! 私はただ……一人のアクトレスとして自分が最も活きる舞台を探している途中というだけで」
言い換えれば自分の居場所だ。
この子が黒百合ノ会を離れたのは、巻き込まれた形であったのかもしれないなと私は思った。前世の私よりは長く生きていないであろうこの少女には強さもあれば弱さもある。
私と深月さんというはみ出し者に、研究棟ではなくこのカフェテリアにいる時に声をかけてきたその気概は評価に値する。私が彼女の立場だったらできなさそうなことだ。
彼女には彼女なりにアクトレスとしての矜持があるに違いない。それは大多数のアクトレス同様、チームとして動くことによって最大限に活かされる能力なのだろう。
「あの……誤解を恐れずに言えば、今の私はアステリアへの入団に固執していないんです」
私はクラウディアさん、そして深月さんの反応もうかがいながらそう言った。
「私はイバラヒメに対して自分と似た因縁を持つ鬼灯未理さんと出会い、その人柄に惹かれて彼女との共闘を希望しました。イバラヒメを共に打ち倒したい、その想いは変わっていません」
「ですが七園さんは……」
「そうです。復帰から一カ月経った今でも討伐チームに編成されるほどの実力は身につけていません。このまま、私が再び対峙する前にイバラヒメは狩られてしまうかもしれない。いえ、それを待ってほしいなんて思ってはいません。もう誰の犠牲もなしにあの怪物が倒されたのであればそれは喜ぶべきことですから」
クラウディアさんは私の言葉に「それはもちろん」と相槌を返す。もう誰にも戦いで死んでほしくない。アクトレスたちがそれを願わなかった日などないはずだ。
「ただ、そうは言っても近頃の私は、新しくできた年上の友達と疎遠になるのも嫌だなって思う気持ちもあります。少し不器用なところがある人ですけれど、見蕩れちゃうぐらいに綺麗で、頼もしいアクトレスなんです」
話に耳を傾けてくれている深月さんを私は見つめた。
「その人といっしょにアステリアに入るのが理想ですが、それが叶わないなら――――新しいトループというのも私としてはありだと今は考えています」
あの日のやりとりで彼女のまっすぐな想いにあてられて、勢いで入団を申し出たものの、私はその隊長であり、武神と呼ばれる周防琴葉さんのことさえ調べていなかったのだった。
そして、ここ一カ月で幾度なく戦場を共にしていた深月さんと別れるのは惜しい。これが今の私の本心だった。
「風花ったら、私の知らないところでそんな人とも知り合っていたのね」
「深月さんですよ!?」
あ、あれー?
私が勝手に敬慕していただけだったの? うう、世知辛いぞ。
「ん、ん。まぁ、あれよ。風花が乗り気なのなら私もヴァイトリングさんが作ろうとしているトループの話をお受けしてもいい……かもしれないわね。きちんとした構想を提示してくれてからというのはあるけれど」
おや。ひょっとして照れている?
空になったグラスに口をつけ、離す。そんな深月さんだった。
不意に端末が鳴る。着信音。それは深月さんのものだった。彼女はとくに私たちに断りなく通話を始める。ものの二十秒で終える。
そして私を見やった。
「風花、出撃よ」
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