第12話 アサカツ

 大鎌を振り回す銀髪アクトレスである黒鉄深月さんとデュオを組み始めた、その三日後。早朝に彼女が私の部屋までやってきた。

 容赦なくドアをノックしてきて声をかけてきたのである。


 シアターから支給されている機能重視の可愛げのない寝間着姿の私は、寝ぼけまなこで彼女を迎えた。彼女はきっちりと制服を着こなしている。

 

 三日前、グランウータンとタイニーウタータンを討伐した際には、その服がまったく汚れなかったのを思い出す。

 彼女が扱うフェイタルサイスタイプの《神託オラクル》は他と比べてガード性能が低い。バスターブレイドのようにそのまま大盾のように攻撃を受けることができないのはもちろん、ロングブレイドのように衝撃を受け流すというのも構造上難しいのだ。

 したがって回避行動が重要なのだが、小夏さんが使っていたデュアルブレイドのように軽量でもなければ小さくもないので、基本的には敵の隙を突いては適切な距離をとってを繰り返して戦う武器である。


 ところが黒鉄さんの戦い方ときたら、いかに相手の攻撃を阻害し続けるか、言い換えれば自分が回避する必要性を減らすという方向性での動きだった。

 それがどんなストレンジャーに対してもなのか、討伐経験のある種だからなのかは知らない。

 確かなのは、見ていてハラハラするということだった。


「七園さん? ずいぶんとぼんやりして私を見ているけれど、まだ寝足りないのかしら。時間を改めた方がいい?」

「あっ、いえ、起きています、はい」


 枢木さんが朝食を持ってきてくれるまで、まだ一時間もある。それは私がいつもより一時間近く早く起きたのを意味するわけだ。


「どうしたんですか、こんな時間に」

「思いついたのよ」

「何を?」

「デュオとして私たちの両方が成長できる方法」


 少しばかり嬉しそうな表情を見せる黒鉄さんが可愛かった。ああ、なんだいつも仏頂面か無表情を貫いている、氷のお姫様タイプじゃないんだ。


「朝練しましょう」

「はい?」

「寝起きの訓練よ。これまでは、したくても一人でしにくいメニューもあったの。でも七園さんがデュオになってくれたから、いろいろ試せるわ」

「へ、へぇ」

「どうしたの? 異議があれば言ってちょうだい。仮にあなたが既に完璧なモーニングルーティンを組んでいて、それを崩されたくないのであれば時間をずらすわ。わかっているわよ、お互いを尊重すべきなんでしょう? こういうの」


 それを理解している人間が、事前連絡なしにやってきて、人が寝ているところに何度もドアをノックしてくるだろうか。


「ええと、朝練には賛成です。あんまりハードなのはついていけなさそうですが。と、とりあえず着替えますから、少し待っていてください」

「わかったわ。ん、待って。手伝ったほうがいいの?」

「えっ。何をですか」

「着替えよ」


 黒鉄さんは真顔でそう言った。


「いや、なんでですか」

「知由が言っていたわ。デュオというのは言わば義姉妹なのだと。年齢的に私が姉であるのだから、妹の世話をするものだって」

「……。枢木さん、他に何か言っていました?」

「髪を梳いてあげたり、風呂場で身体を洗ってあげたり――――」

「黒鉄さん、あの人が言ったことは一旦忘れてください。多分に、個人的な妄想や願望の類をべらべらと口にしているだけですから」

「たしかにあなたから、お姉様と呼ばれていないわね」

「アクトレスのデュオはそういった関係でないです」


 それとも私が知らないだけで今作のオトハザで生えてきた設定なのか? 契約上の姉妹なんていう、いかにもその手のジャンルの愛好者がグッとくる関係性を導入してきたとでも? ないと言い切れないのがオトハザシリーズだ。


「七園さんは物知りね。じゃあ、変に世話を焼かなくていいのね。助かるわ、私は親しくない間柄の人とべたべた触れ合うのが得意でないから」

「そ、そうですか」


 好き嫌いではなく得意不得意という尺度であるのが黒鉄さんらしかった。そして暗に、私と親しくないことを示された。間違っていないが、複雑な気持ちだ。


 その後、私は黒鉄さんに先に訓練場所へと行ってもらい、一人で着替えた。朝食を持ってきてくれるであろう枢木さん宛てに書置きを残しておく。ちなみに彼女は、普段から私が訓練している間に作り置きなどを持ってくることがあるため、スペアのカードキーを持っているのだ。




 二十四時間開放しているという研究棟のいつもの訓練室で、私たちは朝練に励んだ。二人でする訓練ということで、もしかして直に彼女のニーズヘッグと私のハルモニアで鍔迫り合いでもする展開があるかもと予想していたが、専ら仮想空間での対ストレンジャー訓練だった。

 彼女が慣れた手つきで訓練装置を操作し、訓練を開始する。


「……たとえばこんなふうに、どちらか片方が敢えて隙を作って、敵の注意を引くことでもう一方が大技を仕掛けられると思うのよ」


 三十分して、黒鉄さんがいくつか私に立ち回り方を提案してきたが、どれも私を仲間というよりも道具とみなしているのがひしひしと伝わってきた。

 本人に悪気も自覚もないのはわかるのだけれど。わざわざ手に持たなくていい《神託》がもう一本手に入った、そんなふうなのだ。妹になりたがってはいないが、どうにも人間味に欠いた扱いをされるのは嬉しくないぞ。


「ですが、黒鉄さん。積極的に囮役を作るよりは、二人で確実にダメージを稼いでいくほうがリスクは少ないと思うんです」

「渾身の一撃を外さないための役割分担よ? リスク管理という話であれば、そうね、しばらくは私だけが囮役を担うわ。それを見てあなたも学んでくれればいいのよ。それでいいでしょう?」

「時と場合しだいで、そうした戦術をとること自体に反対はしません。ただ、もう少しオーソドックスなコンビネーションを練習しませんか。ええと、つまり息を合わせて立ち回るような」

「もっと具体的に示してくれる?」


 私は記憶を頼りに教本や映像資料でのトループ単位でのアクトレスの戦術、その中でも二人から四人で行うものを身振り手振りを交えて黒鉄さんに話してみる。頭で整理しながらもあって時間がかかる。

 あくまで記憶が頼りだ。なぜなら七園風花という少女は、候補生時代は基本的に孤独であり、そして今はまだ新人、より正しく表現するなら一日にしてトループメンバーを喪った駆け出しアクトレスなのだから。


「どれも難しいわね」


 黙って最後まで聞いたうえで黒鉄さんはそう口にした。それはほとんど「無理ね」と同じトーンだった。


「あなたを傷つけない自信がないわ」

「べつに私を護りながら戦えと言っていません」

「メノウは言ったわ」

「あれは、そのままの意味ではないと思います」

「つまり?」

「私は黒鉄さんのもう一つの武器でもなければ、護衛対象でもなく、ましてやお荷物でもありません。一人のアクトレスであり、仲間です」

「わかるように言って」

「……険しい道のりになりそうですが、訓練を積んでデュオとして心の通じ合った戦い方をできるようにしましょう。それがお互いの生存に繋がります」

「これまでソロでの受注を断られてきた高難易度任務の達成にも繋がるってことね」


 わざとなの? 天然なのか、この人。生き方の違いがそのまま話のすれ違い、噛み合わなさに直結している。このタイプの人にはメリットデメリットを明確にし、具体的な数字や結果に基づいた交渉を要するのか。


「さっそく七園さんが提案してくれた戦術の一つを確認しましょう」

「あの、私まだ朝食とっていなくて。ほら、もう五十分も経っていますし」

「ええ、きりが悪いわよね。さぁ、始めるわよ」

「……はい」


 創作物でよくいる、馴れ合いを許さない一匹狼系のキャラと異なり、かまってくれる分は希望があるのかもしれないなと思った。たとえばそう、これから本当に姉妹みたいな仲になる展開もあるかなって。


 銀髪がさらりとしてその横顔を盗み見る度に、心の奥がきゅっとする。

 黒鉄さんは私にとってストライクな見た目と声をしているのだった。容姿だけならともかく、声もいいんだよ、声も!

 決戦時にこの子のボーカル入りの挿入歌流れそうだなんて思っちゃうもの。試しに歌ってくれるようお願いしたらどう返されるかな。「そういう戦略もあるの?」と真顔で言われそうだ。



 

 朝練開始から一週間があっという間に経った。

 枢木さんと二人で夕食をとっていると、端末に黒鉄さんから連絡がきた。休養も大切だから明日の朝練はなしにするとのことだった。前日の夜ではなく早くに言ってほしい。

 たった今、決めたのでは?


「七園ちゃん、ここのところは黒鉄ちゃんと二人きりで、朝から激しい運動して汗を流しているんだよねぇ」

「間違っていませんが、どうしてそんなにやけているんですか」


 そう指摘してから思い出す。

 あの時、一ノ瀬隊の控え室で私も冬子さんに似たようなこと言われたっけ。あれからもう一カ月以上経つんだ。イバラヒメの再出現の情報はまだないが、鬼灯さんたちアステリアの活躍ぶりは耳に入っている。桃園の誓いよろしく、三人からスタートしたトループらしいが現在は五人体制であるらしい。

 なんでも、私たちのシアターでトップクラスだったトループに内輪揉めがあり、そこを抜けたメンバーが入ったのだとか。主人公視点ではメインストーリーの一部だと推測できるが、私が詳細を知ることはない。


「黒鉄ちゃんの動き、変わってきたなぁって思ってねぇ。七園ちゃんの影響をびんびん受けているんだねぇ」

「一昨日の任務を見る限り、必ずしもプラスの変化と言えないのが悔しいです」

「そうなのぉ?」

「ええ。だって私に合わせるのを意識してくれて、でもそれに身体が追いついていないから、うまくいっていないのがわかりますので。それで負傷していないのは、黒鉄さんのもともとの回避能力が高いからですよ」

「なるほどねぇ。じゃあ、普段から二人はもっと親密にならないとだねぇ」

「それ、他所で言わせないでくださいよ。変な意味だと思われかねないですから。それはそうと、メノウは忙しそうですね」

「あ、本命は雨晴さんなんだぁ。……む、無言で睨まないでほしいなぁ」


 私は箸を一旦置いて、なんとなしに窓のほうを見やった。カーテン越しに雨音がする。ゲームでは常に小雨が降っているマップや一部のムービーシーンでも雨の演出があったが非戦闘時の屋外エリアはいつも晴れていた。


 この世界が今の私にとっての現実で、私はそこで一人の人間として生きているんだと今更ながらしみじみ思う。これからも幾度となくそんなことを考えてしまうのだろう。前世での二十年足らずの記憶とそれと結びついている感覚や思考がすぐに溶けてなくなりはしないのだから。


「ここだけの話、メノウが痺れを切らさないか怖いんですよね」

「なんのことぉ?」

「ハルモニアです。契約前にあの人が説明してくれたような特別な能力、まだ発揮できている気がしないんです。私のマナが持つ特殊な波動が云々ってやつ」

「ふむふむ。それで?」

「ハルモニアの真価を引き出すために、メノウが強引な手段、たとえば大型ストレンジャーとの決闘でもセッティングするんじゃないかって不安なんです」

 

 そうなったとき、その巨影にイバラヒメを重ねることがあれば、私はそれに立ち向かえるのだろうか? 私の足は動いて、この手でハルモニアを振るい、その巨大な怪物と戦えるのだろうか……。


「あのねぇ、七園ちゃん」

「はい」

「雨晴さんが本当に根っからの異常研究愛者でアクトレスたちを実験体にしか考えていなかったら、私は協力していないし、黒鉄ちゃんも指示に従わないと思うんだぁ」


 しかし現に私に対してストレンジャーの細胞移植を決行したのは彼女だ。その事実をして、彼女が研究のデータやそれによってもたらされる成果よりも私たちの身を大切にするとは今でも信じ切れないのが本音だった。たとえ命の恩人でも、だ。


「うーん。原点を知るといいのかなぁ。雨晴さんは実はねぇ……」


 枢木さんがメノウについて何か話そうとしたそのとき、私の端末から着信音がする。ディスプレイが黒鉄さんからの着信を知らせている。枢木さんが出るように目で促してくれ、私はそうする。


「もしもし」

「直接、電話したほうが早いと思って」

「えっと、明日の朝練をなくした件なら確認済みですよ?」

「そうね。その旨は返信してくれたわね。それでね、思いついたのよ」

「何を」


 あまりいい予感はしないぞ。


「明日、デートに行きましょう」

「……はい?」

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