第11話 クロガネ

 私がデュオの相手と引き合わせられたのは、メノウに朝のカフェテリアでその件を告知された日から二週間も経ってからだった。


 それまでに保護区の外で実戦が五度あった。枢木さんとメノウも同伴したがアクトレスは私一人であり、小型ストレンジャーとの戦闘がメイン。


 境界部付近での小型ストレンジャーの掃討は頻繁に行なわれており、シアター側としても常設任務として設定している。それを請け負う形で私は出撃し、成果を上げていたのだ。

 二度目の出撃前に、メノウが新しい制御輪を用意して私に与えた。曰く、任務の正規受理には不可欠のものであるらしく、一度目は受注管理をしているオペレーターを懐柔しての手続きだったという話を聞いて呆れた。

 

 鬼灯さんとのコンタクトも理由の一つであるが、私の身体が回復済みであるのを周囲に隠しておくのはやめになった。雨晴研究室での新タイプの《神託オラクル》の機能検証に協力しているアクトレスというのが公的な立場となっている。


 なお、過去に心身に大きなダメージを負ったアクトレスでも扱いやすい、新規格のマナコントロールシステム搭載型神託というのがシアター側にメノウが提出しているハルモニアのコンセプトだ。「あながち大嘘でもない」というのがメノウの言い分であったが、実態としてはストレンジャーの細胞移植を受けて蘇生された私のマナに観測された、特殊波動ありきのシステムである。


 話を戻すと、私のデュオの相手だ。


 枢木さんを研究室に残してメノウといっしょに私は研究棟の一室へと向かった。そこは私にとっての訓練室になっている部屋で、その日は先客がいた。


 すらりとした長身でロングヘア。その色はなんと銀色。入室した私たちに気づいて振り返ったその少女の顔立ちはあまりに整っていて人形のようだった。感情が読み取れずに目つきばかりが鋭いこともその印象に拍車をかけた。


「……黒鉄深月くろがねみづき、さん?」


 私は記憶と照らし合わせて彼女の名前を呟いていた。デュオの相手は私が知っている人物だと、メノウは二週間前に言ったきり、その正体を教えてくれていなかった。そして私が今日に至るまで予想していた相手の中に黒鉄さんはいなかった。


「あなたの素敵な先輩よね?」


 メノウが眼鏡に指を添えながら言う。


「先輩と言っても、同じ養成スクールの卒業生というだけ。マナクラスAの黒鉄さんの噂は私の耳にも入ってきたけれど」


 一つ年上のアクトレス候補生でとんでもない怪物がいる。七園風花として私はスクール在籍時代にそう聞いた覚えがある。

 その髪色とストレンジャーという魔を退ける強力なアクトレスとなり得ることから、シルバーブレッドなんて呼ばれ方もしていたはずだ。一方で、誰も近寄らせない孤高の美人ぶりをして銀狼だとか、シルバークイーンだとも言われていた。


 そんな彼女と私の直接の面識はない。全クラス参加の合同訓練の際には遠目からその卓越した動きを目にすることがあったというぐらいだ。


「メノウ、その子が例の?」


 目つきに負けず劣らずの鋭く冷ややかな声で、黒鉄さんはメノウに訊く。名前を呼び捨てる仲なのだろうか。私は心の内では呼び捨てていても、本人はそう呼んでいないのに。だから何だって話ではあるが。


「そう、今日からあなたのパートナー、七園風花よ。今後の戦闘はこの子を護りつつ、戦い方を教えつつになるわ」

「……煩わしいわね」


 はっきり言うなぁ。


「さて、デュオ結成の意図を確認するわね。まず黒鉄深月にとっては他のアクトレスとの連携とフォローを体得し、チーム全体のパフォーマンス、そして生存率を向上させられる人材となるため。七園風花にとっては、突出した力を持つ前衛アクトレスの戦闘スタイルを学習するとともに、戦況に応じた戦術の提案や指示ができる人材になるため。何か質問はあるかしら」


 深月さんが「いいえ」と首を横に小さく振るが、私はそんなふうにあっさりと受け入れられなかった。


「黒鉄さんから戦闘をレクチャーしていただくのに不満はない……です。でも、戦術の提案や指示って、私が? どうしてそんなことまで求めるの?」

「適性があるからよ。これまでの戦闘データに基づいた確たる適性がね。とても新人アクトレスとは思えない、立ち居振る舞いだったわよ。ストレンジャーたちの動きを頭だけではなく肌で熟知しているような」

「それは――――」


 前世でのゲーム知識を総動員して、敵の攻撃モーションを見切っていた、それが偶々うまくいっていたというだけだ。過去作の亜種ならともかく、完全に新種のストレンジャーへの対応力があるとは言い難い。


「メノウがそこまで言うだなんてね」

「あら。深月、もしかして妬いている?」

「ふざけないで。かえって信用できないのよ、その態度は。前に自信満々に渡してきた試作神託の不備で窮地に立たされたのを忘れていないわ」

「あれは深月の使い方が乱暴だったせいよ。段階的に出力をあげていくはずが、勝手にフルパワーで暴れたら、損壊するのは当然だわ」

「そこまで見越して製造すべきでしょう?」

「試作機は試作機でしかないのよ、深月。それにあの頃の私と今とでは違うわ。いつまでもうじうじ言わないでほしいわね」

「先月のことよ」

「そう、過去の話」


 ああ言えばこう言う。メノウ相手に口論はしないほうがいいだろう。疲れるだけだ。それに黒鉄さんも売り言葉に買い言葉という具合に延々と続けそうな勢いなので、私も気をつけないとな。これからデュオとして戦っていくなら。


「七園さん」


 メノウへの不信について話すのをやめ、黒鉄さんが私に視線を向けてきた。


「さっそくだけれど、貴女の戦いぶりを見たいわ」

「は、はぁ」

「やっぱりそう言うわよね。データを取りたいから同行するわ。ポイントC7で合流しましょう。先に行ってなさい」


 メノウが話を進める。私に拒否権はない。知っていた。




 シアター北部の非保護エリアに出向くのは初めてだった。

 枢木さんが運転しながら教えてくれたことには、これまでに訪れた東西のエリアと比較すると、中型以上のストレンジャーの目撃情報が多いとのことだった。


「深月は了承してくれたけれど、初日の今日はあの子からのフォローを期待しないほうがいいわよ」

「黒鉄さんがフリーのアクトレスなのはチームプレイができないから?」

「あれぇ? 七園ちゃん、知らないんだぁ」

「追放されたのよ」

「追放……?」

「半年前のことよ。当時、所属していたトループでの戦闘において、撤退命令を無視して戦闘続行。結果としてマナ切れを起こして動けなくなったわ。そんなあの子をメンバーの一人が救援に向かったはいいけれど、負傷しちゃってね。その子はアクトレスを引退せざるを得なかった」


 メノウは淡々と話す。助手席に座る彼女がどんな表情をしているかはわからないが、たぶんいつもどおりなのだろう。


「もしもそこで深月が自分の非を潔く認め、改善を誓っていれば追放にはならなかったでしょうね」

「そうはならなかった?」

「ええ。深月は自らの行動の正当性を主張し、トループメンバーと口論どころか、ほとんど殺し合いに近い騒動を引き起こした。それで追放に加え、二カ月の謹慎処分がくだったわけ」


 壮絶なことをさらりと言われると、よくある話なのかと錯覚する。


「それが終わって、私が声をかけたの」

「どういうふうに?」

「普通によ。あなたの身柄は雨晴研究室が預かることになったわ、今後は新装備開発の協力者として職務を全うしなさいって」

「それで彼女が了解したの?」

「手こずりはしたけれど、今では協力的ね。あなたとのデュオ結成に関しても、あなたのその身体の秘密を教えてあげたら興味をもったみたい」


 私は閉口した。メノウの判断で私の素性を明かすのは百歩譲って許すにしても、どうにもメノウと黒鉄さんとの関係はフレンドリーと言えないよう思えた。


「雨晴さんはねぇ、黒鉄ちゃんの唇も奪ったんだよぉ」

「知由、余計なことは言わないで。嫉妬されたら面倒だわ」


 しないっての。

 うん? メノウがあのSRを使ったのなら黒鉄さんは大人しく要請に従わなかったということではないか。




 合流地点に到着すると、黒鉄さんが彼女の《神託》を素振りしていた。迂闊に間合いに入ったら斬られそうな雰囲気だ。


「あのフェイタルサイスを設計したのもあんたなの?」

「残念ながら違うわ。改良を施したのは私でも、ベースはラタトスク社の最高等級モデルである『ニーズヘッグ』よ」

 

 まずフェイタルサイスというのは大鎌である。オトハザとしては四作目から実装された武器の種類だ。ファンからの評価に差が大きく、従来の武器タイプに慣れているプレイヤーはそのピーキーとも言える挙動にうんざりする。ロングブレイドやバスターブレイドと同じようには扱えない、癖の強い《神託》なのだ。

 そしてゲーム内設定ではその開発のシェア率の八割強を占めるのがラタトスク社だった。北欧神話に由来していた気がする。


「遅かったわね」


 芸術的なまでにぴたりと素振りを止めた黒鉄さんが言う。ニーズヘッグってゲームの中でも最高レアの《神託》だったはずだ。青紫と灰色に染め上げられたパーツは高貴さと共に不可侵な気配を漂わせている。黒鉄深月その人を象徴するような鎌だ。


「メノウ、今日のターゲットは決まっているの?」

「知由が正規の任務を受注済みよ。端末を確認なさい」

「七園ちゃんにも送ってあるよぉ」

「ええっと……グランウータン一体の討伐。必然的にタイニーウータンとも戦闘になりますね」


 グランウータンはメカゴリラだ。ううん、メカオランウータンか。中型ストレンジャーの中でもステータスはそこそこ。類人猿のなりをしているゆえか、高い知能が備わっており、ヤヌアールやホットブレスと比べると隙は少ないと言える。

 しかも小型ストレンジャーであるタイニーウータンを常に数体引き連れて行動しており、ソロで相手しにくい敵だ。ちなみにタイニーウータンが成長してグランウータンになるということはないらしい。どうなっているんだ、ストレンジャー生態学。


「七園さん、子分たちは貴女に任せるわ。私がボス猿をやる」

「参考までに、黒鉄さんはこれまでグランウータンの討伐はソロでこなしてきたのですか?」

「ええ、そうよ」

「それはつまり……取り巻きであるタイニーウータンを各個撃破していき、グランウータンは、戦いやすい場を設けてからといった作戦で?」

「いいえ。真っ先にボス猿を切り刻んで、残りの呆けている子分どもを蹴散らすってやり方よ」

「そ、そうでしたか」


 苦笑する私に、黒鉄さんは小首をかしげる。

 なかなかにキュートな仕草だ。


「ああ、そういうこと。安心しなさい。貴女が死にそうになったら助けるわ。そっちを優先するわよ、わかっている。今の私はそこまで不器用じゃないわ」


 発言がキュートじゃない。

 それ、器用不器用という尺度でいいのかな。死にそうになったら、って。表面上は役割分担だが、実状はいつもどおり先にグランウータンを狩るつもりの黒鉄さんだ。ひょっとしてこの人、あれなのか。脳筋キャラ?


「なに、まだ何か疑問点があるの? それだったら今日は見学でもかまわないわ。私が全部片づけるから」


 平気でそんなことを提案する黒鉄さんに私は「いえ、子ザルたちは任せてください」と返した。彼女は「そう」と無感動に言うとさっさと目的地へと進みだす。


「七園ちゃん、ファイトだよぉ」


 一周回って癒し枠になりつつある枢木さんの緩い声援を背に受け、私は黒鉄さんを追いかけるのだった。

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