第9話 テストハント

 枢木さんの運転する自動車で私たち三人はシアターからバリアの境界部まで移動した。二人ともアクトレスと違ってマナを行使しての高速移動は不可能なようだ。


「あんなSRスペシャルロールを持っているのだから、てっきり一線を退いただけで元々はアクトレスだと思っていた」


 私は助手席に座るメノウに後ろから声をかける。


「何事にも例外はつきものよ。マナクラスがAでもSRを最後まで発現しない子だっているし、逆にD以下でも発現することもある。SRの件以外でも従来のマナ測定には問題点が指摘され続けているわ。刷新しないのは、大きなトラブルが起きていないから。もちろん、測定機器入れ替えにかかるコスト面の理由もあるわね」


 マナの性質には個人差がある。

 それはオトハザシリーズで何度も言及されてきていることだが「設定した開発スタッフ側がいつでも都合よく設定をいじれるようにするため」ぐらいにしか思っていなかった。もとよりマナの概念自体が、魔力やその他の超常的な力と言い換えていいものであり、ぶっちゃけた話、なんでもありなのだ。


「私がこれまでに前例のないSRに覚醒する可能性ってある?」

「どのアクトレスにだって可能性はあるわ、なんて回答は望んでいないわよね。つまりストレンジャーの細胞がSRの発現や強化に影響するかどうかってことだけれど、現段階では未知数よ」

「そう……」


 今から行われる実戦の中で、確かめていくしかないか。


 ふと気になって、端末で所属シアターのアクトレスのプロフィールを検索する。SR所有者であれば大抵はプロフィールにその種別が記載されている。非公開設定なのはごく少数で「未確認」となっているのが大半だ。

 

 春香さんたちはどうだったのだろう。

 このまま彼女たちを忘れるのも一つの道だけれど、その過去に触れるのもまた一つの道であるはずだ。そんなことをして何になるのかと問われても納得のいく答えは出せない。むしろ何か答えを見出すために、私はあの人たちがどう生きたかを知りたく感じてもいるのだった。

 彼女たちは私にとってエキストラ名無しの役者ではない。

 

 殉教アクトレスのプロフィールデータは、特別な手続きなしに閲覧が可能だった。更新されることのないデータ。私は六人を順に見ていく。

 

 どうやら一ノ瀬隊でSRを有していたのは隊長の春香さんだけだった。そのSRは【ブレイズアップ】で使用者自身の身体強化タイプに分類される。

 SRの中でも効果としては高い部類であったが、着火・燃焼・鎮火の三段階(俗称で学術的には別の用語があるそうだ)に分けて運用されるもので、即効性はなかった。これが意味するのは、仮に春香さんがイバラヒメと遭遇して即座にSRを発動していたとしてもその効果が最大限に現れるまでにはラグがあったということ。時間稼ぎもままならない戦力差だと起死回生の一手にならないいう事実だった。


 一人で勝手にやるせない気持ちになっていると、目的地に到着して車が止まった。メノウがトランクを開き、私は自分の《神託オラクル》として契約したばかりのハルモニアを、そして枢木さんはシアターの非アクトレス装備である自動小銃を取り出した。その銃はマナがなければ使用ができず、非アクトレスというよりもアクトレス未満の女性たちが有事の際の防衛手段として用いるものだ。

 残念ながらシリーズ過去作のシナリオ上で役立ったシーンはほぼない。無慈悲な描写ばかりが記憶にあるなぁ。


 境界部を超え、保護されていないエリアへと入って徒歩で進む。ちなみに私が制服のままであるのに、枢木さんとメノウは動きやすく、そしていくらか防御力がありそうな装いをしていた。履物だって違う。


「迷子にならないようにね。通信手段があるとは言っても、場所によっては正常に機能するか怪しいし、今のあなたには制御輪もないから」

「療養中の身である体裁だからだよね」

「そうよ。システム管理部の中にはなぜか私を目の敵にしているやつもいるの。頭のおかたいやつらがね」

「いろんな人がいますからねぇ」


 暢気な調子で枢木さんが言う。こんな感じではないとメノウの助手は務まらないのだろうな。




 メノウはストレンジャーをおびき寄せる手段を持ってきていなかったので、私たちはできるだけ見渡しのいいポイントを選んで歩きつつ、手頃な相手を探すことにした。早い話、ストレンジャーのスポーン地点だ。


「プラントにいくわけにもいかないわよね」

「冗談じゃない、そんなの」

 

 私はメノウがなんとなしに口にした台詞を却下する。

 プラントというのは、ストレンジャーたちの巣窟であり製造工場と化している区画を指す語だ。私たちの暮らす街から直線距離でおよそ三十キロにも一つ存在している。東京から横浜や千葉ぐらいの距離かな。奴らは人間と違って本当に最短距離でも移動可能なタイプもいるので決してそう遠くない距離だ。アクトレス一人でどうにかなるプラントは存在しない。


「私たちのシアターはプラント攻略の作戦って立案しているの?」

「そういう会議に私が出席している立場だと思うのかしら」

「上層部にいるあんたの協力者ってのは、あんたにストレンジャー殲滅計画を進捗させるうえで価値があると判断している人物じゃないの? 言い換えれば私みたいな存在や新しい武器の開発を期待している。だったら、あんたの技術を試用する具体的な作戦の話を、前もって聞いていてもおかしくないはず」


 私の言葉を聞いてメノウはくっくっくと妙な笑い方をしたかと思えば「知由、この子は訓練の時も食事の時も、いつもこうなの?」と訊ねる。


「七園ちゃんはしっかりしているよぉ」

「なるほどね。私が入手している情報では、アクトレスになる以前の七園風花は、どこのシアターや普通の学校にでもいる、いかにも傷つきやすそうな一匹狼だったはずだけれど……ふむ、記録に留めておく必要がありそうな変化ね」

「好きにするといいわ」


 まさか転生してきたとは思うまい。

 

 それはそれとして、答えをはぐらかされたままなのは癪だな。私が文句を言おうとしたそのとき、気配を感じた。人ではない。野生動物でもない。


 ストレンジャーだ。奴らが現れたのだ。


「ネズミがトリオで、か。やれるわね?」


 メノウが言う。

 倒壊して蔓まみれの建物の陰から出てきたのは、オーガラットン三体だった。

 いくらゲーム上は雑魚でも私一人で初めて使う《神託》となると……そんなふうに臆したのは一瞬だけ、私は先手必勝と言わんばかりに、一体に向けて走り出す。


 マナを纏ったハルモニアの一撃目は、狙ったオーガラットンの胴体部分を浅く抉り、その図体を十メートルほど弾き飛ばした。二度、地面で跳ねた。その個体が起き上がるかどうかを確認する前に、残りの個体が私へと敵意を示し、襲いかかってくる。

 

一体の強襲をひらりと躱し、もう一体の体当たりはハルモニアで受け、はじく。そのバランスを崩したほうへと脳天に振り下ろしを与え、地に沈める。即座に振り返ってまだ無傷の一体と対峙するも、その個体は逃げ出した。


 追い打ち……すべきだろう。私はマナを瞬間的に行使してのステップで、逃走を選んだ個体に追いつく。そして側方からハルモニアで深く突き刺した。

 

 機械動物が妙な声をあげて痙攣する様に、私はまだ慣れない。

 顔をしかめつつ、ハルモニアを抜くと、無色透明の体液を噴出しながらその個体も絶命した。私は薙いで退けた個体が伏した場所へと視線を向ける。そこにあったのはただの骸だった。


「掛け声一つなしに切り伏せるのね。スマートだけれどアクトレスとしては盛り上がりに欠けるかしらね」


 安全と判断したメノウが私に近寄る。

 枢木さんも小銃を構えたまま、それに倣う。メノウの手には端末があり、それで動画を記録していたようだ。私とは端末の外観が異なる。もしかしなくても単なる動画ではなく、同時に種々の数値を測定もできているのかな。


「たとえばどんな台詞がほしかったの」

「我、汝らに永久の調和を授けん!ってのはどうかしら」

「遠慮しておく。それより、訓練の甲斐があって楽勝だった」

「それは遠回しに、ハルモニアの機能がどれほど作用しているかはわからなかったということ?」

「まあね。ええと……特殊なマナの波ってのは感じなかった」

「計算上、自覚できるレベルの波長まで高めるにはこんな相手とのこんな戦いじゃ無理ね。ストレンジャーが発する波長との共鳴も要素の一つだから」

「それって強敵になればなるほど、この《神託》は強くなるってこと?」

「ふふっ、そう単純でもないわよ」

「――――雨晴さん、七園ちゃん。前方より中型ストレンジャーが一体、接近の気配ありですよぉ」


 相も変わらず緊張感のない声で枢木さんが教えてくれた。


「あれは、ホットブレス?」


 私は地を這ってくるそのメカトカゲを視認した。

 地面を這っているせいもあるか、ヤヌアールよりも体長が小さく見えるそのストレンジャーは三作目から登場している。

 その名から灼熱の息吹を吐きだしてくると予想されがちなストレンジャーだが、実は違う。ファンの間では三大名前負けストレンジャーの一体であり、いわゆるブレス攻撃は射程も威力も弱いことで有名だ。「ほっとする敵」と皮肉られる存在。

 そして枢木さんの反応からしても、新作この世界で大幅な能力の上方修正されているようではないみたい。


「自信ありげな表情ね。でも油断は禁物。首から下顎にかけての予備動作を見極めればブレスの回避はできて当然として、装甲強度は今倒したネズミの三倍から五倍あるわ。何か質問は?」

「いえ、とくに。訓練どおりに……やるだけっ!」


 私は回り込むように駆け出してホットブレスに近づいていく。奴の目が私を捉えているのがわかる。それでいい。その目が枢木さんたちを見据えていたら面倒だ。

 

 大丈夫、できるはずだ。

 中型ストレンジャーとのタイマンの戦闘は仮想訓練で何度もしてきた。複数の個体が出現した場合は撤退だ。ヤヌアールより装甲強度は低めであるが好戦的なホットブレス、そんな中型を今の私が同時に相手できるのは一体が限度だろうから。


 まず、ここ!

 ホットブレスの右の後ろ足、その関節部位を斬りつけることに成功する。ホットブレスの尻尾は飾りみたいなもので攻撃には使ってこない。それを念頭に、私は動く。私の存在を確かに意識させつつも、はっきりと視界に移らないポジショニングを心掛ける。


 そしてこっちも!

 左の後ろ足にも斬撃をお見舞いし、機動力を削ぐ。前足と胴体の力で方向転換し、私に正面から噛みつき攻撃を仕掛けてきたところを余裕をもって躱すと、その首筋にも斬撃を叩きこむ。さすがに硬いっ……! 


「それなら――――」


 オトハザとしては正攻法の一つ。当たり判定まみれの胴体に張り付くように位置取って、とことん斬りつけて体力をガンガン削り取る! 

 

 珍妙な悲鳴を何度もあげ、動きを鈍らせるホットブレスがぐるんっと勢いよく身を捩じらせ、その頭部を私へと再び向けた。その首から顎にかけての動きでわかる。ブレス攻撃をするつもりなのだ。


「遅いよ!」


 危なげなく回避し、ブレス後の無防備なところを好機として私はホットブレスの左の目玉にハルモニアを力任せに突き立て、それから引き抜くと一旦、距離をとった。甚大な損傷に慌てふためく様子のホットブレス。

 

 私は息を整え、その時を待つ。果たして私の姿を無事な片目で捉えた敵が、もう一度ブレス攻撃を仕掛けてくる。けれど、そうはさせない、私は勢いよく跳び上がり、ホットブレスの頭にハルモニアを振り下ろす。が、頭に亀裂が入ったものの砕けず、私の身は弾かれて地面に転がってしまう。今度は私が慌てて体勢を戻す。するとブレスは未遂に終わり、ホットブレスが頭をくらくらとさせている。


「今よ! やっておしまい!」


 悪の女幹部のような命令をメノウが大声でしてくる。

 なんでそっちがノリノリなんだ。マナを節約せずにずっと使っていた私としてはここが踏ん張りどころなんだぞ。


「この一撃で……終わらせる!」


 私もうっかり乗せられてそんなことを口走っていた。

 必殺技なんて存在しない。こういうときそれっぽいSRがあれば見栄えはいいのだろうが、それも今の私にはない。それでも無策ではない。


 私はぐっと力を溜め、もう一回跳んだ。

 さっきよりも高く、大きくハルモニアを振りかぶった。反撃を考えず、一撃に賭ける。狙うは頭。亀裂が入った箇所に全力で振り下ろす。今度は弾かれない。ホットブレスの頭が砕けた。討伐成功だ。

 

「うっ……」


 もうフラフラだった。マナ枯渇一歩手前だ。

 小銃を持ったままの枢木さんではなく、メノウが支えてくれた。無駄にいい香りさせてんじゃないわよ。


「とりあえず今日のテストは終了ね。いいデータがとれたわ」

「もっと労ってくれないわけ?」

「帰ったらご褒美よ」

「ええっ!? そ、それってムフフなやつですかぁ」

「枢木さん、黙っていて」


 こうして新しく生まれ変わった私の初戦闘は幕を閉じた。




 午後二時前にシアターに帰還してからメノウの主導の下、メディカルチェックを受けて部屋に戻ると、疲労のせいで早々に眠ってしまった。小型三体と中型一体を討伐しただけでスタミナ切れとは不甲斐ない。明らかに今後の課題だ。


 起きた時には既に午後七時で、部屋のテーブルには枢木さんが作ってくれた夕食が置かれていた。それをもそもそと食べているとメノウから電話がかかってきた。


「お疲れ様。調子はどうかしら」

「明日も今日と同じってのは勘弁して」

「わかったわ。本来、アクトレスとしてその手の泣き言はNGだけれどね」

「で、用件は?」

「そう、焦らないで。ご褒美の話ではないの。悪いわね」

「いいから言って」

「イバラヒメのことで、あなた自身と話をしたいってアクトレスがいるの」


 そのストレンジャーの名に私は息を呑む。


「その人、シアター関係者に共有されている情報だけでは不足だと思っているの? 私は話せるだけ全部話したつもりなんだけれど」

「遭遇した本人に直接聞きたい何かあるのかしらね。私としては恩を売りたい子ではあるのよね。面白い力を秘めていそうな子なのよ」


 私はイバラヒメの名を耳にしたときより、さらに心をざわつかせた。

 もしかして。


「ねぇ……そのアクトレスって――――」

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