第21話 レザレクション
メノウの言ったことが何を意味しているのかすぐには理解できなかった。
彼女は画面上に映し出されている人型ストレンジャーをイバラヒメと呼んだ。イバラヒメ、それは一ノ瀬隊を瞬く間に蹂躙し、私を死の間際まで追いやった化け物の名だ。そしてその化け物は二週間により強大となった姿で、シアター東部に出現した。それを未理さんたち三つのトループ、十数名のアクトレスが命がけで討伐したのだ。犠牲者も出た決戦だった。
それだけで終わらず、その死によってマナ汚染が起こり、保護バリアが機能停止に陥った。シアターのアクトレス全員で全方面の境界部の防衛任務に就き、東部の侵攻はまだ完全には治まっていない状態だ。けれども収束目前であるのだと皆が考えていたはずだ。
それなのに……。
「風花、しっかりしなさい」
隣に座っている深月さんが私の肩に触れ、軽くさする。「私の目を見て」と言われ、私は言うとおりにする。でも深月さんの目にだって不安が浮かんでいてそれをずっとは見ていられなかった。逆側には未理さんが腰掛けていた。ぎゅっと下唇を噛んで、画面を睨みつけている。そんな彼女に何も声をかけられない。
「そ、それってどういうことなんですか!」
最初にはっきりとそう声を上げたのはクラウディアさんだった。
誰もが思っていることだった。メノウの口ぶりから、決して冗談ではないのも充分にわかっている。
メノウが枢木さんに目配せをする。そして枢木さんが手元の端末を操作すると、画面は分割され、別の画像が加わった。それは私たちが知るイバラヒメだ。中心に大きな果実のような歪んだ球体部位があり、そこから植物の蔓や茨のような触手を何本も生やした姿。夥しい数のガラスの蝶が周囲を舞っている。
「共有されている戦闘報告は閲覧して確認済みのはずよね」
メノウが淡々と言う。報告と言っても映像も音声もない、討伐記録だ。端末上にアップされている。鷹の目隊のリーダーが作成者になっていたはずだ。
「蝶も蔓も茨も、この大きな果実を護るようにして動いていた。対峙したアクトレスたちはこの果実こそイバラヒメの脳であり心臓であり、ようはその生命維持を司るものであるとみなして戦闘した。そして実際に、この部位にダメージを与え続けた結果、イバラヒメを止めることができた。そうよね? 鬼灯未理」
「ですがっ! あれはイバラヒメのマナ貯蔵庫でもありました。いえ、むしろ爆弾だったと言うべきですね。私たちが……それを破壊したことで広範囲のマナ汚染が引き起こされた」
悲痛な未理さんの声にメノウは微笑みを返す。
「私たちとは別の研究チームが、もしもイバラヒメが保護区にあと数キロ近い距離で爆発していたら、耐性のない大勢の一般人が重篤な症状に見舞われる結果となっていたと公表しているわ。イバラヒメはあの時あの場所でどうにかしないといけなかった。それが最善だった。これがシアター側の用意した詭弁ではないのは、直接戦ったあなたならわかるでしょう?」
未理さんは強く肯いた。
「あれを都市に近づけていたのなら、口にするのも恐ろしい事態になっていたのが想像できます」
「そう。ただし、爆弾というのは誤認だった。我々のね」
「誤認?」
私は思わずメノウに訊き返す。現実として空を穿とうとする光柱を生み出すほどの爆発はあり、汚染があった。じゃあ、何を誤っている?
メノウが私たちから画面に視線を移す。
「これは果実でもなければ心臓や脳でもなく、そして爆弾でもなかった。その本質は……言うなれば揺り籠」
揺り籠? それって……。
「――――卵だったと言うの? 新たなる怪物を生み出すための」
ぽつりと深月さんが。静かな部屋でその呟きが皆の耳に確かに届く。
「こらこら、人がせっかく揺り籠に喩えたのに、っとそんなことを言っている場合じゃないわね。そうよ、深月が考えているとおり。この人型ストレンジャーは茨に包まれた巣に鎮座していた卵から生まれたの。アクトレスたちの攻撃が刺激になり、ついに殻を破ったわけ」
「そんなの……! いったいどこからの情報なんですか! ただの観測で得られる推測ではないはずです!」
「あなたたちのリーダーよ」
未理さんの追究にメノウはしれっと応じた。
「琴葉さんが……?」
「と言っても、あなたが知っているとおり、あの子は戦闘以外の専門的知識はまるでない。正直なところ、このストレンジャーを観測するまで、あの子の見間違いや記憶の混同だと思っていた。マナエクスプロージョンのほぼ中心部にいて、その影響が脳や精神に及んでもおかしくないから」
「えっと、あの武神こと周防琴葉さんが、この人型ストレンジャーの目撃を証言したってことで合っていますか?」
おそるおそるクラウディアさんがメノウや枢木さん、それに状況に戸惑っている逢坂姉妹を見やりながら口にした。
「ええ。光の柱から何かが飛び出すのを見たってね。それはまるでアクトレスのような外見をしていたと」
「あの、どうして琴葉さんが雨晴博士と、いつどこで……?」
「質問が多いわね。なに、もしかして私とあの子の関係が気になるの」
「ち、ちがいます! いえ、違わないけれど、でも、えっと」
「未理さんをからかう暇があったら、きちんと説明して」
私はいつもより低いトーンでメノウにそう言う。思えばこうして彼女に何か物申すのも久しぶりだ。
「愛用の≪神託≫をその利き腕ごと失った武神が頼りにしたのはマッドサイエンティストだった、という話よ」
やれやれといったふうに肩をすくめてメノウが話し始める。
「防衛戦が始まってすぐに来たわ。片腕でもそこらのアクトレス以上に≪神託≫を巧みに扱い、大型ストレンジャーを一人で撃破できるくせに、己の未熟さをつらつらと語って、どうにかしてほしいって縋ってきた。セクメトの前衛エースが使用している≪神託≫の開発を担当したのが私だと知ってね。秘密にしておいてって言ったのに」
「えっ。じゃあ、あのクイーンロータスってお姉さんが作ったんだ」
芽瑠さんが驚きの声をあげる。
メカニックとして工房の出入りしている彼女だからこそ、アクトレスたちの≪神託≫のメンテナンスにも携わっており、セクメトのメンバーの≪神託≫も見知っているのだろう。シアター内でトップクラスのアクトレスの武器だからもとから有名ってのもあるのだろうけれど。
「ん、ん。それで、周防さんが博士のもとを訪れて、義手なり、新しい武器なりの開発を頼んだ流れで、このストレンジャーの話をしたというのですか?」
涼音さんがそう言った。芽瑠さんが本題から逸れたことを訊かないように牽制する意図もあるようだ。
「そういうこと。それで観測課の顔馴染みに連絡して、当時の映像記録を確認したわけ。でも見つからなかった。マナエクスプロージョンの影響で観測機器が正常に作動していなかったからね」
「えっ? けれど、こうして画像が……」
クラウディアさんの疑問はもっともだった。
辻褄を合わすとしたら……今ここに表示されているのは光の柱から飛び出した時の記録ではない?
「このストレンジャーは、ほんの二時間前に別のポイントで観測されたものよ。観測課の網とはべつに私のほうで開発した機材で拾ったやつ。あっちのシステムはまだ当分、都市防衛に特化した体制をとるだろうから」
「それって、この人型ストレンジャー……真のイバラヒメとも言えるこれが観測されたポイントは、都市からはかなり遠いということ?」
深月さんの確認に、メノウは曖昧な相槌を打つと「近くはない」と微妙な返事をよこした。
妙な空気が流れる。それを断ち切るかのようにメノウが「さて」と言った。
「そろそろ本題に入るわ。作戦内容の伝達よ」
「作戦? 今、作戦って言った?」
「七園風花、そんなに動揺されると困るわ。本作戦の指揮はあなたに任せたいのだから」
「は?」
メノウの指示で、また画面が切り替わる。大きな建物と広大な敷地の画像だ。どうにも廃工場のように見える。が、拡大されるとそこにかなりの量のストレンジャーたちが闊歩しているのがわかる。
まるで巣だ。いや、巣とは呼ばずに、ここはまさか……。
「プラントなの?」
「正解。この都市から最も近いプラントよ」
私の問いにあっさりとメノウが答えた。
「シアター側で攻略の目処が立たず、早八年が経過している廃工場跡。まさに
「イバラヒメがここに……?」
「観測データ上の軌跡を参考にするとね。ずいぶんとゆったり近づいているみたいだけれど。でも確実に向かっている」
「ま、待ってください。もしもそのイバラヒメがプラントに到達すると何が起こるんです?」
困惑が増加の一途を辿っているクラウディアさんだ。
イバラヒメがプラントに入場する。そうしたら何が起こり得るか。
オトハザシリーズ上でプラントがアクトレス側のメリットになったことはただの一度もない。それはストレンジャーたちの拠点であり、巣であり、修復工場であり、私たちにしてみれば地獄でしかない。
メノウは苦笑いをして、両手を広げて言う。
「現段階で確実なことは言えないわ。予想される展開はいくつもある。そのなかでも最悪なのを挙げるとすれば――――」
「すれば?」
「入城したお姫様を城にいるたくさんの騎士たちがまわして、それで次々に新しい子たちが生まれる」
私は言葉を失う。メノウの比喩表現が下品だったからというだけではない。
深月さんが皆の代弁をする。
「今度はイバラヒメの群れがこの都市を襲う展開もあるってことね」
百合チック狩りゲー世界で斜に構えた乙女の祈りは通じますか よなが @yonaga221001
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