第21話「あれは確か何年か前……」(CV:櫻井ヒロ)

「うぅ……決闘……。なんて馬鹿なこと言ったんだろ、俺……アリスの見てる前で決闘なんて……」

「あはは、確かにその通りね。アンタ、かなり馬鹿な啖呵切っちゃったわね」


 数時間後、ヴィエルが自室のベッドに顔を埋め、めそめそと嘆いているのを見ながら、アストリッドが豪快に笑った。


「アレは作中で特定の条件を満たした時、早い段階で特定のキャラとアリスが一定数以上の好感度を上げた時に発生するロイドの一目惚れイベント、そして決闘イベントね。まぁ、アンタがあんな啖呵切ったのはビックリだったけど……それが起こったということはつまり、アンタはアリスからの好感度が高いってこと。喜ばしいことじゃないの」

「それは嬉しいけど……この決闘に負けて高感度下がったらどうすんだよ……」

「バカ、負けられるわけないじゃない」


 アストリッドは笑みを消してヴィエルに言い聞かせた。


「ここでアンタが負けたらもうおしまいよ。アリスはロイドのものになっちゃう。後はロイドエンドまっしぐら、私たちは破滅よ。アンタは是が非でも次の決闘に勝たなくちゃいけない。わかってるわね?」

「わかってるわね、じゃねーよ。俺、剣で戦闘なんかやったことないよ……」

「葛西有利はね。でもヴィエルになってからはそれなりに剣の稽古もつけてもらってたでしょ。葛西有利の分にはなくても、ヴィエルの分の経験があるじゃない」

「それにしたって申し訳程度の稽古じゃねぇかよ。クマを素手で絞め殺すような脳筋を相手にする想定で稽古なんてしたことねーよ……」

「こら、あんまりメソメソすんじゃないわよ。自分で言いだしたんでしょう?」

「それだって半分姉ちゃんが焚き付けたからだろ……」


 メソメソと嘆きながら、ヴィエルは枕から顔を上げた。


「姉ちゃんがあんな嘘ついてロイドに決闘するように仕向けたんじゃないか……。ドラゴンを千切っては投げ千切っては投げするのを日課にしてるとかなんとか……姉ちゃんがあんな嘘つかなかったらこの決闘イベントだって……」


 瞬間、アストリッドに顔面を平手で叩かれた。割と本気の叩き方に、あ痛た、とヴィエルは間抜けな声を発した。


「際限なくバカね、アンタは。あんな小芝居、曲がりなりにもアンタの性格を私が把握してるからこその小芝居じゃないの」


 うぇ? とヴィエルがアストリッドを見ると、アストリッドが呆れ顔で腰に手を当てた。




「ロイドの言い分、確かにアンタにはムカついたと思う。でもロイドは最初はああいうヤツなのよ。力でしか他人との関係を築けない不器用で脳筋な男なの。だからアンタをけしかけた。昔からアンタはクソ雑魚ナメクジの癖に、妙に頑固で妙に正義感が強い。自分が憤る筋合いもないものにいちいち関わって憤って、勝てない喧嘩を買っては一方的にボコボコにされる。そして泣いて帰ってきたアンタの傷口をマキロンで消毒してやって、それをやった連中に仕返ししに行くのは私の役目だった。忘れたの?」



 

 忘れたの? と言われて、ヴィエルは首を振った。それは葛西有利が小さい頃の話だ。ヴィエルが昔からこのものぐさな姉に頭が上がらないのは、今までの人生でそれなりにお世話になってるからでもあるのである。


「アンタなら初期ロイドの唱える脳筋理屈に必ず食って掛かるはず、それを確信してるからこそのあの立ち回りじゃない。それなりにアンタを信頼してるからこそあんなことが言えたのよ。その信頼分はアンタも頑張りなさいよ。ロイドに負けてももうマキロン塗ったげないからね」


 アストリッドは呆れ顔でそう言った。信頼……このクサリ神に魅入られきった姉の口から出てくる単語とは思えない言葉だった。だがその単語に、ちょっと、ちょっとだけ感動してしまったのも事実で、ヴィエルはベッドから身体を起こし、ハァ、とため息をついた。


「やるしかない、か……」

「おお、やっとその気になったか。その通り、やるしかないのよ」

「それでも、勝てる見込みはないぜ。なんてったって相手は脳筋の杉田キャラだ。万事屋銀ちゃんだ。白夜叉相手なんて真選組でもないと相手にならないだろうになぁ。いたかな、真選組の中に櫻井ヒロ……」

 ヴィエルはそこでゴロンとベッドに仰向けになり、前々から顔に見えると思っていた天井の染みを見つめてぼやいた。

「あーあ、俺もこの声らしく、ナイツオブラウンドでも召喚できたらいいのになぁ……」

「おっ」

「えっ?」

「ナイツオブラウンド……いい発想ね。アンタ、凄まじくいいこと言ったわよ、今」


 そう言って、アストリッドは何かを考えるように顎をさすった。え? え? なんだろう、この姉の表情は。この顎を擦る癖、これは姉が何か途轍もなくいい思いつきをしたときの所作である。つまり、この勝負に勝てるかもしれない何かを思いついたということなのだ。


「え、え、姉ちゃん、何を思いついたん?」

「ンフフ、秘密! 秘密よ! でもこれなら絶対イケる。もう偉大なる航路グランドライン三周できるぐらいいいこと思いついたわ。よぉぉぉし、これなら脳筋の杉田なんてこれっぽっちも怖くないわ! やるわよ、私!」

「な――何!? ヴィエルにはなんか必殺技でもあんの!? 隠し武器!? 隠し要素!? 隠しステータス!?」

「隠れてなんてないわ、すっかり現れてるわよ。……よし、そうと決まったら下準備よ! ヴィエル、今日は物凄くカロリー高い夕食にして! 湯豆腐なんて拵えたらヘッドロックするから!」


 そう言って、姉は部屋の隅にある机に向かい、羽ペンと紙、インク壺を取り出し、猛然と机に向かい始めた。


 この藤本タツキの『ルックバック』の表紙のような図、侘びしく丸まった背中のラインに……見覚えがある。これは姉が同人誌の原稿作業をしているときのラインだ。うんうん唸り声を上げ、モンスターエナジーを心の友とし、入稿時間に尻を叩かれながら原稿をしているときの葛西千鶴の姿そのものだ。


 この原稿作業がナイツオブラウンド……? なんだかよくわからないが、中身はクソ雑魚ナメクジでしかないヴィエルには、今のところこの姉の思いつきに期待するしかなさそうだった。


 原稿に邁進する姉の背中を少し見つめた後、ヴィエルは声をかけるのを諦め、夕食を作る準備に取り掛かった。



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