第6話「では素晴らしい相談をしよう」(CV:岩田彰)

 アストリッドたちが着いたのは、「ドーン」と効果音が聞こえてきそうな、物凄く迫力ある佇まいのドーム屋根の建物である。この迫力と重厚感、博物館――いや、図書館か? ヴィエルがなんとなくアタリをつけると、「アイツなら絶対にここにいる」と確信的な口調で言った。


「あの鬼畜眼鏡は本の虫、そして魔法の虫よ。『妄執と欺瞞のCinque』、通称もぎチンのゲーム中でも、アイツはもっぱらここにいる。というより、それ以外の場所にいた事がないわね」


 アストリッドは偉そうに腕を組みながらドーム型の屋根を見上げた。妙な威圧感すら伴っている姉の言葉に、ヴィエルはおそるおそる質問した。


「あ、姉上。そのキャラクターにはその、言ってもいいのか? 俺たちが転生者だってことを」

「大丈夫よ、アイツならむしろ興味を持ってくれると思う。魔法だの知識だのってこと以外については人間やめてるような人間だし」

「うわ……凄く不安な説明。そ、それで、どう切り出す?」

「どう切り出すかよりもどう仲間にするかが問題よね」

「どういう意味?」


 その瞬間、アストリッドの顔に暗い影が差した。きゅっと眉間に皺が寄り、まるで

木枯らし風に吹かれたかのように、その美しい顔が強張った。




「アスランはあの岩田彰が声を当てた男――これが意味することは凄まじく厄介だわ。何しろ、誰よりも抜きん出て強力なATフィールドを持ち、好意を寄せる他人に対してニコリともしない孤高の妖精――それが岩田彰という男だからね」




 ATフィールド……随分久しぶりに聞く単語に思えた。そういえばあの作品のあの人も、その岩田彰が声を当てていたんじゃなかったか、よく覚えていないが。


「アスランはあの人ほど孤高ではないけれど、人嫌いなのは間違いないわ。そしてとことん口が悪い。下手な事言えば来世分まで罵られ、言葉攻めされるからそのつもりで。まぁぶっちゃけそこがイイんだけどね、あのプライドの高いところを屈服させるところろか……」


 ジュボボ、とアストリッドが汚い音を立てて唾液を啜った。うわぁ、と顔を引き攣らせたヴィエルに「アンタも覚悟を決めなさい」とアストリッドは涎でタプタプの口元で言った。


「アスランだけは絶対に敵対させてはならない。私たちの全てをさらけ出し、彼が興味を持ってくれるように説明するしかないわ。交渉が決裂したらこのゲームの難易度がVERY EASYからLUNATICにまでハネ上がると考えていい。その声でなんとか頑張りなさい」


 はいはい……と重い気を奮い起こそうとして――えぇ!? とヴィエルは派手に驚愕した。


「こ、交渉役って俺!?」

「基本的にはね。私が説明してもいいけど、説得するならCV:櫻井ヒロの方が効果がある。援護射撃はするから基本はアンタで」

「ま、マジで? 俺、そういうドSキャラの人とか苦手なんだけど……」

「誰だって苦手よ。さぁ、覚悟を決めて。図書館に入るわ」


 アストリッドは大股で図書館に歩み寄り、観音開きのドアを開けた。

 途端に、なんだか外気よりも数度も低いと思える、ひんやりとした風がヴィエルに吹き付けた。


 図書館の中は、しん、と静まり返っていた。

 そりゃそうだろう。もうすぐ入学式が行われるというのに、ここでのんびり本を読んでいる人などいようはずもなかった。たった一人の例外を覗いては――。

 

 ごくり、と、ヴィエルの喉が動いた。




 いる。まるで礼拝堂のように荘厳な図書館の中に、確かにたった一人、本を読んでいる青年がいる。




 ヴィエルは遠くからその佇まいを観察した。

 まず目に入ったのは、これぞ異世界人のそれと思える、青味がかった銀髪だった。長めに伸ばされた銀髪の下、ひと目で理知的と知れる眼鏡のレンズが白く冷たく光っている。


 優雅に足を組み、腰をずらして椅子に腰掛けた人物は、本の文字を追う目以外はぴくりとも動いていない。本人の完成された外見と相まって、それはまるでそういった形に造られた彫像のように見えた。


 ヴィエルは、少なからず動揺した。彼がこのゲームの世界、『妄執と欺瞞のCinque』、通称もぎチンの攻略キャラクターであるという事実以上に、その人物が放つオーラがあまりにも冷え冷えとしていて、他人を寄せ付けないものに思えたからだった。


 しばらくまごついて――ヴィエルは結局、助けを求めて、隣に立つ姉を見た。アストリッドでさえ、いざ目の前に現れた攻略キャラの一人を見て、騒ぐとか喜ぶとか以前に、ただただ威圧されてしまっているようだった。


 しばらく視線を交錯させていた二人は――結局何も言えず、怯えたように視線をアスランに戻す他なかった。




「僕に用があるならそんなところに突っ立っていないで話しかけたらどうです?」




 不意に――冷たい声が図書室を震わせた。


 ああ、この声は聞いたことがある。やはり声優・岩田彰の声そのものだった。ヴィエルが妙なところに感動していると、アスランがぱたりと本を閉じ、心底嫌そうにため息をついた。


「やれやれ、天下のリスタリア魔法学園の蔵書がこのレベルか。古代レベルの魔法をやけに迂遠な表現で仰々しく書いているだけの本ばかりだ。これじゃあ教授陣のレベルもたかが知れるというものです。やれやれ、本当に、これだから嫌なんだ――」


 ハァ、と、聞こえるように再びため息をついたアスランは、椅子の上で腰をにじって、少しだけヴィエルたちに身体を向けた。


「さぁ、こんな時間にこんな場所に来たということは、僕に何かしらの用事、もしくは興味があって来たんでしょう? さっさと要件を話したらどうです? いくら僕だって聞くフリぐらいはするかもしれない」


 なんだか、ずいぶん悪しざまな言い方だと思った。多少ムカッとしたのが表情に出ていたのか、アストリッドが慌てたようにヴィエルを手で制した。


「あ、ああ――。アスラン・D・マグナス伯爵令息様――ですね?」

「令息様、は余計です。令息か様のどちらかで結構。もっとも、そんな風に呼ばれても僕にはおべんちゃらのひとつも返せませんがね。なにしろ、建前やお世辞なんてものは僕の理解からは遠いものですから」


 流れるように言葉の不備を指摘してから、アスランはそこでやっと、アストリッドとヴィエルを視界に入れた。

 紅玉のような瞳でじっとこちらを見つめ、誰だっけ、というように少し逡巡するような気配を見せたアスランは――数秒後には、フゥ、と諦めてしまったかのようにため息をついた。


「――そちら様は?」

「お初お目にかかりますわ。私はアンソロジューン公爵家が娘、アストリッドにございます。こっちは弟のヴィエル。どうぞお見知りおきを」

「ああ、ご丁寧にどうも。どうせ覚えていられないと思いますけれど」


 ここまで取りつく島もない態度を取られると、流石に怒りや憤りよりも不気味さが先に立つ。一体コイツは何なんだ? 何者なんだ、とヴィエルが多少ゾッとするものを感じた瞬間、アストリッドが口を開いた。さっさと本題に入った方がまだ会話がやりやすい、と思ったのだろう。


「率直に本題に入らさせていただきますわ。実は私たち二人、アスラン様の魔法的知識をたのんでお願いに上がりましたの。話を聞いてくださるかしら?」

「聞くフリはするかもしれない、と最初に言ったはずだ」


 いよいよもって切り出そうとした本題は、ぴしゃりとした声に叩き落された。


「僕があなた方のお願いとやらを聞くか聞かないかは、そちらの話す内容に左右されると思ってくれていい。真に申し訳ないが、僕は内容に興味が持てない話は聞くことも覚えることもできないタチなのです。こんなつまらない男が相談相手でよいならどうぞ」


 アスランの冷たい瞳が、じろりとヴィエルたちを見た。


「さて――あなた方がこれから話すお願いとやらが、僕の興味を引くものであることを願うとしますよ」


 どうせ無理だろうけれどな、というように、その赤い瞳には莫大な諦めが潜んでいたように、少なくともヴィエルにはそう見えた。


 コイツ――一体なんなのだろう、この目に浮かぶ感情は。まるでこの世の一切を諦めてしまったかのような、疲れた目の印象だった。

 その印象が、姉任せで話を進めようとしていたヴィエルに、遂に口を開かせた。


「実は――俺たち、二年後には死ぬかもしれないんだ。今はそれを回避する方法を探してる。あんたにも俺たちの死を回避するのを手伝ってほしいんだ」


 死。その言葉にも、アスランは特段の反応を見せなかった。ただただ、「ほう」と呟き、器用に片方の眉を上げただけだった。


「誰かに死の呪いでもかけられた、と、そんなところかな? 呪いの解呪ならそこらの教授でも頼めば――」

「いいや違う」


 言下に否定すると、アスランが少しだけ驚いたような表情を浮かべた。

 ぐっ、と握り拳を握り締めると、ヴィエルは覚悟を固めて言った。




「俺たちはこの世界の人間じゃない。信じてもらえるかはわからないけれど――実は俺たち二人は、別世界からの転生者なんだ」

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