第7話「お前も仲間にならないか?」(CV:岩田彰)

「転生者?」


 アスランの声が、微妙に上ずった気がした。

 彼が興味を持った。アストリッドに瞬時目配せすると、アストリッドも小さく頷いた。


「そうだ。俺たちは既にこの先何がどうなって、俺たちがどういう結末を迎えるのか知ってしまってるんだ。俺たちはそれを回避したい。それにはアンタの力が必要だ。凄く勝手な物言いだけど――協力してくれないか」


 数秒間、アスランはヴィエルを凝視したまま沈黙した。何かを物凄い勢いで考えているのだと、ひと目でわかる。


 だが――やがてアスランが、フッ、と小さく笑った。突如として突飛なことを言い出したこちらを笑うとも、一瞬でもそんなことを真剣に受け取ってしまった自分を嗤うとも取れる反応だった。


「やれやれ、何を言い出すかと思えば――初対面の人間相手に見くびられたものだな。そんなだいそれたホラ話が通用すると思われたなんて――正直に言って、酷く屈辱だ」

「ホラ話だって? おい、いい加減にしろよお前。俺たちだって嘘や冗談でこんなことを言い出すわけが――!」

「嘘や冗談でなければ有り得ないことを言っている、という自覚すらないのかい? 参ったな。これだから嫌なんだ」


 小馬鹿にしたようにそう言い、アスランは椅子から立ち上がった。

 立ち上がって、ツカツカとヴィエルの目の前にやってきたアスランは、その行動に気圧されているヴィエルの顔を見つめ――口元だけで嗤った。




「僕は馬鹿が嫌いなんだよ」



 

 その言葉のあまりの冷たさに、背筋にひとしずく、汗が流れ落ちる。


 半ば呆けているヴィエルから踵を返し、そのまま迷いなく、図書館の本棚のある一点を目指して歩いたアスランは、分厚い本の一冊を手に取った。


「転生。それはどの大魔導師も追い求める、究極の魔法だ。自己の意識や記憶をそのまま来世に持ち越し、肉体だけを若返らせる法――その法を完成させることが出来た人間は、事実上不老不死の存在になると言っていい」


 アスランはパラパラと本のページをめくり、机の上に置いて、ある一節を示した。転生、と銘打たれた項目には、びっしりと細かい文字で説明が加えられている。流し読みでは詳しいことはわからなかったが――とにかく、それが事実上不可能である、という結論に向けて書かれていることだけは、なんとか読み取れた。


「この僕ですらその法を研究することなど一度も考えたこともない。ましてやそれを実行に移すなど、ますます馬鹿げているよ。何故ならそれが不可能だからだ。転生の理を捻じ曲げるどころか、それをそっくりありのまま理解することすら、普通の魔導師には一生かかっても不可能なことだ。君はどれだけ滅茶苦茶なことを言っているのか理解すらしていない。夜空の星々を全て直列させる、と言い出してくれた方がまだ実現可能なレベルだ」


 一息にそこまで言って、アスランは視線を虚空に上げた。


「転生の理、万物流転の法則を好き勝手に捻じ曲げる事ができる人間がいるとするなら――それはもはや人間ではない。神か化け物か、そのどちらかだ」


 アスランは血のように赤い瞳でヴィエルとアストリッドとを交互に見た、否、睨みつけた。


「君たちは自分が神であると? それとも化け物の方だと言い出すのかな?」

「い、いや、それでも――現に俺たちは前世の記憶を持ってて――!」

「仮に君たちがその転生者だったとして」


 無駄な抵抗はやめろ、というように、アスランは一切の表情を消してヴィエルを睨んだ。


「それをどうやって証明してくれるんだい? 転生するということは一度、肉体が確実に滅ぶということだ。記憶は脳によって維持される……その記憶機関でさえ死を迎える、ということだ。普通に考えても前世の記憶を持ち越すことなど出来はしない。どうだ、僕の前で精一杯異世界のホラ話をしてみるかい?」


 ぐっ……とヴィエルは言葉に詰まった。確かに、この状況でいくらアスランに自分の前世のことを話しても、それでは転生したことの証明にはならない。

 アスランは皮肉げに口元を歪め、まるで挑みかかるかのようにヴィエルの肩に手を置いた。


「とても面白い冗談を聞かせてもらって感謝するよ。一瞬でも君たちの創作話に興味を持ってしまったのは悔しいけれどね」

「あ、いやだから、詳しい話を――」


 勝手に話を打ち切ろうとするアスランに、ヴィエルはそれでも食い下がった。だがアスランはもう何も話すことはないというように言った。


「御伽噺ならもう十分だよ。さぁ、そろそろ入学式も始まる。できれば君たちとは今後接触がないことを祈るよ。あまりくだらない話を記憶しておきたくないんでね――」

「待てよ! 頼むから詳しく聞いてくれ、俺たちは本当に――!」


 慌ててヴィエルがその後姿を追いかけようとした、まさにその瞬間だった。




「アスラン・D・マグナス、十八歳。誕生日は七月二十四日。南の草原地帯を治めるマグナス伯爵家の三男坊。この世界に於いては【白銀の魔導師】の異名を持つ」

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