第9話「私の望むキャラが今目の前にいる!!」(CV:櫻井ヒロ)

 やんごとない階級の人々が参加するパーティとはどんなものかと内心思っていたが、それはそれは予想を圧して華やかなものだった。何しろ、ここは乙女ゲームの世界で、現代日本とは何もかも根本的に前提が違う。


 蝶よ花よと着飾った紳士淑女たちは皆美男美女揃いだし、出される料理も大学生の飲み会では絶対に出て来ない高級料理ばかり。しばらく今の自分の立場も忘れ、姉と一緒になって料理を貪り食った後は、あいさつ回りをしに来た貴族子女たちに頭を下げる以外、なにもやることがなくなった。


 ヴィエルとアストリッドは滋養とカネがパンパンに詰まった腹を撫でさすって、熱く嘆息した。


「――ヤバい、絶対太るなこれ」

「――まぁ、私たちは乙女ゲームのキャラだから、そこは補正入るんじゃない?」

「さっきのアレなんだっけ、メロンに生ハム乗ったやつ」

「生ハムメロン?」

「それそれ。姉上、メロンに生ハム乗せるって発想したことある?」

「ないわねぇ……そもそもメロンと生ハムが一緒に冷蔵庫に入ってたことがないし」

「貴族って、おカネって、凄いんだな……」

「これだけは転生した役得ね……」

「やれやれ、アンソロジューン公爵家の令息令嬢が揃って食い倒れですか。全く、浅ましいな……」


 物凄く嫌そうな声が聞こえ、ヴィエルとアストリッドは同時に横の方を向いた。パーティの喧騒から逃れるようにして物陰で壁に背を預けていたアスランが、持っていた本から顔を上げ、呆れたようにこちらを見た。


「アスラン……アンタねぇ、パーティの時ぐらいはそんな辛気臭い顔すんじゃないわよ。それにアンタ一応伯爵家の倅でしょ? 本なんか読んでないで挨拶ぐらいしに周りなさいよ」

「僕はこういう華やかな場所は一番苦手です。それに挨拶された程度ではその人の顔と名前を覚えておくことも出来ない。覚えておけないなら最初から挨拶など受けぬ方が礼儀として正しいでしょう?」

「た、正しいかな……?」

「僕がそう思うってだけですよ。他者がどう考えてるかなんて僕には最初から関心がない」


 内容はともかく、これぞCV:岩田彰のキャラだと思える、理路整然とした美声だった。ふん、と鼻を鳴らしたアスランは、「それで」と話題を変えた。


「君たちの方こそ、ここが運命の分かれ道なのではないんですか? いよいよこの学園生活は始まってしまった。二年後に君たちは僕を含めたこの中の誰かに殺されるという。いい加減、その面子ぐらい教えてくれてもいいのでは?」

「そうね、あらかたの人間を説明するのにここは絶好の舞台ね。それじゃあ、いよいよメインの攻略キャラクターたちを説明するわ。ヴィエル、よく覚えておきなさい」




 その言葉とともに、アストリッドが説明を開始した。

 まず、アストリッドの手袋を嵌めた右手が、ある男の方を向いた。




 社交的な性格であるらしい青年は、如何にも武闘派というような精悍な目と顔つきをしていた。スポーティに短く刈り込んだ赤銅色の髪と、眉尻に走る傷跡が特徴的な青年は、同窓の青年たちの冗談に「オイイイイイ!」などと豪快にツッコミを入れていた。


「まずは彼。彼はロイド・バルドゥール。CVはあの杉田和智が担当してるわ。爽やかそうに見えて実はかなりの曲者だから油断しないことね。理由は――わかるでしょ? あの杉田がCVって時点でね」




 次にアストリッドの手が、会場の反対側を向いた。


 そこにいたのは、青い髪の青年――男でもひと目ではっとするほどの色気と美貌を兼ね備えた美丈夫は、まるで揚羽蝶のように周囲を囲んでいる令嬢たちに愛想を振りまいている。ああ、モテる男なのだな、とヴィエルが一発で納得すると、アストリッドが説明した。


「次に、アレが作中イチのモテ男、ヴィンス・ロー・オブ・リスタリアン。この国、つまりリスタリア王国の王太子で、CVはあの神山浩史が担当してるわ。見てわかると思うけど――かなりのヤリチンよ。ウッカリあの男のお気に入りに手を出したりしないことね」




 そのまま、アストリッドの右手が横に移動した。


 あれ? と一瞬戸惑うほど、小柄なオレンジ色の髪の毛をした青年がそこにいた。身長百七十センチ前後であろう同窓の男たちと比べても、頭一つ分程背丈が小さい青年は、まるでオモチャのように周囲の青年たちにイジられている。ツン、と尖った鼻と、負けん気の強そうな眼力がなんとなく無条件に人に好意を抱かせるような雰囲気があった。その目の輝きに何の複雑な思考も浮かんでいなさそうに見えるのが、またいい。


「彼はナユタ・イリドー。CVは上野紘。まぁ……一言で言えば元気っ子、悪く言えばバカね。けれどそれ故に情熱過多だし、仲間思いのイイ子。本気で向き合ったらアンタなんかじゃ全然敵わないから用心すること。見た目に騙されたら痛い目見るわよ」




「ちなみに、そのCVというのはなんなんだ? 人の名前のように聞こえるが……」

 

 アスランが不思議そうに訊ねると、アストリッドは少し考えてから答えた。


「そうね――いわば、彼らに命を吹き込んでいる、彼らに固有の神の名前よ」

「か、神だと――!? 君たちは神の存在さえ観測しているというのか!?」

「当たり前じゃない。でなきゃ転生したなんて言い出さないわよ」

「き、君たちの世界の科学はどれだけ進んでいるんだ!? 神の御姿を観測する、そんな冒涜的なことまで可能になっているだなんて……!」

「アスラン、あんまり姉上の話を真に受けるな。そんな大層なもんじゃないから」


 ヴィエルが嗜めると、アスランはなんだかよくわからなさそうな表情で眼鏡を押し上げた。


「ま、まぁ、僕にはよくわからないが……これで僕を入れて四人だな。あと一人、君たちを殺す可能性がある男がいる、そうだろう?」

「まだあの人はこの会場に来てないわ。ヒーローは遅れて登場する、そうでしょう?」


 意味深長な言葉とともに、アストリッドはニヤリと笑った。


 ヒーローは遅れて登場する? どういうことだと視線で尋ねてみても、姉は答えない。その代わりにフヘヘヘッというスケベな笑いがアストリッドの口から漏れ、姉の表情が蕩けた。




「そう、その人物こそが私の推しにして、『乙女ゲーム界隈の帝王』と呼ばれたあの男がCVを担当したスーパーダーリン。まだこの時点では会えないけれど――まぁいいわ。メインディッシュは後に取っておくものだしね」


 冴えない表情のまま、冴えた声でそう言ったアストリッドは、それぞれ三人いるキャラクターたちを見て歓声を上げた。


「ああッ、もうダメだわ私――! 同じ空間に攻略キャラクターどもがいるってだけでだいぶ耐えられない。よし、ちょっと近くに行って推したちを観察してくる!」

「ちょ、ちょっと姉上! まだ攻略キャラクターに話しかけるのは――!」

「話しかけやしないわ! あの人たちの周りを漂う風になるだけよ! 推しを愛でるのに自分という存在が介入するなんて馬鹿げてる! 風よ! 私は推しを包む風になるの!」

「ちょ、姉上――!」


 ヴィエルが止めるのにも構わず、アストリッドは会場の隅に一直線に走ってゆき、近くの物陰に潜んでコソコソと三人の攻略キャラクターたちの観察を始めた。

 あれが推しを愛でる方法……ヴィエルが呆れてしまうと、ハァ、と絶妙なタイミングでアスランがため息をついた。


「なんというか、苦労しそうな姉を持ったな、君も」

「あぁ、苦労してるともさ……なんか初めてお前と心が通じ合った気がするな」

「全く、自分が二年後に殺されるというのになんであんなにハッピーなんだ? 僕には全くその境涯がわからないんだがな」

「安心してくれ、俺もだから」

「とにかく……面通しは終わっただろ? 僕は疲れたから部屋に帰るぞ。何かあったら図書館まで来てくれ。間違っても僕の部屋なんかを尋ねてくれるなよ」


 そう言って、アスランはパタリと本を閉じ、引き止めることなど不可能な足取りでホールから出ていく。一人になるのはイヤだったが、かと言ってアスランは楽しく談笑が出来るタイプの人間ではない。いてもいなくても結局は同じだった。


 しばし、ヴィエルは蝶のように漂っている貴族の令息や令嬢たちを見つめながら、今後のことを考えた。


 二年後、自分はそこそこ仲良くなるのであろうこの連中を裏切り、そして殺される。その破滅を回避するのはともかくとして、自分――ヴィエル・アンソロジューンという男は、何故そうまでして悪の道を歩もうとしたのだろうか。いくら出生に莫大な闇を抱えているからと言って、人殺しのような手段を持ってしてまで公爵位を簒奪して、それで何になるというのか。上昇志向とは決定的に無縁であるしがないZ世代にはわからないその野望のバカでかさと、そのルートから外れてなお好きな女と結ばれることなく自殺という決断をしてしまうヴィエルという男は、一体どんな気持ちでこのパーティに出席していたのだろうか……そんなことを考えていた、その時だった。


「あわっ――!?」


 短い悲鳴の後、何かが床に倒れる音が聞こえ、ヴィエルはその方を見た。

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